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第37話: 雪崩の中心へ! 朽ちた英雄の盾を蘇らせる最狂の賭け

雪深い山を登るにつれて、空気は刃のように冷たくなり、息をするたびに肺が凍りそうだった。


白銀の世界は一見、静寂に包まれている。だがその奥に潜む危うさは、誰もが肌で感じ取っていた。


「ここから先は、村の者でもめったに立ち入らないわ」


セレスが足を止め、鋭い視線を雪嶺の奥へと向ける。


「地形が不安定で、雪崩も多い。……危険は承知よね?」


「もちろん」


悠真は白い息を吐き、短くうなずいた。


「英雄の盾……本当にあるのなら、この目で見てみたいにゃ」


リィナは頬を赤く染めながら笑う。その声は、冷たい風の中で小さく弾んだ。


三人は、ひたすらに雪を踏みしめて進む。


セレスがぽつりと呟いた。


「言っておくけど、毎年ここを歩き回ってる私が見つけられなかったのよ。そう簡単に出てくるはずが――」


その言葉を遮るように、リィナが耳をぴくりと動かした。


「わ、待って! なんか聞こえる!」


凍てつく風の合間に、かすかな「ガラガラ」という低い音が混じる。次の瞬間、頭上から雪の塊が崩れ落ち、斜面の一部がざくりと裂けた。


「雪崩か!? 伏せろ!」


悠真がリィナを抱き寄せ、セレスは咄嗟に地面へ手を突き立てる。


瞬間、鋭い氷の壁が隆起し、三人を覆い隠した。


轟音が大地を揺らす。


まるで山そのものが崩れ落ちてくるかのような圧力。


雪は巨大な獣の咆哮のように空気を切り裂き、氷壁へ幾度も叩きつける。白い衝撃が続けざまに押し寄せ、視界も音も全て奪っていった。


息が詰まりそうになる。


悠真は歯を食いしばり、氷壁が軋む音に耳をすませた。


もしセレスの魔法が一瞬でも遅れていたなら、今頃ここには誰もいなかっただろう。


やがて、地鳴りのような轟きが遠のいていく。


セレスが荒く息をつきながら、氷の壁を解いた。


目の前に広がるのは、雪崩によって削られた新しい斜面。


谷底からは氷塊が砕け落ちる音がかすかに響き、雪煙が漂っている。


「……危なかった」


リィナが小さく息を吐く。頬に触れる雪は冷たく、まだ鼓動が早かった。


セレスはしばらく雪の流れを見つめ、唇をかすかに動かした。


「……ほんの端をかすっただけよ……。中心部にいたら、私の氷壁なんて紙みたいに潰されてたわ」


その言葉に、悠真とリィナは息をのむ。


今の雪崩でさえ、この山は本気を出してはいない――。


そんな実感が、じわりと背筋を冷やした。


雪煙がゆっくりと晴れていく。


崩れた斜面の下層が剥き出しになり、岩肌がざらりと音を立てて崩れ落ちる。


すると、その奥、雪の層が抉れた先に、黒々とした縦の裂け目が浮かび上がった。


「……あれ、穴?」


リィナが耳をぴくりと動かし、首を傾げる。


セレスは眉を寄せ、一歩踏み出した。


「雪崩で雪が削られたのね……。でも、こんな奥に――」


彼女の声が途切れる。


最初はただの岩の割れ目かと思った。


だが、影は次第に形を広げ、縦長の裂け目として浮かび上がる。


そこから漏れる風は、氷の匂いとは違う、古びた鉄の匂いを孕んでいた。


「……まさか」


彼女の瞳に、確信と畏怖が交錯した。


「洞窟だ......」


悠真が低く呟く。


セレスも目を細め、


「なんてこと……雪に隠れていたのね」と小さく息を漏らした。


三人は慎重に足を進め、洞窟の奥へと入っていく。


氷柱が林立する薄暗い空間。


足音が、妙に大きく響く。


リィナが耳をぴくりと立てた。


「……ねぇ、聞こえない?」


悠真も息を殺す。


確かに――


キィン……キィン……


遠く、しかし確実に、金属が軋むような、細い響きが壁を伝って伝わってくる。


音は、奥から、まるで導くように。


それは、風のせいではない。


もっと弱く、もっと儚く、壊れかけた鐘の残響のようだった。


セレスが呟いた。


「……これは、盾の死に絶えた声」


彼女の声は低く、どこか哀しげだった。


三人は無言で進む。


氷柱の間を縫い、凍てついた水たまりを避けながら。


響きは次第に弱くなり、まるで力を失っていくように途切れがちになる。


やがて、通路は急に開けた。


そこに――


雪と土に半ば埋もれるように、一枚の大盾が横たわっていた。


長い年月の間、凍てつく氷と湿気に蝕まれていたはずなのに、不思議とその輪郭だけは力強さを保っていた。


「これが……」


悠真が息をのむ。


もはや盾としての形は保っていない。


だが、その重厚な意匠と刻まれた紋章が、ただの鉄屑ではないことを雄弁に語っていた。


セレスが近づき、目を細める。


「信じられない……確かに、村に伝わる紋章だわ。英雄が使ったとされる盾……でも、こんな場所で朽ち果てているなんて……」


悠真は盾を持ち上げ、雪に反射する光の中でじっと見つめた。


壊れてはいる。しかし、どこか生きているような感覚――微かな鼓動を指先が感じ取る。


セレスは険しい表情のまま続けた。


「昔の人々は、この盾が“雪山そのものの力”を宿すと信じていたわ。雪崩や氷嵐の力を受けて強さを増す……そんな伝承もあった。


