絵を描く理由
9話目です。
ではどうぞ。
昨日フロントで渡されたカバンは、送り状と一緒に再びフロントに引き渡された。持って歩くと邪魔なので、家に送ってしまうらしい。
ホテルをチェックアウトした後、駅まで歩いて電車に乗って、駅を2つ分戻って美術館に連れて行かれた。
「ここは俺が来たかったんだ。」
入り口近くに掲示された大きなポスターの前で、芳彰は嬉しそうな顔を見せた。
「・・・印象派の光と影。」
ミレー、モネ、ルノアール誰でも知ってるような名前の文字が並んでいて、何となく圧倒される。
「そっちもいいけど、こっち。」
しかし、そう言って指差したのは、ミレーの睡蓮の絵より遥かに下に書かれた小さな文字だった。
「地元画家の『心』第二展示室。」
「そ、俺が絵を描いてる理由。切っ掛けってヤツを見せたかったんだ。」
私は驚いて、思わず隣を見上げた。
・・・どうした、今日も昨日に引き続き、自分の事を喋りたい日なのか?
メイン会場の企画展示室を見事に無視して、第二展示室に直行した。
休日の第一展示室には人が大勢並んでいたが、こちらは別世界のように人がいない。
おかげで芳彰は「本当に見に来たのか?」って言いたくなるほど、どんどん先へ先へと歩いて行く。
展示してある数々の絵に目を向けるものの、その実は見るでもなく次々と通り過ぎて行く。やがて目的の絵を見つけたらしく、やっと一枚の絵の前で足を止めた。
芳彰が懐かしそうな目を向けているのは、板に描かれた勇壮な武者の絵で、白馬と赤い鎧がとても目を引く物だった。
「これ、三嶋神社に奉納されてる絵なんだけどさ、小さい頃怖かったんだ。迫力あるだろ?」
うん、確かに馬も目を剥いてるし、武者も髭が上を向き、目も大きくてなかなかの迫力だ。
「顔が?」
「・・・全体的に。絵なのにってさ、それから少し大きくなって、逆に凄いって思うようになったんだ。」
「・・・で、自分もそんな絵が描けたらな、っていうお決まりコース?」
「お決まりって言うな。・・・事実だけど。」
あ、芳彰が拗ねた。
日本の風景じゃない水墨画と、花の日本画と・・・何となく見覚えのあるタッチかもしれない。それから次の絵に目を移すと、本当に見覚えがあって驚いた。
「あっ、これ知ってる。」
松の木に止まる雄々しい鷹は、小学校の校長室に飾られていた。
「そっか、この辺の学校には寄贈されてるからな。」
プレートを見て納得している芳彰を見て、何となく私も納得した。
「芳彰の小学校にあったのはどれ?」
川を挟んで学区が違う。
芳彰は一度私を見て、改めて飾られた絵に目をやり、2つ隣の桜の絵を指した。
「これ。」
花は白に近いピンク色で、空も枝も全体的に儚げな淡い色合いの中、金の雲だけが力強さを感じさせる。プロの絵に対して失礼かもしれないが、バランスの良い絵だと思った。
「ふーん。」
「・・・それだけか?」
「うん。」
感じた事は言葉にしにくい。
桜が満開の時期に誕生日を迎える私にとって、何となくだけどこの花は特別で、今年からは更に重要な物になった。
「でも、これ好きだな。」
きれいな桜は大歓迎だ。
「・・・そうか。」
不可解な物を見るような目を向けられたから笑顔を返してみると、肩を竦められた。
先を見て行くと、解説の文章と共に公園にある石碑の写真が掲示されていた。
「ねぇ、これ何考えながら眺めてたの?」
「は?」
写真の前で言ったのに伝わらなかった。残念。
「まだ史稀って名前も知らない頃に、公園でこの石碑を眺めてる所見かけたんだ。何してるんだろう? 何見てるんだろう? って気になってたんだ。ねぇ、あれ何考えてたの?」
ちらりと見ると、芳彰は何故かあからさまに目を逸らした。
「・・・痛い所を突いてくるな。俺があそこにいる時は、行き詰ってる時だ。」
なるほど。
「思うように描けなくて苛付いてる時にあそこに行って、初心に返るんだ。」
なるほど、なるほど。
「じゃぁ、あそこに行けば遭遇率が高かったのかな?」
あの当時、私はヒントも無しに史稀をかなり探して回った。こんなポイントがあるのならあの時に是非知っておきたかった。
「・・・何かひどい事言ってないか?」
「何が? あー、でもそれだと機嫌の悪い史稀にしか会えなかったって事になるのか・・・って、でも大して変わらないかな?」
どっちにしろ、話しかけると機嫌は悪かった。
ニッと笑って見上げると、半眼で見下ろされた。
「・・・悪かったな、無愛想で。」
「いえいえ、良い思い出ですよ?」
「・・・やっぱり、美晴の考えてる事はよく解らん。」
「それこそ思う壷だね。」
そう言ってニヤリとすると、頭をぐしゃぐしゃにされた。
モデルの画家はいます。
絵は適当に設定したり、改変してますが。




