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第36話: 故郷の雪に潜む希望と絶望 ツンデレ魔法使いの覚悟

吹きすさぶ雪風を切りながら、

悠真たちはようやく山間の村の入り口へとたどり着いた。


冬の嵐に閉ざされた谷間に、小さな家々が肩を寄せ合うように並んでいる。

屋根は雪にすっぽりと覆われ、

煙突からのろのろと昇る煙だけが、人の営みの気配を伝えていた。


「……ここが、噂の村か」


白い息を吐きながら、悠真は小さくつぶやく。


村に門と呼べるものはなく、木の柵を寄せ集めて補強しただけの簡素な出入り口。

その内側に、槍を手にした数人の男たちが立っていた。


見張りというよりは、恐怖に駆られて集まった住民たちといった風情である。

彼らは見慣れぬ旅装束の三人を見ると、

戸惑いと警戒を入り混じらせた視線を向けてきた。


セレスは先頭に立つと、深呼吸をしてから、後ろを振り返った。


その横顔には、わずかな緊張と覚悟が浮かんでいた。


「ここが、私の故郷……雪嶺の村よ」


悠真とリィナはうなずき、肩に積もった雪を払い落とす。

その仕草に合わせて、村人たちの視線が一斉に注がれた。


子どもは母親の背に隠れ、男たちは腰の武器に手を伸ばす。

広場に流れるのは、張り詰めた静寂。


セレスはそんな空気を断ち切るように声を張った。


「みんな、落ち着いて! この二人は敵じゃないわ。……彼らが、村を救ってくれる」


ざわめきが広がる。


雪煙の向こうから、杖をついた老人が歩み出てきた。

白髪を布で束ね、深い皺を刻んだその顔には、長く村を支えてきた重みがあった。


「セレス……本当に戻ってきたのか」


すれた声に懐かしさが滲んだ。


セレスは膝を折り、頭を深く下げる。


「ご無沙汰しております、長老さま。旅の途中でこの二人に出会いました。

悠真とリィナ……彼らは、村を救う力を持っています」


悠真とリィナは少し戸惑いながらも、長老に頭を下げた。

長老は二人をじっと見つめ、やがてゆっくりとうなずいた。


「……なるほど。目の奥に迷いがない。

セレスが信じるなら、わしも信じよう」


張り詰めていた空気がわずかにほどけ、

子どもたちがそっと顔をのぞかせる。


だがその顔には、希望よりもまだ怯えの色が強かった。


悠真はその視線に胸が締めつけられる。

村人たちは、どれほど長く恐怖と隣り合わせで生きてきたのだろうか。


セレスは集まった人々を見渡し、声を強める。


「みんな、私が戻った理由を話すわ。……雪山の奥に眠る英雄の武具のことを、忘れてはいないでしょう?」


ざわざわ……と小さなどよめきが起こる。


老人たちは顔を見合わせ、若者たちは半信半疑の表情を浮かべた。


「英雄の……武具?」


「そんなもの、もう伝説に過ぎない」


「いや違う、あれは確かにあったと祖父から聞いた……」


長老がゆっくりと口を開いた。


「むかし、この村を幾度も襲う魔物の群れがあった。

そのとき、一人の英雄が盾を掲げ、村を守ったのだ。

その盾には強力な魔法が施されていたと伝えられている。

凍てつく雪すらも力に変え、村を覆う結界を生み出したという……」


リィナの瞳が輝く。


「じゃあ、その盾がまだ残っていれば……」


「村を再び守れるはずよ」


セレスが応える。


しかし村人の一人が叫んだ。


「そんなもの、とうの昔に失われた! 何年も前に捜したが、跡形もなかった!

