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タンスから現れたのは前世で幼なじみだった魔法使いでした  作者: 碧衣 奈美
第一話 風の約束

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1-12.同じこと

 リラックの冷静すぎる表情に少しだけ気後れしたものの、飛鳥は自分が考えていることを伝えた。

「うちかて、あんなんがあっちこっちにいたら、怖いし気持ち悪い。けど、あいつがこの世界へ来たんは、術を失敗した魔法使いのせいやろ。自分で来るつもりで来たんでもないやん。子どもに悪いことしたけど、あの玉さえなかったらやらへんかったことやろ。それかて、やっぱり禁止された魔法を使(つこ)てた奴が悪いんやし」

 確かに、魔物は人間にとって悪いことをしている。被害者である子どもや、その親にすれば、許されないこと。

 でも、魔法使いに間違えて呼び出されることがなければ、こんな事件は起こらなかったのだ。

 魔物の意思で、ここへ来たのではない。それを人間の勝手で殺してしまうのは、かわいそうだ。

 これが、飛鳥の意見である。

「全く……変わらないな」

 さっきまで怒っていたサンジュリアンだが、飛鳥の言葉を聞いて苦笑している。角度によっては、泣き出しそうな顔にさえ見えた。

「何が変わらへんの?」

 気のせいだろうかと思いつつ、飛鳥は聞き返す。

「飛鳥、きみの気持ちもわからないではないが、奴を助けることは無理だ」

 サンジュリアンが答えるより先に、リラックが飛鳥の意見を却下した。

「何でやな。やってみな、わからへんやん。する前からあかん言うてたら、何もできひんで」

「もうやったんだよ」

 グルナッシュが静かに、飛鳥の言葉をさえぎった。

「やったって?」

「だから、やったんだよ。お前が今言ったことを、お前自身がやったんだ。……二年前に」

 サンジュリアンはそう言って、飛鳥から顔をそらす。

 その表情は、さっきよりもずっとつらそうに見えた。

☆☆☆

 魔物が現れて、人間を襲った。

 その日の早朝、そんな情報が魔法使い達の間を流れる。

 襲われた人間は、死ぬまでには至っていない。だが、それでも重傷を負った。

 コーリン医師とユニ・ブランの力で、かろうじて命を取り留めたようなものだった。

 未熟な技術しか持たない魔法使い。彼が行った術で空間に歪みができてしまい、その歪みを抜けて魔物がこちらの世界へ現れたのである。

 そして、一番最初に目に入った人間、つまり魔法使いを襲って逃げた。

 事態を知った魔法使い達は、魔物の行方を追う。

 このまま放置しておく訳にはいかない。人間の血の味を覚えてしまった魔物を野放しにしておけば、被害者が増える一方になるのは目に見えている。

 最初に襲われた人間はどうにか生きているが、予断は許さない状態。魔物を何とかしなければ、いつかは死人も出てしまうだろう。

 サンジュリアンとトゥレーヌも、魔物の捜索に駆り出された。

 魔物が隠れていそうな場所を重点的に、魔法の網を張る。自分達に割り当てられた場所に網を張り終えると、トゥレーヌが口を開いた。

「ねぇ、魔物が見付かったら……どうするのかなぁ?」

「決まってるだろ。消滅させるんだ」

 答えがわかりきっているようなトゥレーヌの質問に、サンジュリアンはそう返事した。

 知能と意思を持つ魔物なら、言葉も何とか通じる。いわゆる、話し合いで穏便に解決する、ということが可能ではある。

 だが、魔法使い達が今追っているのは、野生の獣よりもずっと(たち)が悪い。

 話して通じるような、高い知能を持つ相手ではないのだ。本能のみで動いている。もちろん、常識や秩序など、かけらもない。

 恐らく、自分の元いた世界へ帰る力はないだろうし、あったとしても自らの意思で帰ろうとはしないだろう。

 魔物には、余程の低級でない限り、普通の剣や弓で立ち向かってもあまり効果がない。全くの無傷ではないにしろ、ダメージの受け方は少ない。

 つまり、普通の人には退治することが難しいのだ。余程の運がなければ、ほぼ不可能なこと。

 そんな魔物に襲われて、硬い皮膚もなく、鋭い牙や爪のない人間に攻撃や防御ができるはずもない。

 魔物をまともに相手にできるのは、魔法使いだけなのだ。

「でもね、でもね」

 先を歩くサンジュリアンの服の裾を、トゥレーヌが引っ張る。

「あの魔物だって、ここへ来るつもりで来たんじゃないかも知れないじゃない。空間に歪みが生まれた時に、たまたまその近くを通り掛かった。そこを通り抜けてみたら、シェルヴァンナだったってだけ。そういうこともありえるでしょ」

