2-20.彼女と彼と彼
トゥレーヌが生まれ変わっても、また魔法使いだとは限らない。現に違った。
それなのに、彼女を事件の渦中に巻き込んでしまったのだ。いくら飛鳥が強引についてきたのだと言っても、それは言い訳にしかならない。
「会いたかったから、探したんか」
ふいに、三樹利が感情のこもらない声で質問してきた。
「俺は……」
「トゥレーヌが好きやったんか」
はっきり聞かれ、サンジュリアンは返答に詰まった。
「あ、あいつは誰にでも好かれてたさ」
トゥレーヌは明るく、誰とでもすぐに友達になれるような性格だった。好きかと尋ねられれば、大抵の人間がうなずくだろう。
「そうと違て、女として好きやったかって聞いてんねん」
オブラートも何もない。三樹利は、単刀直入に尋ねる。
サンジュリアンは、また答えを詰まらせた。
「……」
「まぁ、追い掛けて来るくらいやしな。けど、言うとくぞ。飛鳥は今、俺の恋人や。あんたが昔の恋人であろうとなかろうと、誰にも渡すつもりはないからな」
「俺は別に……」
サンジュリアンが何か言おうとするのを、三樹利は手で制した。
「俺、めっちゃいやな奴みたいに言うけどな。飛鳥は俺らの世界の人間や。シェルヴァンナでは魔法が使えるか知らんけど、ここの人間とは違うんや。もう巻き込まんといてくれ。あいつが来たい言うても」
「……ああ、俺もそのつもりだ」
「今回、サンジュリアンが俺らの世界へ来たんは、バルベラが来たからや。そのバルベラが俺らの世界に来たんは、サンジュリアンが前に道を開いてたから通りやすかったんやろって言うてたな。俺らが戻ったら、今回みたいなことが起きんように、しっかり道を閉じといてくれ」
できるかできないか。そんなことは、三樹利に関係ない。言ってしまえば、知ったことではない。
とにかく、バルベラのような輩がまた突然現れて、飛鳥や他の誰かを危険な目に遭わせたくなかった。
自分の世界でも、大切な人を守り切れないことはいつでも、どこででも誰にでも起こりうる。
シェルヴァンナでは、それに魔法というものが加わるのだ。普通の人間では、とても太刀打ちできない。
それが、三樹利はいやだったのだ。
しかも、飛鳥は魔法を使えて、三樹利は彼女を止める術を持たない。飛鳥が危ない目に遭いそうになっても、自分では助けてやれないのだ。
他の時はともかく、命が関わるような状況で。
それは絶対に見たくない。
「わかった。簡単に道がつながらないよう、あの周辺の空間に結界を張っておく。俺より強い魔力の奴が意識して解こうとしない限り、破れないようにするよ」
本当なら、前に飛鳥を送り届けた後にしておくべき処置だった。それをしなかったために、飛鳥の友達まで巻き込んでしまって。
どこの世界の人間であれ、一般人を危険にさらすことになってしまったのだ。
「大丈夫やとは思うけど……手ぇ抜くなよ」
「するかよ、そんなこと」
心外、という表情で、サンジュリアンはそっぽを向いた。
「自分の世界ではそれほどでもないけど、あいつ、シェルヴァンナでは妙に自信過剰になってしまいよるみたいや。自分では使えもせん魔法道具を持ち出したんも、バルベラを捜し続けたんも、どっから出て来んのか、あいつの自信からやった。何とかしてみせるってゆう、根拠のない自信。バルベラは何とか捕まって終わったけど、次に来た時もそうなるとは限らへん。あいつ、自分は簡単に死なへんって言いよるけど……そんなん、誰にわかんねん」
サンジュリアンも、三樹利の最後の言葉には深くうなずく。
自分も、トゥレーヌが死ぬ、なんて思ってもみなかった。目の前で彼女が息を引き取った後でも。
魔法使いのサンジュリアンも、彼女を救えなかった。魔法を持たない三樹利が、飛鳥の行動にはらはらしてしまうのも当然だろう。
シェルヴァンナも、普段は平和な世界だ。だが、飛鳥が来る時に限って、何かが起こっている。そして、飛鳥はすぐにその真っ直中に突っ込むのだ。
飛鳥が「簡単に死なない」と言っても、飛鳥は不死身ではない。誰もそんな言葉を信じることなど、できない。