伝承に縋っても、魔物は今も山から降りてきて、仲間を喰らっているんだ!」


怒りと絶望が混ざった声に、誰もが口をつぐんだ。

冷たい風が吹き抜け、足元の雪を舞い上げる。


音のない世界に、ただ心臓の鼓動だけが響いた。


悠真は静かに一歩踏み出す。


「その盾が本当にあるかどうか、俺にはわかりません。

けど……確かめる価値はある。

たとえ、それが本当に失われていたとしても、何もしないより、ずっといい」


その言葉に、村人たちの目がわずかに揺れた。

恐れの奥で、消えかけた希望がほんの少しだけ期待に変わるのを、確かに感じた。


セレスは頷き、長老に向かって頭を下げた。


「どうか、私たちに雪山へ向かう許可をください」


長老は杖を強く握りしめ、沈黙ののちに答えた。


「……よかろう。だが忘れるな。雪山は生者を拒む。

英雄の盾を求めて多くが命を落とした。それでも行くのか?」


悠真は迷いなくうなずいた。

隣でリィナも拳をぎゅっと握る。


――雪山の奥に眠る英雄の盾。

それが本当に存在するのなら、必ず見つけ出してみせる。


こうして、凍てついた村に小さな希望の灯がともった。

吹雪の夜を越えて、新たな挑戦が始まろうとしていた。


ーーーー


翌朝。


村の広場には、張りつめた冷気が漂っていた。

吐く息が白く立ちのぼり、空気そのものが凍りついているかのようだ。


セレスは白いマントの裾を整え、振り返る。


「準備はいい? 生半可な覚悟じゃ登れないわよ」


「もちろんにゃ!」


リィナは両手を腰に当て、ぐっと胸を張る。


悠真も小さく頷いた。


「行こう。俺たちにできることがあるのなら」


三人は村人たちの見送りを受けながら、

雪に覆われた山道へと足を踏み出した。


最初こそ緩やかだった道も、次第に傾斜を増していく。

岩肌を削る風が容赦なく吹きつけ、

雪面は足を取るほどに深くなっていった。


「ふぅ……さすがに歩きづらいにゃ」


リィナが耳をぴくぴく動かしながら、雪に沈んだ足を引き抜く。


「でも、こんな場所に人が暮らしてるなんて、ちょっと不思議だね」


セレスは振り返り、微笑とも皮肉ともつかぬ表情を浮かべた。


「まあ、好き好んで住んでるわけじゃないけどね。……ここ“雪嶺の村”は、氷魔法と深い縁があるの」


「氷魔法?」


悠真が首を傾げる。


「昔、この山は魔物の巣窟だったの。

だけど氷の精霊に愛された一族がいて、その力で村を守り続けてきた。

吹雪を操って魔物を閉じ込めたり、氷壁で村を包んだり。

――そんな術を受け継いできたのよ。

だからこの地では、“雪嶺の守り手”なんて呼ばれていた」


「にゃるほど、かっこいい伝説にゃ!」


リィナが目を輝かせる。


だがセレスの笑みは、すぐに曇った。


「でもね、今はもう氷魔法を扱える人間なんて、ほとんどいないの。

血が薄れたのか、精霊の加護が途切れたのか……。

まともに術を使えるのは、私と、私が教えた二人の弟子くらいかしら」


その声には、誇りと同じくらい孤独の響きがあった。


悠真はそれを聞きながら、胸の奥に小さな痛みを覚える。

彼女が村の希望を、どれほどの重圧を背負っているのか、改めて気づかされたからだ。


そんな会話を交わしていると、遠くから助けを求める悲鳴が

吹雪にかき消されるように届いた。


「……聞こえたか?」


悠真が足を止める。


「誰かが……叫んでるにゃ!」


リィナが耳をぴんと立てた。


三人は迷わず駆け出した。

雪をかき分け、岩陰を抜けると、そこには数人の旅人がうずくまっていた。

衣服は凍りつき、顔色は死人のように青白い。


「魔物に襲われて……仲間が……っ!」


うわごとのように口にする男の声に、悠真の表情が険しくなる。


次の瞬間、吹雪を裂くように影が躍り出た。

四つん這いで雪をかくように走る黒毛の獣――《白牙狼》。

雪山を支配する魔物だ。


「来る!」


悠真が剣を抜く。


リィナも飛び出そうとするが、その前にセレスが一歩進み出た。


「ここは私に任せて」


彼女が両手を掲げると、周囲の雪片が吸い寄せられるように舞い上がり、

瞬く間に氷の結晶が形成されていく。


「氷鎖よ、凍てつく牙を縛れ――《フロストチェイン》!」


地面から伸びた氷の鎖が、白牙狼の四肢を絡め取る。

猛り狂うように抵抗するが、鎖はきしむ音を立てながら獣を押さえ込む。


「今よ!」


「任せろ!」


悠真が踏み込み、雷光をまとった剣を振り抜く。

稲妻の閃光が爆ぜ、白牙狼の体を真っ二つに裂いた。

斬撃の余波で周囲の雪が一瞬蒸発し、激しい水蒸気が舞い上がる。


雪煙が舞い、静寂が訪れる。

凍りついた獣の亡骸だけが残され、遭難者たちはその場にへたり込んだ。


「た、助かった……! 本当にありがとう……!」


男たちは震える声で礼を述べ、手を合わせるようにして頭を下げた。


「どうしてこんなところに?」


悠真が問いかけると、男の一人が唇を震わせながら答えた。


「……この雪山の奥に、英雄の盾がまだ眠っているという噂を聞きつけたんです……。

力の失せた鉄屑かもしれないとわかっていても……どうしても確かめたくて」


その言葉に、リィナがぴくりと反応した。


「英雄の盾……本当に?」


そのやりとりを黙って聞いていたセレスが、ふんと鼻を鳴らした。


「そんなもの、本当に残っているなら、とっくに私が見つけてるわよ。

毎年この雪山を歩き回ってるんだから。……余計な希望を持たせて、命を落とすなんてバカみたいじゃないの」


淡々とした口調の奥に、わずかな苛立ちと棘が滲んでいた。


遭難者たちは何も言い返せず、ただうなだれた。


リィナが両手を胸の前で握りしめる。


「でもね……もし本当にあったら、すごいと思わない?

英雄が触れた盾にゃ。たとえ壊れてても、きっと何か残ってると思うの。

魔法の気配とか……勇気のかけらとか」


夢を見るように語るリィナを見て、セレスは呆れたように目を細めた。


「……子どもみたいなこと言って」


けれどその表情は、どこか優しかった。


悠真も黙ってリィナの横顔を見つめ、静かに頷いた。


(英雄の盾……たとえ錆びついていようと、ただの鉄だろうと。

もし本当に存在するなら――俺たちは絶対に手に入れて、この村を守ってみせる)


吹きつける風が頬を叩く。

まるで、その決意を試すかのように。

ご覧いただきありがとうございます。


ここから一気に“加速”します。


次回『雪崩の中心へ! 朽ちた英雄の盾を蘇らせる最狂の賭け』


★での応援、お待ちしています。

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