1-13.道は一つ
城でリラックが「トゥレーヌが亡くなった時の話」をした際、飛鳥が「殉職か」と言うと、彼は「微妙なところだ」と言った。
その後で、サンジュリアンは「事故」という表現をしていたような気がする。
確かに、その状況では「殉職」とは言いにくい。戦っていないのなら「事故」と言えなくもないが、それも少し無理がある。
魔法使いは魔物を消滅させるために動いていたのに、トゥレーヌだけは反対方向に動いていた。
だとすれば、規律違反、自業自得……といったところか。
「感心してる場合じゃないと思うけど」
苦笑するしかない飛鳥を、アロース・コルトンが冷めた目で見る。
彼はこの中では唯一、トゥレーヌの死を見ていない。その当時の魔物を追う仲間にも、入っていなかった。
年齢が若く、今以上に腕も未熟だったため、同行は危険とみなされてしまったためだ。
「トゥレーヌが襲われたのは、周囲への注意を怠ったこともあるが、それまでに受けていた報告よりも魔物の力が強くなっていたからだ。奴は俺達の知らない所で人間を襲い、喰っていた。それで魔力が上がった。それがわかったのは、トゥレーヌが亡くなってからだ……」
グルナッシュが、淡々とした声で言った。
「要するに、力が上がってるゆうのも知らんと一人で突っ走ったから、逆にやられてしもた、ゆうことやな」
魔法使いとして、状況を正しく見極められなかった。自分の不注意で魔物の手にかかってしまったようなもの。
「わかったろう。あの魔物を助ける訳にはいかない。すでに魔法使いを一人、殺しているんだ。喰った痕はなかったらしいが、傷付けているから血の味は知ったはずだ。今は魂を抜くだけしかしていないが、そのうち人間そのものを襲う」
トゥレーヌの時も失敗している。まして、今の飛鳥にまともな魔力などない。
そう聞かされては、反対など無理。お前が言うな、と言われるだけだ。
「さっき、身体が突然巨大化したのは見ただろう。かなりのエネルギーを蓄えてるはずだ。もし飛鳥の言うようにしても、抵抗されればこちらも無事では済まない。仮に、うまく元の世界へ戻したとしても、エネルギーを持ったままだと次は自力でこちらの世界へ来かねない」
「……道は一つしかないねんな」
魔物を救おうなど、無理なことなのだ。相手は、人間をエサとしか見なしていない。
「いいか、絶対に同じことをするなよ。歴史は繰り返すって言うけど、二度とあんなのはごめんだからな」
「やろうと思っても、魔法が使えへんからできひんやんか」
昔のことを、それも覚えのない前世のことを、サンジュリアンがやたら偉そうに言うので、飛鳥は言い返すつもりでそんな言葉を口にした。
「……。魔法が使えたらやるつもりか、お前は」
今までになく怖い顔のサンジュリアンに、飛鳥は思わず後ずさってしまった。
「いいか。もうおかしなこと、考えるなよ。それから、勝手に歩き回るな。俺は、ユニ・ブランと一緒にいろって言っただろ。今頃、あっちでもお前がいなくなったことに気付いて、絶対に騒いでるぞ」
「サンジュリアン、そうがなるな」
グルナッシュが、熱くなりつつあるサンジュリアンをなだめる。
「我々も一度、戻ろう。このまま追っても、すぐに見付け出すのは無理だ」
リラックに言われ、飛鳥と魔法使い達はクレーレットの城へと足を向けた。
☆☆☆
陽もだいぶ暮れた。
飛鳥の家の周りにはない地平線が城から見え、その向こうにゆっくり太陽が沈んでいこうとしている。こちらの方角は、西で合っているのだろうか。
この世界が、どんな次元のどの位置に存在しているかは知らない。それでも、飛鳥の住む世界と同じように、シェルヴァンナにも太陽があるようだ。それが沈むと、夜へ向かう。
夕暮れ時の今は、空が見事なまでに鮮やかな赤に染まっている。
黙って消えたことをユニ・ブランとナーチェにさんざん叱られ、飛鳥はちょっと拗ねて外へ出ていた。
本人は「サンジュリアン達の様子を見に行く」と言ったが、もちろん彼女達はまさか彼らのいる所まで「実際に行ってしまう」とは思っていない。今の状況なら、当然だろう。
