第9話:ギルドで測った俺のレベル
街外れの石畳を並んで歩きながら、
リィナがふと振り返った。
彼女の尻尾が夕暮れの風に軽やかに揺れ、
茜色の空に美しく映える。
「そういえば悠真、クエストもいいけど、
あんたのレベルっていくつなの?」
リィナの何気ない問いかけに、
悠真は思わず足を止めた。
「……レベル?」
聞き返した声は、自分でも驚くほど間抜けだった。
レベル。あまりにも聞き慣れた言葉だ。
前世でのゲーム、アニメ、漫画――
そこで繰り返し目にしてきた概念。
しかし、この世界に転生してからというもの、
悠真は一度もその存在について考えたことがなかった。
力は訓練や日々の死線、経験で身につくものだと思っていたし、
実際に《進化》の力を使うことで、強くなってきたという実感があったからだ。
だが、この世界にはそれを明確に数値化する仕組みがあるのだという。
「まさか……知らないの?」
リィナが不思議そうに首をかしげる。
彼女の橙色の髪が夕日を受けて淡く光った。
悠真は苦笑し、後頭部をかいた。
「いや、その……知識としては知ってるさ。
けど、本当にあるのかっていうか……」
「ふふっ、不思議な人。
普通、自分の実力がどれくらいか、真っ先に調べるものだよ」
リィナは軽やかに笑い、石畳を先に進む。
悠真はその背中を追いかけながら、
胸の奥に奇妙なざわつきを覚えていた。
(俺の“レベル”……いったい、どれくらいなんだ?)
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リィナは歩きながら、歩調を緩めて
悠真を覗き込むようにした。
「本当に知らないんだね。
冒険者なら、最初に確認するのが当たり前なのに。
まぁ数字で測るのがすべてじゃないけど、
自分の現在地を知る目安にはなるよ。
ギルドに行けば、すぐにわかるから」
彼女の調子は軽かったが、
その瞳はどこか真剣だった。
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ギルドは、町の中心に構える
大きな石造りの建物だった。
重厚な扉を押し開けると、
冒険者たちの喧騒と酒の匂いが一気に押し寄せてくる。
鎧姿の戦士たちが大声で笑い合い、
魔術師が依頼書に目を通し、
受付前には列ができていた。
「こっちだよ」
リィナが迷いなくカウンターへ向かう。
悠真は彼女の背に続いた。
受付の女性は無表情に業務をこなしている様子で、
リィナの説明を聞くと、
黒曜石のように鈍い光沢を放つ石板を差し出した。
「ここに手を置いて、魔力を少し流してください」
悠真は指示通り、台座に掌を置いた。
ひやりとした冷たい感触が
掌から全身へ広がる。
次の瞬間――
――ピシッ。
「……?」
石板の表面に、あり得ないはずの細い亀裂が走った。
やがて、青白い光が乱れながら不自然に明滅し、
文字が浮かび上がる。
【冒険者名:ユウマ】
【レベル:18】
【固有技能:進化の権能】
【戦闘傾向:適応型・中距離・多様】
「……18か」
思ったより低いと悠真は思った。
ロックヴァルドを倒し、
あのシグルドの剣を凌いだのだ。
心のどこかで、もっと上の数値を
期待していたのかもしれない。
(思ったより伸びていないな……。
まだまだ甘いということか)
だが――。
「……え」
小さく、息を呑む音が聞こえた。
受付の女性の手が、書類をめくろうとしたまま、
ぴたりと止まっていた。
その視線は、“レベル:18”という数字ではなく――
一点、その下にある【固有技能】の欄に、
釘付けになっている。
「……進化の、権能……?」
かすれた声だった。
(まさか……本当に存在するなんて……!)
彼女の顔からみるみる血の気が引き、
指先が小刻みに震え始める。
悠真は不思議に思い、首をかしげた。
「え? なんか変ですか?」
「い、いえ……っ! な、なんでもありません!」
反射的に否定するが、
声は明らかに上ずっていた。
このギルド発祥の地で長年働く彼女は、
その名を知っていた。
数千年前に「消えた」とされる、
禁断の固有技能──。
一瞬、明確な恐怖が彼女の瞳をよぎった。
「……その技能……記録では……」
言いかけて、彼女は唇を血が滲むほど強く噛み、
言葉を飲み込んだ。
言葉が続かない。
まるで、触れてはならない禁忌に
触れてしまったかのように。
「き、機器が……今まで見たことのない反応を……!
