第2話:「似合う、をくれる人」
「前よりセット上手くなったじゃん」
席に座った瞬間、
一ノ瀬玲は鏡越しに笑った。
奏は思わず、
「……そうですか?」
と聞き返す。
「うん。ワックス変えた?」
「え、なんでわかるんですか」
「いや、質感違う」
さらっと返される。
奏はまだ、
この美容師との距離感に慣れなかった。
前回来てから一ヶ月半。
本当なら、
別の店を探してもよかった。
けれど気づけば、
また同じ店を予約していた。
しかも。
『担当者:一ノ瀬玲』
無意識に、
ちゃんと指名していた。
「今日大学帰り?」
「はい」
「うわ、ちゃんと大学生っぽい」
玲は奏のリュックを見て笑う。
「その格好してるとまだ高校生に見える」
「……悪かったですね」
「別に悪いって言ってないじゃん」
楽しそうに返され、
奏は少しだけむっとした。
こういうところが苦手だ。
距離が近い。
人の懐に入るのが上手い。
なのに不思議と嫌ではない。
「今日はどうする?」
「前と同じ感じで……」
「んー」
玲は奏の髪を軽く触る。
「ちょっと変えてみる?」
「え」
「前回よりもう少し軽くしたら絶対似合う」
耳横の髪を指で流され、
奏の肩がぴくりと揺れた。
玲は気にした様子もない。
「水瀬くんってさ」
「はい」
「顔ちゃんと整ってんのに、隠しすぎ」
さらっと言われて、
奏は言葉に詰まった。
「……そういうの、みんなに言ってるんですか」
「ん?」
「いや……なんでもないです」
玲は少しだけ目を細めて笑う。
「気になる?」
「別に」
「ふは、かわい」
「っ……」
反射的に鏡を見る。
耳が赤い。
絶対見られた。
(やっぱ無理だこの人……)
なのに。
嫌じゃないのが一番困る。
カットが始まると、
玲は前回と同じように無理に喋らなかった。
必要な時だけ声をかける。
「下向いて」
「目閉じて」
「ちょい失礼」
そのテンポが妙に心地いい。
美容院特有の、
“頑張って会話しなきゃいけない感じ”
がなかった。
「最近大学どう?」
ドライヤーを当てながら、
玲が何気なく聞く。
「普通です」
「友達できた?」
「……まあ、それなりに」
「彼女は?」
「いません」
「へー、意外」
「なんでですか」
「なんか放っとかれなさそう」
熱風越しにそんなことを言われ、
奏はまた黙り込む。
玲は本当にずるい。
軽い調子なのに、
言葉が変に残る。
仕上げのワックスをつけながら、
玲は満足そうに笑った。
「うん、やっぱこれ似合う」
鏡の中の自分は、
前より少しだけ垢抜けて見えた。
ちゃんとしているのに、
気張りすぎてない。
大学でも、
最近少しだけ褒められることが増えた。
『髪切った?』
『なんか雰囲気変わったよね』
その度に、
頭に浮かぶのは玲の顔だった。
「はい、終わり」
クロスを外される。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
玲は笑いながら、
奏の髪を最後に軽く整えた。
「次は一ヶ月半くらいで来なよ」
「放置するとまた重くなるから」
「……覚えてるんですね」
「そりゃ担当美容師なんで」
当然みたいに言われる。
その言葉に、
胸の奥が少しだけ温かくなった。
美容院は苦手だった。
鏡も、
会話も、
おしゃれな空間も。
全部疲れるだけだったのに。
この店だけは違う。
ここへ来る時間だけ、
少しだけ自分を好きになれる気がした。
読んでいただきありがとうございます!
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気づいたらまた一ノ瀬玲を指名して予約していた。
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