最終話・玲視点:「帰る場所」
昔は、
こんなふうになると思っていなかった。
仕事終わりに飲みに行って。
気分で帰る場所を決めて。
休みも、
思いつきで過ごしていた。
一人が嫌だったわけじゃない。
むしろ楽だった。
誰にも合わせなくていいし。
誰にも踏み込まれない。
そういう距離感が、
心地いいと思っていた。
◇
でも。
今は違う。
仕事が終わると、
自然に奏の顔を思い出す。
コンビニで新作のお菓子を見れば、
奏こういうの好きそう、と思う。
街を歩いていても。
夜景を見ても。
旅行先の景色を見ても。
「今度、
奏と来たいな」
最初にそう考える。
そんな自分に、
最初は少し驚いた。
◇
奏は、
あまり自覚がない。
自分がどれだけかわいいか。
どれだけ人を安心させるか。
全然分かっていない。
だから困る。
無防備に笑うし。
少し照れた顔をするし。
たまに不意打ちみたいに素直になる。
あれはずるい。
本当に。
◇
「……帰りたくないです」
旅行の帰り道。
助手席で、
奏がぽつりと言った。
たぶん本人は、
無意識だったと思う。
でも。
その瞬間、
胸の奥がぎゅっとした。
ああ。
同じなんだ、と思った。
もっと一緒にいたい。
帰したくない。
隣にいてほしい。
そう思ってるのは、
自分だけじゃなかった。
◇
恋愛って、
もっと刺激的なものだと思っていた。
駆け引きとか。
熱とか。
そういうものだと。
でも奏といる時間は違う。
静かで。
穏やかで。
ちゃんと落ち着く。
それなのに、
毎日ちゃんと好きになる。
不思議なくらい飽きない。
◇
ソファ。
隣で、
奏が少し眠そうにしている。
風呂上がり。
柔らかい髪。
気の抜けた顔。
玲は小さく笑った。
「……かわいい」
「また言ってる……」
眠そうな声で返される。
その感じすら愛しい。
◇
昔の自分なら、
こんなふうに誰かを生活の真ん中へ置くなんて考えなかった。
でも今は。
帰りたい場所がある。
隣にいてほしい人がいる。
何気ない日常を、
一緒に過ごしたいと思う。
それがこんなに幸せだなんて、
知らなかった。
◇
奏が少しだけ身体を寄せてくる。
無意識なんだろう。
玲はその肩を引き寄せた。
柔らかい体温が触れる。
安心したみたいに、
奏が小さく息を吐いた。
玲はその髪をそっと撫でる。
たぶんこれから先も。
春も。
夏も。
秋も。
冬も。
何回でも、
隣で「かわいい」と思うんだろう。
そしてきっと、
何回でも「好きだな」と思う。
それが少し嬉しくて。
玲は静かに笑った。
ー 終わり ー
読んでいただきありがとうございました。
これにて、美容師は恋を隠す 完結しました!
最後までご覧いただきありがとうございました。
他にも投稿しているお話はありますので、
良ければご覧ください。




