1-23.魔物のその後
その言葉にびくっと身体を震わせ、サンジュリアンはリラックを見た。
今、何を言われたのだろう。こんな冷酷な言葉があっていいのだろうか。
「これじゃ、犬死にじゃないか。……そうだ、ユニ・ブランは? ユニ・ブランなら、こいつを治せるだろ。出血を止めることだって、できるだろっ」
最後の方は、ほとんど悲鳴に近かった。
「無理だ。彼女に、死んだ者を生き返らせる力はない」
さらに冷たく、無慈悲な事実を知らされる。
リラックの手をふりほどき、サンジュリアンは横たわるトゥレーヌに顔を近付けた。
頬に手を置き、鼻に、くちびるに触れてみる。
まだ温かいのに。生きているみたいに温かいのに。
彼の手に、トゥレーヌの息吹がかかることはない。
トゥレーヌの姿が消えてから、サンジュリアンの頭のどこかでずっと渦巻いていたいやな予感は当たってしまった。
彼女が消えてしまうのではないか、という恐ろしい予感が。
どうして、こんな予感に限って当たるのだろう。虫の知らせ? そんな知らせはほしくなかった。どうせ知らせるなら、こんな事実を回避できる方法を知らせてくれればいいのに。
サンジュリアンは、そっとトゥレーヌの身体を抱き起こした。力を失った手が、地面に落ちる。まるで、人形の手のようだ。
トゥレーヌの顔は、眠っているように穏やかな表情をしていた。揺すって起こせば、目を覚ましそうなのに。
「この……バカ……」
そうつぶやいても、トゥレーヌから抗議や不満の言葉は出て来ない。今はちょっと聞こえないだけ……ならいいのに。
そのままトゥレーヌの身体を、サンジュリアンはいつまでも抱き締め続ける。
周りにいた魔法使い達は、誰も何も言わずに立っていた。
☆☆☆
目を開ける。
少し視界がぼーっとしているところへ、ひょいと誰かが入って来た。
誰だったか、思い出せない。だが、その顔を見ているうちに、名前が浮かんでくる。
「……ナーチェ?」
「飛鳥、気分はどう?」
「……起きたばっかりやで、ぼーっとしてる」
目を開けたばかりの時に聞かれても、すぐにはわからない。
「熱もないようだし、ケガもしてないし、とりあえずは安心ね」
飛鳥は、ゆっくり身体を起こす。
「熱? ケガ?」
つぶやいているうちに、あの魔物に何かされそうになったことを徐々に思い出してきた。
「あー、まいったわ。逃げようとしたら、妙に気分がよぉなって……悲鳴が聞こえて目が覚めたら、サンジュリアンがうちの顔を覗き込んでた」
飛鳥がこちらの世界へ来てから、サンジュリアンが見せることのなかった顔。
あまりにも彼らしくないような気がして、そのまま伝えた……ような気がする。
「あなたね、あそこの子ども達と同じように、魔物に魂を抜かれかけたのよ。おとなしくしていないから、そんなことが起こるんだからね」
ナーチェの言葉で、飛鳥は周りを見る。
そこは、グルナッシュやサンジュリアンの所へ行くまでいた時の広間と、何ら変わりがない。
何も変わっていない。子ども達が横たわり、そのそばに親がついている。意識のある子どもも、親にぴったりくっついて。
それは……おかしい。
「何や、これ。まだ、この状態って……魔物はやっつけられたんとちゃうの」
「……ぎりぎりで逃げられたのよ」
残念そうな顔で答えるナーチェを見て、飛鳥はもう一度子ども達の方を見る。魂を抜かれた子は、確かに横たわったままだ。
「ほんなら、さっきの悲鳴はやられた時のもんとちゃうんか?」
確かに、悲鳴を聞いた。声質と音量からして、人間のものではない。だとしたら、あの状況では魔物の声に違いないはず。
あの声を聞いて、飛鳥は意識を取り戻したのだ。夢や空耳ではない。
「奴は幻を出したんだ。子ども達の幻を」
後ろから、声がした。振り向かなくても、サンジュリアンだとわかる。
「幻? けど、そんなんが見えたくらいで、簡単に逃げられてしまうもんなん?」
「奴は、闇も一緒に出したんだ。暗くて、すぐにはそれが幻だとわからなかった。奴が傷を負ったことで、捕まえていた魂が抜け出したのかと思ったんだ」
