第2話 先駆班長のテラーリミットさま
テラーリミットは甘え上手で気まぐれな猫である。それがウィープのテラーに対する評価だ。テラーは意識をせずとも、自然に相手からの好意を引き出すことが出来る。それが彼の天性の才能だと、強襲部隊の者達は誰もが知っていた。
「ウィープ、構って〜。ほらほら、ここに可愛い猫ちゃんがいるよ」
テラーは床に寝転がって、ウィープを見上げる。ここが自室でなければ、ウィープは素通りしていただろう。だが、残念なことに、テラーが寝転がってるのは自室の扉の前だった。そして、ウィープには外せない大事な用事がある。彼はため息をつくと、テラーを抱き上げてベッドの上に放り投げた。
「あーん、乱暴だよぉ。ウィープのばかぁ」
「はぁ……テラー、大人しくそこで待っていろ」
ウィープが背を向けた瞬間に、テラーはベッドから勢いよく飛び跳ねる。ウィープが気配に気づいて振り向くと、テラーがムササビのように両手両足を広げて、飛んでいるのが見えた。
「なっ! テラー、お前っ!」
「じゃーんぷっ」
普段は床に寝転がっているだけだが、彼も立派な強襲部隊の班長である。先駆班長としての身体能力を最大限に無駄遣いした強襲だった。ウィープは瞬時に、テラーの身体を受け止めるための体勢をとる。
「ぐっ……この、馬鹿猫がっ!」
「あはっ! 受け止めてくれたね〜」
テラーは両手両足を使って、ウィープの上半身にしがみつく。彼は計算し尽くした甘い笑みを浮かべて、ウィープの後頭部にあるお団子に触れた。お団子から少しはみ出た髪の毛を、テラーは指先で弄る。
「ねえ、ウィープ。怒ってる?」
「怒っているに決まっているだろうが! 怪我をしたらどうするっ」
ウィープが怒っているのは、テラーが怪我をする可能性が高かったからだ。彼にとってテラーは守るべき部下である。任務では容赦なく手足として使うが、本来のウィープは仲間を守ろうとする男だ。テラーはウィープの顔を覗き込んで、彼の瞳を見つめる。怒りの奥に隠れた本心に気づくと、眉を下げて小さな声で謝った。
「ごめん……ふざけすぎたかも」
「ああ、ふざけすぎだ。まったく……」
テラーはウィープの体からおりて、少し距離をとった。そして、気まずそうに顔を背けて、もう一度だけ謝る。
「ごめん……」
顔を向けずに、テラーは視線だけでウィープの体にかかった負荷を計算する。最後にウィープが怪我をしていないことを確認して、小さく息を吐き出した。その様子を見ていたウィープは、距離をとったまま動かないテラーに近づく。
「もう怒ってないから拗ねるな」
「あはっ……ウィープ、俺を慰めてよ〜」
「馬鹿、ちゃんと反省しろ」
ウィープがいつも通りの声を出せば、テラーは安心した様子で甘えてくる。肩に両手を置いてもたれかかってくるテラーの顔を、ウィープは乱暴に鷲掴みにした。
「離れろ、テラー。俺は大事な用事があるんだ」
「え〜、どうせミックスのところに行くんでしょ? それなら、俺の方に構ってよ〜」
我儘なテラーに戻った事が分かると、ウィープは無慈悲に彼を引き剥がしてドアの方へ向かった。テラーは少し残念そうに唇を尖らせつつも、ウィープの後ろをついていく。白い壁と木製の床が続く廊下を二人は歩いていた。
「ミックスはまた部屋に引きこもってるのかな〜」
「アイツは人付き合いが苦手だからな」
「君はミックスには甘いよね。彼も班長なのに」
ウィープは図星をつかれて、眉間にシワを寄せる。彼自身、ミックスを甘やかしている自覚はあった。しばらく無言で廊下を歩いて、焦げ茶色のドアの前で立ち止まる。数回ノックをすると、高めの男性の声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ……」
「入るぞ、ミックス。俺だ、ウィープインフェルノだ」
ウィープはドアを開けて、中に入っていく。部屋の中にいたのは、毛先だけが青い白髪の青年だった。気が弱そうな困り眉に、強襲部隊の黒い軍服を着た美青年・ミックスブルーである。
「あの……僕になにか御用ですか?」
「いや、少し様子が気になっただけだ。お前の顔を見ておきたかった」
ウィープはなるべく声が低くならないように調整しながら話しかける。それは、臆病なミックスを怖がらせないための配慮だった。しかし、テラーはウィープの背中から出てきて、何のためらいもなく話しかける。
「ばあっ! びっくりした? 俺だよ、テラーリミットだよ〜」
「わ、やめてください……」
ミックスは肩を跳ねさせて、視線をさまよわせた。逃げ場を探すように瞳を揺らす彼を、ウィープは素早く背中で庇う。
「テラー、やめろ。あまり怯えさせるな」
「過保護だね〜」
テラーは退屈そうにしながらも、無理に距離を詰めることはしない。ただ、ミックスを観察するように眺める。一方で、ミックスはウィープの背中に隠れて、彼の視線から逃れようとしていた。テラーはミックスに強い視線を浴びせ続ける。
「ミックス、俺が怖い?」
「こわくは、ないです……」
問いかけられたミックスはゆっくりと顔を出して、テラーの射抜くような目を見つめ返した。ミックスは決して彼の事が嫌いなわけではない。むしろ、ミックスにとってテラーは兄のような存在だった。
「僕はあの時に言われた言葉を覚えています。ずっと、今でも……」
「ふぅん……」
テラーが満足そうに目を細めるのを見て、ミックスは恥ずかしそうにウィープの背中に隠れる。ウィープは二人のやり取りを観察しながら、口元を和らげていた。




