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恐らく奇妙な物語 短編集  作者: 理寿人


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夢で助けを求める彼女

目が覚める直前、声がする。


——助けて。


最初にそれを夢だと思ったのは、たぶん正しい。

ただの悪夢。誰にでもあるやつ。


顔も分からない少女が、どこかで追い詰められている。

振り向いて、息を詰めて、そして。


——助けて。


そこで終わる。


何度も見た。

年に数回とかじゃない。もっと、断続的に。忘れた頃にまた来る。


でも、怖さは薄れていった。

繰り返し見る夢は、だんだん“慣れる”。


ただ一つだけ、変わっていったものがある。


距離だ。


最初は遠かった。

声もぼやけていた。


それが、少しずつ近づいてくる。


表情が分かるようになって、息遣いが聞こえるようになって、最後には——


はっきりと、目が合った。





駅前で彼女を見かけたとき、心臓が変な鳴り方をした。


似ている、じゃない。


同じだった。


夢の中で何度も見た、あの少女。


いや、違う。

夢のほうが“近づいてきた”のかもしれない。


人混みの中で、彼女は普通に歩いていた。

スマホを見て、誰かに軽く会釈して、何事もない顔で。


おかしい。


——助けて、って言ってたはずだ。


気づいたら、声をかけていた。


「あの」


彼女が振り向く。

一瞬、目が合う。


夢と同じ目だった。


「……何ですか?」


警戒している。

当然だ。


でも、それでいい。

今はまだ、何も起きていない。


「最近、何か変わったことありませんか」


言いながら、自分でもおかしいと思った。

でも、止められなかった。


「……は?」


「危ない目に遭いそうになったりとか」


完全に不審者だ。


分かっている。

でも、ここで聞かないといけない気がした。


夢は、いつも唐突に終わる。

つまり、前兆があるはずだ。


「ないですけど」


彼女は即答した。


少し苛立ったような顔で。


「そうですか。すみません」


一度、引く。


ここで押すと、全部壊れる。


守るためには、距離が必要だ。


——まだ間に合う。


そう思った。





それから、彼女のことが頭から離れなくなった。


夢は続いていた。

むしろ、はっきりしていく。


暗い道。

人気のない場所。

背後から近づく影。


まだ“何か”は起きていない。

でも、確実に近づいている。


だったら。


起きる前に止めればいい。


それだけの話だ。





最初は、ただ見ているだけだった。


同じ駅。

同じ時間帯。


偶然を装って、同じ空間にいる。


彼女は、何も知らない。

いつも通りに生活している。


それでいい。


危険が来るまでは。


ある日、彼女の後ろを歩く男がいた。


距離を保ちながら、妙についてくる。

フードを深くかぶっていて、顔が見えない。


夢の中の“影”と、よく似ていた。


心臓が強く鳴る。


来た。


そう思った。


気づいたら、男に声をかけていた。


「何してるんですか」


男は露骨に嫌そうな顔をした。


「は?関係ねぇだろ」


そのまま舌打ちして去っていく。


彼女は、何も気づいていない。


でも。


それでいい。


守れた。


そう思った。





それからは、少しだけ踏み込んだ。


彼女の帰り道を把握する。

人通りの少ない場所を覚える。

時間帯を記録する。


危ない条件を、一つずつ潰していく。


これは監視じゃない。


予防だ。


事故を未然に防ぐのと同じだ。


そう説明すれば、たぶん誰でも納得する。


——するはずだ。





夢の中で、彼女はよく振り返る。


何かに気づいたように。


そのタイミングを、ずっと考えていた。


何を感じているのか。

どこで“異変”に気づくのか。


それが分かれば、もっと早く動ける。


もっと正確に守れる。


だから、ある日。


少し距離を詰めてみた。


彼女の後ろ、数メートル。


気づかれない程度に。


彼女は歩く。

普通に。


でも、途中で。


ふっと、振り返った。


心臓が跳ねる。


夢と同じだ。


彼女の視線が、一瞬こちらを捉える。


そして。


すぐに逸らされた。


気づかれていない。


ただの偶然だ。


でも。


確実に近づいている。





違和感は、その頃からあった。


小さなものだ。


彼女が、時々後ろを気にするようになった。


歩く速度が、少しだけ速くなることがあった。


スマホを握る手が、強くなっていた。


でも、それは当然だ。


危険を感じているからだ。


俺が守っているから、未然で止まっているだけで、

本来ならもっと悪い形で現れていたはずだ。


そう考えれば、全部説明がつく。


むしろ。


正しく機能している証拠だ。





夜だった。


帰り道。

人通りが少ない。


夢に近い条件が揃っている。


ここで何かが起きる。


そう確信していた。


だから、距離を詰めた。


今度は、はっきりと。


彼女が振り返る。


目が合う。


恐怖が、浮かんでいる。


——違う。


それは、本来“別の何か”に向けられるはずのものだ。


「待って」


声をかける。


彼女が後ずさる。


「来ないで」


その声。


夢と同じ震え方だった。


「大丈夫。守ってるから」


一歩、踏み出す。


「やめて!」


彼女の声が大きくなる。


周囲の空気が変わる。


でも、関係ない。


ここで止まったら、間に合わない。


「危ないやつ、いたでしょ。ずっと見てた」


言葉が滑る。


止まらない。


「だから——」


「助けて!!」


その叫び。


完全に一致した。


夢と。


ぴたりと、重なった。





そのあと、音が一気に増えた。


誰かの声。

足音。

腕を掴まれる感触。


地面に押さえつけられる。


彼女の姿が遠ざかる。


「大丈夫ですか!?」


誰かが彼女に声をかけている。


彼女は、泣いていた。


こちらを見ない。


当たり前だ。


まだ、終わっていないだけだ。


本当の“危険”は、これから来る。


そう思っていた。





事情を説明しようとした。


夢のこと。

予測のこと。

守ろうとしていたこと。


でも。


途中で気づいた。


誰も、聞いていない。


いや、聞いてはいる。

ただ、理解しようとしていない。


「ストーカー行為で通報が入ってます」


淡々とした声。


「本人も強い恐怖を感じているとのことです」


違う。


それは。


本来、別の何かに向けられるはずの——


そこで、言葉が止まった。





あの夢は、正しかった。


彼女は、確かに叫んだ。


——助けて。


ただ一つだけ、間違っていたのは。


その言葉が、誰に向けられていたか。





それからしばらくして。


また、夢を見るようになった。


同じ声。

同じ距離。


でも、顔が違う。


まだぼやけている。


これから、はっきりしてくるはずだ。


目を覚ます。


心臓は、静かに鳴っている。


——今度こそ。


そう思いながら。


俺は、次の誰かを探しに行く。

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