第31話: 雷に吞まれる吊り橋、崩落の瞬間
「なら――一気に決める!」
悠真は剣を握り直し、雷の中へ踏み込んだ。
頭目が牙を剥き、雷光の奔流を吐き出す。
その瞬間、雷鳴の鋼が共鳴するように激しく震え、刃全体が青白い光を帯びた。
まるで雷そのものを吸い込み、刃に纏うかのように。
「うおおおおッ!」
渾身の一撃が弧を描いた。
剣が雷狼の頭目を切り裂き、雷光ごと両断する。
眩い閃光が爆ぜ、轟音が森を揺るがした。
頭目の巨体が崩れ落ち、残った群れが怯えたように後退し、森の奥へと散っていった。
焦げた肉の匂いと薄い煙だけが、静まり返った森に残った。
肩で荒く息をしながら、悠真は剣を見下ろした。
刃には細かなひびが入っていたが、折れる気配はない。
「……この雷を受けても、まだ耐えてる」
リィナが駆け寄り、息を弾ませながら剣を覗き込んだ。
「すごい……剣と雷が呼応してたよ。本当に普通じゃない」
「ああ。雷を糧にする剣……こいつなら、きっと期待以上に応えてくれそうだ」
雷鳴丘が呼んでいる――その確信が、二人の足をさらに先へと駆り立てた。
森を抜けると景色は一変した。
岩肌が剝き出しの急斜面が続き、道は次第に険しさを増していく。
登り切った先で、深い渓谷が眼前に広がった。
谷底では濁流が轟々と音を立て、その上に一本の古びた吊り橋が頼りなく架かっていた。
木板はところどころ朽ち、穴が開いている。
「……ここを渡るしかないのか」
悠真が谷底を見下ろすと、高さは数十メートルはありそうだった。
落ちれば助かる見込みはない。
リィナは弓の先で板を軽く突いた。
ぎしりと嫌な音がしたが、踏み抜けるほどではない。
「見た目よりは丈夫そう……でも、絶対に油断しないでね」
そのとき、空が低く唸った。
重苦しい黒雲が渓谷の上空を覆い、遠雷が急速に近づいてくる。
「……まずい。雷が近づいてきてる」
「急ごう。立ち止まってる方が危ないよ」
二人は吊り橋に足を踏み入れた。
風に激しく揺れる縄、ぎしぎしと軋む板。
谷底から吹き上げる湿った風が体を押し、背後で雷鳴が轟く。
橋の半ばを過ぎた頃——
――ドンッ!
背後の斜面に雷が落ち、木々が爆ぜた。
今度は谷の向こう側で稲光が弾け、落雷の間隔が一気に短くなる。
「やばい……雷がどんどん近づいてきてる!」
橋全体が激しく振動し、強風が唸りを上げる。
悠真は体を低くし、リィナの手を強く引いた。
「しっかり掴まってろ! 離したら終わりだ!」
「う、うん……!」
――バリバリバリッ!!
稲妻が橋のすぐ脇に直撃した。
光と音が一体となって爆ぜ、耳鳴りが頭を突き刺す。
板の一部が焼け焦げ、火花が舞った。
「きゃっ!」
リィナの足が滑り、足元の板がぱきりと割れた。
片足が宙を切り、木片がばらばらと谷底へ落ちていく。
悠真が咄嗟にその腕を掴み、力いっぱい引き寄せた。
「悠真……このままじゃ本当に焼かれるよ……!」
「わかってる! でも止まれば確実に落ちるぞ!」
ぽつり、と雨粒が頬を打った。
たちまち土砂降りが二人を叩きつけ、視界が悪化する。
縄が雨で濡れ、手が滑る。
橋そのものが限界を迎えようとしていた。
ようやく対岸が見えてきた。
あと十数歩——
その瞬間、背後の支柱が激しい雷撃を受け、縄が引き裂ける音が響いた。
「まずい!」
「悠真、走って!」
リィナが短剣を縄に突き立てるように掴みながら前へ駆け、悠真も必死に足を動かした。
背後で橋が崩落を始める。
板が次々と谷底へ飲み込まれていく。
「リィナ、跳べ!」
「にゃっ——!」
悠真はリィナの背を強く押し、彼女を対岸へ飛ばした。
リィナが岩場の縁にしがみつき、体を転がして上がる。
悠真も続く。
最後の数歩で足元の板が砕け落ちた瞬間、全身の力を込めて跳躍した。
リィナが必死に手を伸ばし、悠真の腕を掴んで引き上げた。
二人は岩場に転がり、荒い息を繰り返した。
振り返ると、吊り橋はすでに跡形もなく、谷底の激流に消えていた。
雷光が谷を照らすたび、白く泡立つ川面だけが浮かび上がる。
「……死ぬかと思った……」
リィナは尻餅をついたまま、震える声で呟いた。
悠真も濡れた前髪を掻き上げ、ようやく息を整えた。
「俺もだ……。でも、何とか渡り切ったな」
しばらくの間、二人は声もなく雷鳴を聞いていた。
生き延びた実感が、遅れてじわじわと体に染み渡る。
やがてリィナがぽつりと呟いた。
「ねえ……丘に近づくほど、空が怒ってるみたい」
悠真は暗雲を見上げ、静かに答えた。
「……怒りか、それとも試練か。どちらにしても、もう後戻りはできない」
二人は立ち上がり、濡れた体を震わせながら再び雷鳴丘を目指して歩き出した。
背後では、雷が絶え間なく大地を裂き、まるで「振り返るな」と告げているかのように轟き続けていた。
第31話、ありがとうございました。
ここから“本番”です。
次回『雷撃を浴びて、剣が目覚める』
★を入れていただけると励みになります。