し、しかし……測定結果の数値自体には……問題ありません!」
不自然なほど早口で言い切ると、
彼女は強引に表情を整えた。
「は、はあ……?」
悠真は釈然としないまま、手を離す。
その背後——
ギルドの奥、薄暗い通路の先で。
一人の男が、無言でその様子を見ていた。
「……今のは……」
低い声が、わずかに漏れる。
「……消えたはずだろう……。
歴史の塵となったはずの技能が、
なぜ今になって……」
誰にも聞こえない呟きを残し、
男の影は暗がりの奥へと消えていった。
---
「……失礼しました」
受付の女性は、何事もなかったかのように頭を下げた。
だが——
その視線は、もう一度だけ悠真を見て。
わずかに——距離を取った。
リィナが身を乗り出し、
キラキラした目で割り込んできた。
「へえ、18か。納得したよ」
「納得?」
「シグルドをあそこまで圧倒してたんだから、
普通ならもっと高いレベルかと思ってた。
でも悠真には《進化》があるもんね……
数字だけじゃ測れないってことか」
リィナは笑みを浮かべながらも、
じっと悠真を見つめる。
その眼差しに、軽さとは裏腹に
真剣さもあった。
悠真は心の中で苦く笑った。
――やっぱり、俺の強さは《進化》のおかげなのか。
自分自身の実力というわけじゃない。
「……正直、胸を張れる数字じゃないな」
そう言うと、リィナは肩をすくめて笑った。
「数字がすべてじゃないよ。
大事なのは、その数字で何をするかってこと」
彼女の声は、軽やかでありながら、
不思議と胸に深く染み入った。
---
ギルドを出る頃には、
夜が町を包み始めていた。
通りに並ぶ露店のランタンが、
柔らかなオレンジ色の光を落としている。
酒場から流れる歌声や冒険者たちの笑い声が、
心地よく響いていた。
歩いていると、リィナがふと足を止め、
一つの小さな露店に目を留めた。
売られているのは、安価な鉱石で作られた、
よくある古びた首飾りだった。
「おじさん、これ二つちょうだい! 色違いで」
リィナは懐から銅貨を取り出すと、
手際よく二つの首飾りを受け取った。
そして、そのうちの青い石がついた方を、
悠真の手に押し付ける。
「はい、これ。悠真のぶん!」
「……これ、よく見かけるやつだよね?」
「うん。冒険者なら誰もが持っているお守り」
リィナは自分の胸元に赤い石の首飾りをあてがい、
嬉しそうに微笑んだ。
「知ってるでしょ? 母親が旅立つ子に、
師匠が弟子に贈る。ほんの少しでも生き残れるように……
才能の端っこをほんの少しだけでも引き出せるようにって。
駆け出し冒険者のための、ささやかな祈りのお守り。
アタシたち、これから過酷な修行に行くんでしょ?