「……だったら、どうなんだよ」

「その空間の歪みを作ったのは、魔法使い、つまり人間よ。魔法使いの方にも、そんな歪みを作る意思なんて当然なかったと思うけど、結果的には魔法使いが作ってしまった。それなら、あの魔物がこの世界へ来たのは人間の、私達のせいみたいなものじゃない」

「それで?」

 力説するトゥレーヌ。一方で、サンジュリアンの対応は冷ややかだ。

「帰してあげようよ、元の世界に。今度は意図的に歪みを作って、そこから魔物を元に戻すの」

 サンジュリアンにわかってもらおうと、トゥレーヌは必死になってしゃべっている。

「帰してやるとかやらないとか、そんなのは俺が判断することじゃないだろ。リラックに言えよ、そういうことは」

 どんなに説得されても、サンジュリアンに決定権はない。

「んじゃ、一緒に来て」

 有無を言わさず、トゥレーヌは握ったままだったサンジュリアンの服を引っ張って、リラックがいるであろう方向へ歩き出す。

 リラックを見付けると、トゥレーヌはサンジュリアンに向けたのと同じ言葉を並べた。

「ね、リラック。いくら相手が魔物でも、無闇に殺生するのはやっぱりよくないと思うの。あたし達に戻せる力があるなら、それを使うべきだわ。呼んでしまったのが魔法使いなら、その後始末をするのも魔法使いの責任でしょ」

 トゥレーヌは、懸命に魔法使い達のリーダーに訴えた。しかし、彼は首を縦に振ってくれない。

「トゥレーヌの言うことにも、一理ある。私もしなくて済むのなら、殺生などしたくはない」

「じゃあ」

「だが、相手は魔物だ。しかも、人を殺しかけた。どういう過程でこの世界にいるかは、もう問題じゃないんだ」

 この世界で生まれた魔物もいる。だが、それらは自分達の縄張の中で生きているのだ。

 もしも、人間の住む場所へ現れて害をなすのであれば、人間を守るために消滅させねばならない。

 まして、別の世界から現れたのであれば、人間に好意的な性格ではないことの方が多い。

 その魔物はこの世界に現れてから今の段階で、すでに数人を襲っていることもあり、見逃すことは許されない。

「でもっ」

「駄目だ」

 トゥレーヌが何か言う前に、リラックはさえぎった。

「歪みを作ってあの魔物を帰す前に、別の強大な力の魔物が向こうから現れたらどうする。今でも手こずっているのに。これ以上力のある魔物が現れたら、シェルヴァンナが滅びかねない」

 静かに、しかしはっきりと、リラックはトゥレーヌの意見を却下した。

☆☆☆

 昔も今も、似たようなセリフばかりを口にしていたようだ。根本的な部分は生まれ変わっても変わらない、ということだろう。

「そいで、どうなったん?」

「トゥレーヌは自分だけでその魔物を元の世界に戻そうとして……歪みを作る前に魔物に襲われた。あの時の魔物は、さっきのより魔力は下だったが、トゥレーヌは歪みを作る方に集中していたから、逃げ遅れてしまったんだ」

「……」

 リラックがそう話して、小さくため息をもらす。

 トゥレーヌなら、多少反対されても何かしでかすであろう、ということは彼女の性格を知っていれば予測できたはずだった。

 それを未然に防ぐことができなかったのは、明らかに自分の落ち度だ。

 小柄な身体が宙を舞い、地面に叩き付けられる。肩から胸部にかけて、大きな爪痕。大量の出血。

 魔物はグルナッシュと、完全にぶち切れてしまったサンジュリアンが消滅させた。

 だが、全てが遅い。彼らが駆け寄った時には、トゥレーヌはもう虫の息だった。

 その場にユニ・ブランはいなかったが、彼女が癒やしの魔法をかけたところでどうしようもなかっただろう。

「今と(おんな)じこと、やろうとしてたんやな。あほは死んでも治らんて言うけど、ほんまや」

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