第4話:「いつもの美容院」
「水瀬さん、その髪いつもどこで切ってるんですか?」
昼休憩中。
コンビニで買ったコーヒーを開けた瞬間、隣の同期にそう聞かれて、奏は顔を上げた。
「え?」
「いや、なんか毎回いい感じですよね」
「営業っぽい清潔感あるっていうか」
「あー、わかる」
向かいにいた女性社員も頷く。
「変に気合い入ってないのにちゃんとしてる感じ」
「……ありがとうございます」
社会人になって一年。
慣れないスーツ生活にも、
取引先との会話にも、
少しずつ順応してきた。
大学生の頃より髪は短くなった。
前髪も流すようになった。
玲が、
「その方が仕事できそうに見える」
と言ったからだ。
結局今でも、
髪型はほとんど玲任せだった。
「美容院どこなんですか?」
「俺も知りたい」
「……普通のとこですよ」
「いや絶対担当上手い人でしょ」
その言葉に、
自然と玲の顔が浮かぶ。
軽くて、
チャラくて、
距離感がおかしい美容師。
でも、
どんなに忙しくても、
髪を切るなら玲がよかった。
「へぇ、水瀬くん美容院ちゃんとこだわるタイプなんだ」
女性社員が笑う。
「なんか意外」
「いや、別に……」
「その美容師さん好きなんじゃない?」
奏は危うくコーヒーを吹きそうになった。
「は!?」
「え、違うの?」
「だってそんな長く同じ人指名するの珍しくない?」
「いや、違います」
即答だった。
違う。
そういうんじゃない。
ただ、
玲じゃないと落ち着かないだけだ。
髪を触られるのも、
美容院で過ごす時間も、
玲だから平気なだけ。
……たぶん。
「でも、なんか水瀬さんその美容師の話する時ちょっと顔違いますよ」
「してないです」
「してますって〜」
にやにや笑われ、
奏は逃げるように席を立った。
その日の夜。
仕事帰りに寄った美容院で、
玲は奏を見るなり笑った。
「うわ、疲れてんね」
「……第一声それですか」
「だって顔死んでる」
相変わらず遠慮がない。
けれど、
その軽い声を聞くだけで、
妙に肩の力が抜けた。
「今日遅かったじゃん」
「仕事です」
「頑張ってんねえ、社会人」
玲はクロスをかけながら、
奏の髪を軽くかき上げた。
「ちょっと伸びたな」
指先が耳に触れる。
もう何年も通っているのに、
未だにその距離には慣れない。
「今日どうする?」
「いつも通りで」
「了解」
玲は笑って、
鏡越しに奏を見る。
「……スーツ似合うようになったね」
その言葉に、
胸が少しだけ熱くなる。
「最初リュック背負ってオドオドしてたのに」
「それ言わないでください」
「え、かわいかったじゃん」
「……」
こういうところだ。
玲は、
昔の自分を知っている。
垢抜ける前も、
就活で必死だった頃も、
社会人になって疲れてる今も。
全部知っている。
ドライヤーの音が静かに響く。
「最近ちゃんと寝れてる?」
「まあ……普通に」
「嘘」
「目の下クマ」
即答され、
奏は観念して小さく笑った。
玲はそういう人だ。
髪を見てるのか、
人を見てるのか、
時々わからなくなる。
「はい、終わり」
セットを終えた玲が、
最後に軽く前髪を整える。
「今日ちょっと大人っぽめ」
「営業できる男仕様」
「なんですかそれ」
「モテそう」
さらっと言われ、
奏は視線を逸らした。
会計を済ませ、
帰ろうとした時だった。
「次、いつ空いてる?」
「え?」
「いや、年末混むから先に予約取っとこうと思って」
玲は自然な顔でスマホを見ている。
奏は少しだけ驚いた。
いつもは、
自分から予約していた。
「……覚えてるんですね」
「そりゃ覚えてるよ」
玲は当たり前みたいに笑う。
「水瀬くん、放っとくとすぐ働きすぎるし」
その言葉に、
また胸の奥がざわついた。
きっと玲は、
他の客にも優しい。
他の客にも、
こういうことを言う。
わかっているのに。
美容院を出たあとも、
その声が耳に残って離れなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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奏は無事に就職して社会人になりました!
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