第1話 強襲部隊の副隊長さま
ウィープインフェルノは強襲部隊の副隊長である。天守地区最大のマフィア、クルエルファミリーの幹部なのだ。ボスであるシャドウの死後、ウィープは隊長のパペットから強襲部隊を任されていた。しかし、強者というのは揃いもそろって、個性が強いものらしい。彼は早くも試練を与えられているのだった。
「おい、ここはシャドウ様の執務室だぞ」
ウィープは額に手を当てて、頭痛を誤魔化すように下を向いた。赤い髪をお団子にした美青年、ウィープインフェルノは呆れたようにため息をつく。高級感のある部屋の中には、趣味の雑貨などは一切なく、部屋の主の性格を示していた。茶色の本棚と暗い茶色のデスク、天井にはシャンデリア。床には黒地に赤のカーペットと、その上で寝転がっている軍服の美青年。ウィープは軍服の美青年の目の前まで近づく。
「ウィープ、抱っこして〜」
青年はウィープに向かって両手を伸ばす。毛量の多い黒髪、右目は髪の毛で隠れている。唯一見えている茶色の左目は、ウィープの姿を捉えると、嬉しそうに緩く細まった。ウィープは手馴れた様子で青年の脇に手を入れる。
「仕方ねぇな……」
「ウィープ、優しいね〜」
青年・テラーリミットを抱き上げた彼は、そのまま部屋の外に放り投げる。ドアを閉めたウィープは、先程までテラーが寝転がっていたカーペットを、手早く整え始めるのだった。
「あの馬鹿……今度、シャドウ様の部屋に無断で入ったら、天守地区の周りを百週させてやる」
「ウィープさま〜、副隊長さま〜」
テラーが情けない声で、わざとらしくドア越しに呼びかけてくる。扉を撫でるような音が聞こえてくると、ウィープは舌打ちをした。ドアを開けて、彼はテラーの顔を右手で鷲掴みにする。
「ウィープ、顔が潰れちゃう……」
「それはいいな。その無駄に綺麗な顔が潰れたら、お前の女関係のトラブルに悩まなくて済みそうだ」
「はぁん……ウィープ、冷たくしないで〜」
気だるげな色気を纏った声で、テラーは息をこぼす。顔を掴んでいた手に吐息をかけられたウィープは、心底嫌そうな顔で手を離した。
「お前は班長なんだから、もっと自覚を持て。シャドウ様への忠誠はどうした」
「そんなものは元からないよ。パペット様も俺とは会話してくれなかったもんね。見抜かれてたんだろうな〜」
テラーは悪びれることなく、欠伸をして壁にもたれかかった。ウィープは何も言わずに、長い廊下を歩き出す。彼はシャドウにもパペットに対しても忠誠を誓っていた。命を捧げる覚悟も当然のようにあった。だが、それをテラーに押し付ける気はなく、テラーもそんな彼だからこそ遠慮なく軽口を叩くのだ。
「ねえ、ウィープ。俺さぁ、君のそういう所が好き。思想はあるのに、それを他人に押しつけない。殺人鬼のくせに、ウィープは他人を支配する気がないんだよね」
「そうか。お前が屋敷に侵入するのをやめたら、俺もお前を好きになるぞ」
「嫌だよ。やめたら構ってくれないでしょ」
腕を絡ませるテラーに、ウィープは再びため息をついた。
「めんどくさい奴だな……」
「甘えん坊って言ってよ」
嫌そうにしながらも、彼が腕を振りほどかない事をテラーは知っている。故にテラーは、限界までウィープに甘えるのだ。
「掃除なんて、メイド達に任せればいいのに〜」
「俺がしたいからしているんだ」
定期的に屋敷の掃除をすることは、ウィープなりの忠誠の示し方だった。シャドウの死後も、彼の忠誠心が消えることはない。テラーは僅かに感じた疎外感を誤魔化すように、絡めた腕に力を込めた。
◇
二人が宿舎に戻ると、慌てた様子で金髪の青年が走り寄ってきた。王子様のような顔立ちの青い瞳をした美青年。彼が視界に入った瞬間に、テラーは自然な動きで青年の背後にまわる。子猫のような気まぐれさで、テラーはウィープから離れるのだった。
「わわっ! テラー、またシャドウ様の屋敷に行ったでしょ? もう、君は直ぐにそうやって悪いことばっかりするんだから……」
「あはっ、フォールも真面目だね」
金髪の青年・フォールスターは眉を下げて困ったように微笑んでいる。テラーはフォールの背中に抱きつくと、肩に顎を乗せた。
「ウィープ、また頭が痛いの? 眉間にシワを寄せていると老けるよ」
「はぁ……誰のせいだと思ってるんだ。テラー、お前はとりあえず天守地区の周辺を五十周してこい。フォール、お前は遠戦班の会議を忘れているぞ」
ウィープが指示を出すと、テラーは舌を出して挑発的に笑う。一方で、フォールは口元に手を当てると、勢いよく頭を下げた。
「ごめん、忘れてた! 直ぐに会議室に向かうよ!」
「走るのは良いが、転ぶなよ」
背中にテラーを引っ付けたまま、フォールは走り出す。そして、お決まりの口癖を言うのだ。
「大丈夫、僕は堕ちる星だから!」
元気よく手を振って、遠くへ走って行ったフォールスター。そんな彼の姿を見つめていたウィープは、腕を組みながら呟く。
「何が大丈夫なんだ?」
フォールの口癖は何度聞いても意味が分からない。ウィープの眉間に、またシワが寄ってしまった。
「本当に手のかかる奴らだな……」
発言自体は呆れたような言い方だが、その声には確かな愛情が込められている。どんなに面倒な部下でも、彼にとっては大切な仲間なのだ。