でも今の姿を見れば……ただの錆びた鉄くずにしか見えない」


その声には、失望と疲れが滲んでいた。


「結局、村を救う力なんて、もう残ってなかったのね……こんなんじゃ、何の役にも立たないわ」


だが悠真は黙ってしゃがみ込み、指先で盾の表面をなぞった。


冷たい鉄に触れた瞬間、背筋を稲妻のような感覚が走る。


「……違う。まだ終わってない」


リィナが首を傾げ、「どういうこと?」と問う。


悠真は立ち上がり、洞窟の出口に広がる斜面を見上げた。


「……感じるんだ。この盾は、まだ息をしてる」


悠真は盾を胸に抱き、目を閉じた。


「雪山の力を喰らい、甦る――それが伝承の真実だ。


盾の意志が、俺を呼んだんだ」


「――次の雪崩を、真正面から受け止める。


盾を抱えて、中心へ飛び込む」


その言葉に、セレスは凍りついたように振り向く。


「雪崩を……? どうして? 何のために? 正気じゃないわ! あの規模の力をまともに受けたら、盾どころか身体ごと押し潰されるだけよ!」


「それでも俺は、やる」


悠真の声は静かで、けれど一点の迷いもなかった。


セレスは食い下がる。


「意味がわからない! 私は何度もこの山で命を賭けてきた。雪崩は大地そのものの怒り……人の力で抗えるような相手じゃない!」


しかし悠真は盾を両手で握りしめ、深い息を吐いた。


「俺には……“進化の力”がある。この盾を甦らせる」


セレスは眉をひそめる。


聞き慣れない言葉に戸惑いを隠せない。


「進化……? 何を言っているの?」


悠真は微笑を浮かべた。


「抗うんじゃない。受け入れるんだ。この盾と一緒にな」


「悠真のこと、信じていいよ。この人は……未来を掴む力を持ってるにゃ」


リィナの無邪気な笑みの奥に、揺るぎない信頼が宿っていた。


「わたしも一緒に行く」


リィナが続ける。


セレスが目を剥いた。


「な、何を言ってるの? 二人ともわかってるの? そんな真似をしたら、雪崩に巻き込まれるだけだわ!」


しかしリィナは笑みを浮かべ、首を振った。


「悠真と一緒なら、平気にゃ」


その笑顔に、セレスの言葉は途切れた。


ふたりの覚悟が、白い息とともに空へ溶けていく。



「セレス、お前の力が必要だ」


悠真の声に、セレスは唇を強く噛んだ。長い沈黙の後、彼女はようやく声を絞り出す。


「……バカなの? 本気で言ってるの? 私に雪崩を操れっていうの?」


それでも悠真の瞳は揺るがなかった。


セレスは視線を逸らし、拳を握りしめた。棘のある声で吐き捨てるように続けた。


「いいわ……やってあげる。死ぬ覚悟があるなら、私の指示通りに動きなさい。絶対に離れないで」


悠真は右手を翳し、指先から小さな光を召喚した。透き通る氷の結晶をはめ込んだ銀の環が虚空に浮かび上がり、呼吸をするように蒼く輝いていた。


「……これは?」セレスが目を細める。


「俺の力で創った魔道具だ。《氷霊のレンズ》って呼んでる。


氷魔法を大幅に増幅させて、制御を助けてくれる。暴走を抑える効果もあるけど……長時間使うと体力を削られる危険がある」


セレスは環を手に取り、掌の中で見つめた。


氷霊の囁きが、かすかに耳の奥をくすぐる。


「これを……人間が作ったの?」


彼女の瞳に、驚きと敬意の光が混じる。


「いいわ。受け取る。この力で、あなた達の望みに応えてみせる」


《氷霊のレンズ》を腕に装着した瞬間、風が渦を巻いた。


髪が舞い、空気そのものが凍りつく。


氷の精霊が、遠くで歌っているようだった。


「......なるほど、理解したわ。ただし――命を捨てるつもりで構えなさい。私の“絶氷魔法”は、この山を揺らす」


セレスが両手を掲げ、詠唱を始める。


冷気が迸り、洞窟の天井から氷柱が伸びる。


レンズの輝きをまとった掌が蒼光を放ち、山肌へと突き刺さった。


 ――轟。


大地が軋み、谷全体が唸りを上げる。


雪と氷が振動し、斜面の奥に巨大な裂け目が走った。


白銀の山が牙を剥く。


雪塊が浮き上がり、音を失った世界に、ただ圧倒的な轟音だけが響いた。


 ――雪崩。


それは雪ではなかった。


氷河そのものが崩れ落ちるような奔流。


大気を押し潰し、大地を呑み込み、すべてを白く塗りつぶす死の波濤。


「来るぞ!」悠真が叫ぶ。


「悠真!」リィナが背に重なり、その手を重ねる。


二人は並んで、迫りくる雪の奔流を見据えた。


世界が、白に飲まれる。


彼らは逃げなかった。


ただ、真正面から――雪崩の中心へと、立ち尽くしていた。

第37話 ありがとうございました!


《氷霊のレンズ》

① 氷属性の魔力を吸収・増幅し、術者の氷魔法を数倍に引き上げる。

② 発動中は魔力の揺らぎを整え、暴走や制御不能を防ぐ作用を持つ。

③ ただし、使用者の体温と魔力を削り取るため、長時間の使用は凍傷や意識喪失を招く危険がある。


まだ序章に過ぎません。

次回『英雄の盾が覚醒した瞬間、氷鱗王ヴァルスルグが降臨する』お楽しみに!


応援は★5つでいただけるととても励みになります!

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