「そんな手ぇ、使いよったんか。やっぱり、闇の魔物がやることやな」
すぐに見破られても、幻の形が子どもであれば、魔法使いはすぐに手出しをしようとはしない。わずかにちゅうちょする。
それを予想した上で、魔物はそんな方法を取ったのだろう。
飛鳥が隠れようとした彫刻を壊した後、魔物の目が光った。サンジュリアンの話によれば、その時に赤い玉も鈍い光を出していたらしい。
途端に飛鳥は動かなくなり、ひざをついて目を閉じた。水草が揺れるかのように、飛鳥の身体が揺れるのを見て、サンジュリアンは飛鳥の危機を悟る。
魔法使いに背中を向けて隙だらけの魔物に、サンジュリアンは氷の刃を放ったのだ。
飛鳥の方に集中していたため、魔物はまともにサンジュリアンの攻撃を食らった。飛鳥の魂を抜き切れないまま、逃げ出す。
そこへ、ようやく他の魔法使い達が駆け付けた。傷を負ったのなら、追加攻撃で確実に仕留められる。
そう考えて魔物を狙おうとしたが、その足が止まった。
魔物の方から黒い煙が漂い、その煙に混じって子ども達の姿が見えたのだ。
攻撃をしようとしていた魔法使い達は攻撃魔法の呪文をやめ、子どもの方へ駆け寄る。
怖かったよぉ、という泣き声まで聞こえて。だから、わからなかった。子ども達の姿が彼らの身体をすり抜けて消えるまで、それが本物ではない、とは。
落ち着いて考えれば、子ども達はみんな広間にいるはずだ。結界も張ってあるから、こんな所にいるはずがない。
次に思ったのは、肉体を持つ本物の子どもではないとしても、魔物に魂を抜かれていた子かも知れない、ということ。それなら、ありえる。
だとすれば、自然に自分の身体へ戻ろうとしているのだ。魂だけなら、すり抜けても変ではない。
だが、魔物の出した煙を払うと同時に、子どもの姿もきれいに消えてしまったのだ。
それが幻だったとわかった時には、魔物の姿はどこにもない。
サンジュリアンが飛鳥のそばへ行った時、飛鳥はわずかに意識があった。それで、かろうじて魂を抜かれるのだけは免れた、と知ったのだ。
「しかし……本当に狙われるとは思わなかったな。飛鳥、もしかして年をごまかしてるんじゃないのか? 実は十歳前後とか」
「失礼やな。うちはれっきとした高校生……言うてもわからんわな。とにかく子どもやないの。あ、別世界の人間やから、匂いが違うんかな。魔物にとって、魅力的な香りがしてる、とか。興味をそそられるんかも」
「なるほど、年をごまかす言い訳にはなるな」
「……めっちゃ失礼な奴。サンジュリアンはそんなにうちのこと、子どもにしたいんか」
むくれる飛鳥の肩を、ナーチェがつんつんとつついた。
「さっきのサンジュリアンの顔、飛鳥に見せてあげたかったわ」
くすくすとナーチェが笑う。飛鳥がきょとんとなり、サンジュリアンはぱっと赤くなった。
「飛鳥をここへ運んで来た時の、サンジュリアンの慌てようったらなかったわよ。息はある、ユニ・ブラン、早くこいつを診てやってくれ、奴にやられたんだって。あれだけ慌てた人が、今はこうしてからかってるんだから」
「ナ、ナーチェ。余計なことを言うな」
「あら、だって本当のことじゃない。ユニ・ブランが眠ってるだけだって言っても、しつこく本当に大丈夫かって聞いてたでしょ。ぶっきらぼうなフリして、本当にかわいいんだから」
ナーチェにからかわれ、サンジュリアンは赤くなったまま黙っている。
「はぁ……ナーチェってすごいなぁ。うちはせいぜい口ゲンカするだけやけど、ナーチェは完全にサンジュリアンを黙らせるんやもん」
「ふふ。そう、この三人の中じゃ、あたしが一番強いもの」
自慢そうに笑うナーチェ。
「けど、完全に魂を抜かれたんとちゃうし、気絶する前に一回目ぇ覚ましたやん。それを見てても、そんなに慌てたんか?」
魂を抜かれそうにはなったが、魔物の悲鳴で意識が戻った。サンジュリアンの声を聞いて、飛鳥は目を開け、頭を上げた。
その状態は、意識がはっきりしているサンジュリアンの方がしっかり見ているはずだ。
「お前が……トゥレーヌが死ぬ時と同じ言葉を口にするからだ」