だから、お揃いだよ!」
「へえ~、駆け出し冒険者のお守りか……」
悠真は手の中の首飾りを見つめた。
それは、異世界から転生してきた悠真には、
本来必要のないものかもしれない。
だが、この世界で懸命に「生きたい」と願う
大勢の人々の意志が詰まったそのお守りは、
不思議と、手の中で温かかった。
「……ありがとう。大事にするよ」
悠真がそれを首にかけると、
リィナは満足そうに尻尾をパタパタと揺らした。
「不思議だな」
再び歩き出し、悠真がぽつりと呟いた。
「何が?」
「レベルって数字を見ただけで、
なんだかこの世界で本当に生きてるんだって実感が湧いてくる。
前はただ『強くなりたい』それだけだったけど……
今は、なんかそれだけじゃない気がするんだ」
「ふーん、悠真ってば、
ちょっと哲学的になってきたね?」
リィナがくすっと笑う。
「所詮はただの数字かもしれない。
でも、こうやって自分の現在地を突きつけられると、
なんかこう……命の重みみたいなものを感じるよ」
「そうだよ。数字は鎖にもなるし、翼にもなる。
使い方次第だね」
悠真はその言葉に小さく笑った。
「じゃあ、俺の“18”が翼になるように……
頑張るしかないな」
「その意気よ!」
ランタンの灯りに照らされたリィナの横顔は、
どこか誇らしげに見えた。
---
その夜、宿のベッドに横たわった悠真は、
何度も昼間に浮かび上がった文字を思い返していた。
【レベル:18】
【進化の権能】
首元にある首飾りに触れる。
(俺の翼は、この数字の先にあるのかもしれない……。
俺は……この力で、いったい何を守るんだろう)
胸の奥で、小さく、けれど頑丈な決意の芽が、
静かに息吹き始めていた。
夜風に揺れるランタンの光が、
静かに部屋を照らしていた。
---
それから数週間が過ぎ——
冒険者ギルドの広間は、
昼下がりの喧騒に包まれていた。
酒場と兼ねた受付の掲示板には
びっしりと紙が貼られている。
討伐依頼、護衛依頼、採集依頼――
どれも報酬はまちまちで、危険度もさまざまだ。
「どれにする?」
リィナが首を傾げながら紙を眺める。
もうすでに、二人は数々の依頼をこなしてきていた。
最初は息が合わずに危うい場面もあったが、
今では悠真の槍をリィナの矢が完璧にフォローし、
互いの視線一つで次の動きがわかるまでに成長していた。
悠真は腕を組んだまま、
じっと一枚の依頼票に目を止める。
『灰霧の洞の調査・魔獣討伐』
依頼主:冒険者ギルド
報酬:銀貨二十枚
「灰霧の洞……?」
リィナが小さくつぶやく。
悠真はうなずいた。
「街の北にある岩山の洞窟だ。
以前から小型の魔獣が出るって話だったが、
最近は被害が増えてるらしい。
ギルドが討伐と調査を同時に依頼してるんだろう」
その瞬間、リィナの猫耳が不自然に跳ねた。
彼女の美しい瞳が、微かに怯えを孕んで揺れる。
彼女の鋭い野生の勘が、『嫌な予感』を告げていた。
「なるほど……でも、噂じゃあそこ、
迷宮みたいに入り組んでるって聞いたけど?
戻ってこられなかった冒険者も多いって……」
「危険はあるさ。
でも、数週間鍛えてきた俺たちの腕試しには、
ちょうどいいだろ?」
悠真は不敵な笑みを浮かべ、
依頼票を壁から剥ぎ取った。
「何より、俺たち二人ならきっと突破できるさ」
その揺るぎない言葉に、リィナは一瞬ためらったが、
胸元のお守りにそっと手を触れ、
やがて嬉しそうに小さく笑った。
「……しょうがないなぁ。
悠真がそこまで言うなら、やってみよっか」
二人は受付へと歩き、依頼票を差し出す。
「灰霧の洞の依頼を受けます」
受付嬢は書類を確認し、頷いた。
「危険度は中級。十分な準備を整えてから
挑んでくださいね」
こうして、二人の新たな挑戦が決まった。
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二人がギルドの酒場を抜けた直後。
テーブルでエールを煽っていたベテラン冒険者が、
剥ぎ取られた掲示板の空きスペースを見上げながら、
小声で雑談を始めた。
「おい、さっきのガキども、
あの依頼を引いていったぞ……」
「まじかよ。『灰霧の洞』の噂を知らねえのかよ?
あそこ、最近やばいらしいぜ」
「ああ……また『行方不明』らしいぜ。
死体はおろか、血の一滴も見つからねえって話だ」
男たちの不穏な囁きは、喧騒の中に溶けて消える。
その不気味な噂の真実を、
悠真たちがその身を以て知ることになるのは――
それから間もなくのことだった。
第9話、ありがとうございました。
まだ序章に過ぎません。
次回『影喰いの深淵』
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