いつまで経っても、飛鳥が戻って来ない。慣れない城の中で迷子にでもなったのか、と心配したナーチェがあちこち捜し回った。
城の周辺も見て回ったが、やはりいない。もしや例の魔物に連れ去られてしまったのでは、と気が気でなかった。
ユニ・ブランに止められなければ、ナーチェまで魔法使い達のいる所へおもむいていたかも知れない。
戻って来た魔法使い達に報告しようとして飛鳥の姿を見付け、ナーチェは安心したと同時に、心配した分の怒りの言葉を浴びせたのだった。
城の中庭を、飛鳥はぶらぶらと歩く。広いし、きれいだし、散歩にはちょうどいい。
一角にはバラ園のように様々なバラが植えられていたり、大きな噴水があったりする。少し離れた所には、東屋らしい屋根が見えた。庭というより、公園みたいだ。
その庭の一角で、太く高い木を見付けた。
女性的な雰囲気のこの庭で、男性的にも見えるその木は多少不釣り合いな気もしたが、城の守り神のように見えなくもない。
それに何だかとても登りやすそうで、飛鳥は深く考えずにその木に登った。
見たことがないはずの木なのに、手や足を引っ掛けるくぼみや枝の位置がわかってしまう。おかげで、するすると苦労なく登れた。
こういうことは苦手ではないが、こんな簡単に木に登れたのは初めてだ。
この世界でも、季節は初夏なのだろうか。枝には、きれいな葉が青々と茂っている。緑のいい匂いが漂っていた。そのおかげか、気分が落ち着く。
頬を通り過ぎる風が、心地いい。とてもさらっとした風だ。ここには日本の梅雨のようなうっとうしい時期など、きっとないのだろう。雨も必要だろうが、やはりあの湿った空気はいただけない。
「んー、ええ気持ちやなー」
ここの風は優しい。
それだけで、さっきナーチェにさんざん叱られたことも忘れ、とても気分がよくなった。
ここから、門の辺りが見える。高い木だから、周囲がよく見渡せるのだ。
しばらく周りの景色を眺めていた飛鳥の目に、子どもを連れた人が次々と城へ入って行くのが映った。
中には子どもをマントのような衣に包み、隠すようにして足早に入って行く人もいる。
「……またやられたんやろか」
あの魔物がまたあの赤い玉を使って、子ども達の魂を抜いたのだろうか。
さっきは飛鳥の思い込みだったとは言え、魔物を逃がしてしまう形になった。そのせいで、魔物がさらに子どもを襲ったのであれば、飛鳥も良心が痛む。
急いで木を降り、門の方へと走る。が、庭は広い。多少走ったとしても、すぐに門までたどり着けない。
さっきは散歩気分でいたが、急ぐ時にこんな庭を横切るなら自転車かセグウェイでもほしい気分だ。
ようやく、庭から出た所でリラックに会った。
「どうした?」
あまり表情を変えずに、リラックが尋ねる。
「子どもを連れた人が、どんどん城へ来てるのが見えたんや。あの子らも、魂抜かれたんとちゃうか」
一気にしゃべったが、さっきまで走っていたので息が切れて苦しい。
「今、木の上から見てたら、お城に向かってぎょーさん来てはってん」
自分で歩いている子もいたようだが、魂が抜かれても動けるものなのだろうか。そういう部分に個人差が出る、なんてあるのかどうか……。
「ああ、それはこちらが呼んだからだ」
リラックの言葉に、飛鳥はきょとんとなる。
「魔法使いが呼んだん?」
「そうだ。……木というのは、あそこの木か?」
リラックが指差すのは、さっき飛鳥が登っていた木だ。他にも木はあるが、迷わずそれを差して。
「そぉや。……何でわかったん?」
「この城へ来ると、よく登っていたからな。何か問題が起きた時にも」
前世でも同じことをしていたのだ。
どれを取っても、やることが代わり映えしない。気分が落ち着くのも、きっと同じだったのだろう。
「むっちゃ登りやすかってん。けど、あの木、言うたら悪いけど、ここの庭とのバランスがちょっとよぉないんとちゃうか?」
特にデザインセンスがある訳でもないくせに、飛鳥はそんな意見を口にした。





