第30話: 雷を纏う剣、初めての試し斬り
街の喧騒を背に、悠真とリィナは雷鳴丘を目指して歩き出していた。
遠くの丘陵地帯を覆う厚い暗雲が、低く唸るような雷鳴とともに二人の行く手を睨んでいる。
――まるで、この先の試練が最初から待ち構えているかのようだった。
街を離れて一時間ほど経った頃、整備された石畳は土の小径へと変わり、背の高い草が風に激しく波打っていた。
湿った空気に混じる雷の臭いが、肌をちりちりと刺激する。
悠真は腰に佩いた新調の剣の重みを、歩くたびに意識した。
鍛冶屋の自信作――“雷鳴丘の鋼”で鍛えられた一振りだ。
「重い……けれど、この重みが心地いいな」
「……にゃ? どうしたの、急に」
リィナが振り返り、猫耳を傾げた。
「いや、まだ本気で振ったことがないからな。どんな手応えか、早く試してみたくて仕方ない」
その言葉に、リィナはにやりと笑った。
「ふふん、悠真も男の子だもんね。新しいおもちゃをもらったらすぐ振り回したくなるタイプ」
「おもちゃ扱いかよ……」
二人が軽く笑い合った直後、リィナの耳がぴくりと反応した。
道の脇に、傾いた馬車が止まっていた。
車輪が壊れ、荷台から荷物が散乱している。
馬車のそばで眼鏡をかけた中年の男が膝をつき、慌てて荷物をまとめていた。
「どうしたんですか?」
悠真が声をかけると、男はびくりと肩を震わせ、恐怖で顔を青ざめさせた。
「た、助けてくれ……! 盗賊に襲われて……研究資料まで持っていかれそうで……!」
その言葉が終わらないうちに、林の陰から四人の男たちがにやにやと現れた。
「おいおい、追加の獲物だぜ」
「その剣、相当いい感じじゃねえか。置いていけよ、坊主」
「おっと、可愛いいお嬢ちゃんもいるじゃねえか。こりゃラッキーだぜ」
悠真は静かに剣の柄に手をかけた。
視線は鋭く、口元はわずかに引き締まる。
「リィナ、援護を頼む。俺が正面からいく」
「了解! 悠真、派手にいっちゃいなよ!」
最初の盗賊が棍棒を振り上げて突進してきた。
悠真は剣を抜き放ち、半歩踏み込んで振り抜いた。
重厚な剣身が空を切り裂き、刃の表面に青白い雷光が瞬間的に走る。
棍棒は真っ二つに断ち切られ、火花が舞った。
盗賊は悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「なっ……!?」
二体目が剣を振り下ろす。
激しい金属音とともに相手の刃は易々と弾き飛ばされ、雷鳴の鋼は傷一つ負わない。
悠真の腕に、確かな手応えと心地よい震動が伝わってきた。
(この剣……本物だ)
背後から三人目が回り込んできた瞬間、リィナが軽やかに跳躍し、短剣で男の腕を浅く斬りつけた。
残る最後の一人は恐怖に顔を歪め、武器を投げ捨ててその場に崩れ落ちた。
盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように林の奥へ逃げ去った。
眼鏡の男は地面にへたり込んだまま、呆然と悠真の剣を見つめていた。
リィナが悠真の腕に飛びつくようにして目を輝かせた。
「悠真、すごい! あの剣、ただ重いだけじゃなかったにゃ! 雷が走って、火花まで散って……かっこよかったよ!」
「ああ……想像以上だ。こいつは、ただの武器じゃない」
男はゆっくり立ち上がり、眼鏡を直しながら興奮を抑えきれない様子で近づいてきた。
「……その剣、まさか雷鳴丘の雷晶石を素材に使ったものですか? 私、ガルドといいます。鉱物学者として、あの丘を調査しに来ていた者です」
悠真は剣を収め、興味深そうに聞いた。
「詳しそうですね。実は俺たちもこれから雷鳴丘に向かっているんです。
何か、丘について知っておいた方がいい情報とかありますか?」
ガルドは声を潜め、早口で語り始めた。
「ええ……実は最近、丘の魔力が異常なほど乱れていてね。雷晶石自体が不安定化し、まるで生き物のように魔力を吐き出しているんです。それが原因で周囲の魔物まで狂暴化してしまって……。特に丘に近づくほど危険です。本当に、気をつけてください」
悠真の表情が引き締まった。
(雷そのものが、魔力を歪めている……? それが俺の進化にどう影響するのか)
リィナも真剣な顔で小さく頷いた。
「……全部、あの丘に繋がってる気がするね」
ガルドは馬車を立て直しながら、二人の背中に手を振った。
「本当にありがとう! 命の恩人だ。また会えたら、雷晶石の話をたっぷり聞かせてくれ!」
二人は軽く会釈を返し、再び道を進み始めた。
しかし、胸のざわめきは消えない。
空はますます暗く、雷の音も近づいてきていた。
そして、雷鳴丘へと続く濃い森に入った瞬間——
昼間だというのに木々の間を稲光が不気味に走り、低く重なる唸り声が風に乗って迫ってきた。
「……聞こえる?」
「ああ。来るぞ」
悠真は剣を抜いた。
刃に指が触れた瞬間、微かな電流が指先を駆け上がる。
次の瞬間、森が青白い閃光に包まれた。
雷を全身に纏った灰色の獣――五体の雷狼が、連携するように道を塞いだ。
「群れで……!? しかもこんなに統率が取れてるなんて……!」
リィナの声が緊張に震える。
「後ろを頼む!」
悠真は剣を構え、一歩踏み出した。
先頭の雷狼が口腔に雷光を溜めたその瞬間——
彼の剣が唸りを上げて振り抜かれた。
刃が雷を裂き、獣の体を強かに弾き飛ばす。
青白い火花が激しく散り、剣がまるで喜んでいるかのように震えた。
「……この感覚、すごい……!」
重く、確かな手応え。
雷の力を吸収し、逆に跳ね返すような反応。
普通の剣なら砕けていた衝撃を、この剣は飲み込み、悠真の力を増幅させている。
リィナが弓を構え、矢を放ちながら叫んだ。
「悠真、右からも来てるよ!」
戦いは一気に激しさを増した。
そのとき、森の奥から一段と轟く咆哮が響き渡った。
白銀に近い毛並みを持つ、明らかに頭目と思われる巨大な雷狼が、稲妻を纏ってゆっくりと姿を現した。
その圧倒的な威圧感に、悠真の背筋が自然と伸びた。
「――ようやく、本命か」
第30話、ありがとうございました。
まだ序章に過ぎません。
次回『雷に吞まれる吊り橋、崩落の瞬間』
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