「飛鳥がシェルヴァンナに来ることは、もうないよ。俺が責任を持って、来られないようにする」
サンジュリアンが断言した。
自分が道を開いたのだ。自分が確実に、道を閉じなければならない。
「頼むわ」
事件は終わった。もう危険なことは周りにない。
この国には魔法使いでない人間もたくさんいるのだから、飛鳥だってここにいて何ら不都合なことはない。
だったら……と、心のどこかで「飛鳥にいてほしい」と願う気持ちが、前回と同じように未練がましくサンジュリアンの中にあった。
彼女はもうトゥレーヌではない、とわかっていても。
色々とやらかして、腹が立ったり、心配させられたりするが、遠慮なくぽんぽんと言いたいことを言い合える関係は心地いい。気を遣わなくていいのは、とても楽だ。
しかし、三樹利や友希乃を見て、改めて思い知らされる。
新しい世界で生を受け、新しい友人ができ、恋人もいるトゥレーヌ……いや、飛鳥。
もうサンジュリアンの手は、届かない。
「あ、いたいた。みーやん、サンジュリアン」
飛鳥の声に、二人がそちらの方を向いた。
「聞いて聞いて。ゆきちゃんの記憶が早く戻るかも知れへんねん」
飛鳥がこちらへ駆け寄り、息を切らせて報告する。
「どうやってや。時間がかかるって言われてたのに、何するつもりやねん」
「おかしなこと、しでかすつもりじゃないだろうな」
二人は「飛鳥がまたおかしな計画を立てたのでは」と誤解している。
「あんたら、二人して失礼やな。杖、使うねん。あの魔法道具をうまいこと使て、ゆきちゃんにかけられてる術を解くんや。リラックやグルナッシュも、ちゃんと賛成してくれてる。はよ来て」
飛鳥は三樹利とサンジュリアンの手を取ると、すぐに友希乃がいる部屋へと二人を引っ張って行く。
彼らが自分について、少しばかり深刻な話をしていたなど、考えもしないで。
☆☆☆
友希乃をイスに座らせ、リラックとグルナッシュがそれぞれ杖を持って立つ。二人がかりで催眠術をかけようとしている、と見えなくもない。
「リラック、俺も何か手伝うことはないか」
サンジュリアンが、準備をするリラックに声をかけた。
「いや、二人で足りる。具合が悪くなった時には、手を借りるが」
「わかった。まぁ、何かあるとも思えないけどな」
具合が悪くなる、というのは、魔法が何らかの拍子に方向を狂わせたり、どうしても他の術者の力が欲しいような状況になってしまう、ということ。
もっとも、サンジュリアンが言うように、魔法を行うのはリラックとグルナッシュなのだから、何かあることは皆無に等しい。
「うちも、何かできるなら言うて」
「飛鳥は、おとなしくしてくれるのが最高の手伝いだ」
「………………わかった」
友希乃のために、自分もできることがないか尋ねてみたが、グルナッシュにそう言われ、飛鳥は不承不承ながらも引っ込むことにした。
認めたくないが、確かに自分が加われば余計な騒動を起こしかねない。
バルベラに術をかけられてからずっとぼんやりした表情の友希乃を前に、リラックが呪文を唱え始めた。
三樹利が緊張した面持ちで、友希乃の様子を見ている。それは、飛鳥も同じだった。
少し遅れて、グルナッシュも呪文を唱え始める。彼が持っている杖は増幅の方だ。リラックの魔力を、グルナッシュが持つ杖で大きくするのである。
本来なら、術者の実力にもよるが、二本の杖を使えば力は相殺される。だが、杖の力を向ける方向が違えば、それぞれの持ち味が発揮されるのだ。
リラックがバルベラのかけた魔法を弱めようとする力を、グルナッシュの持つ杖が補助してくれる形になる。
悪い魔法を解く力を強くすれば、早く友希乃が助かることになるのだ。
友希乃の周りを、白いオーラが包んだように見えた。そんな気がしただけ、かも知れない。それは、ほんの一瞬で弾けてしまう。
そのすぐ後で、それまで普通に座っていた友希乃が、がくんと首を前に垂れた。意識をなくしてしまったように。





