宇宙工場サブファイロット 05章 探索機の去来1
次の朝、いつも通り展望ルームに現れたパドに、スペアとナットはほっとして声をかけた。
「ようおっさん。」
「おはようパド、調子はもういいの?」
パドは大きくあくびをすると、ぽりぽり頭をかきながら
「おはようさん。」
と返し、
「昨日は心配かけたな。なに、ちょっとばかり疲れが出たらしい。もう大丈夫だよ。ボルトの奴はまだなんだな。」
「そうなんだよ。珍しいなってスペアとも話してたところ。いつも早いのにね。」
「そうか・・・。で、今日の朝食はそれかい。」
「うん、ホットケーキっていう古典料理なんだ。」
「パドの好きなご飯もあるよ。」
確かに中央の丸テーブルには、ほかほかと湯気をあげる焼きたてのホットケーキがあった。皿に高く盛られたご飯の上に、だったが。飾りのつもりなのか、四角く切られたチーズも乗せてある。(バターと勘違いして、スペアが乗せたもの。)
まじまじと食卓を眺めたパドは、椅子の一つに身を沈めて微笑んだ。
「匂いはいいな。スペア、お前にはどうやら料理の才能があるとみえるね。ま、ちょっとばかり惜しいところもあるが。」
「惜しいところって? おっさん。」
「まあそのいろいろと、な。」
パドが軽くウインクした時、ボルトが展望ルームに姿を現した。目をこすりながらふらふらと歩いてくる。
「おはよーボルト。」
「ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ。おい、どうしたんだよ。」
ボルトはスペアに「眠い。」とだけ答え、大きなあくびをした。目に涙をためながら空いている席に腰掛け、立ちこめる甘い香りに目を覚ますと、
「いい匂いだなあ。もしかしてこれが例の、カレーライスってやつか? パドの言ってた。」
「いや違うぞ。」パドがすぐ言い、
「ホットケーキっていうんだって。」ナットが楽しそうに続ける。
「ホットケーキ。新手だな。」ボルトはつぶやいた。
「待っててもらって悪かったな。じゃあ食べよう。」
それを合図に、みんな焼きたてのホットケーキをほおばり、展望ルームはしばらく静かになった。スペア自身も満足そうに食べながら、
「ところでおっさん。昨日、乾燥チップを食べるなって言ってたけど、チップの成分に気になるところでもあるのか?」
何気なく尋ねると、パドはフォークを持った手を止めた。ボルトが眠そうな声で割って入る。
「乾燥チップなんて、もうどうでもいいだろ。こんなおいしい物があるって知ったら、あんなぱさぱさしたもの食べられやしない。」
隣のナットも勢いよくうなずいて、
「ほんとほんと。これ、ほんとにおいしいや。いくら栄養があったって乾燥チップよりずっといいよー。」
とろけそうな顔でホットケーキを口に押し込む。
「そんなに気に入ったのならまた作るよ。これを作るのは簡単だった。」
三人はそのまま満足そうに食べ続け、乾燥チップの話題に戻ることはなかった。パドはひそかにため息をつき、ホットケーキの下のご飯をかき込んだ。
「ところで、と。今日はどうするんだ? お前たち。」
パドの声にスペアが顔を上げて、
「そうだな。もうナットを一人で発着場に行かせられないだろ。かといって曳航船の修理は必要だし。弱ったな。」
困ったようにナットを見ると、
「大丈夫。今度データチップを見つけても、気づかないふりをしてこっそり回収するよ。それに空のチップもちゃんと持ってく。ボルトみたいに。」
「それで大丈夫か?」
ボルトも心配そうに言う。
「うーん、だって曳航船は修理しなくちゃ困るんだし、スペアは解析の続きがあるでしょ。ボルトは昨日停止させたE5たちの再起動と調整があるだろうし。・・・あっ、再起動しない方がいいのかな。どうしよう。」
ボルトは少し考え、頭を振ると、
「多分だけど、データチップさえ見せなかったら問題は起こらないと思う。今までだって平気だったんだ。シップの組み立てに特化したE48B系が8台いたから、あれがないときついだろ。様子を見ながら調整して、怪しかったら停止、まともだったら発着場に送るよ。」
「そっか。E48がいたら正直助かるよ。ボルトが再調整してくれるなら安心だし。でも、僕、もしパドが暇だったら、一緒に来てもらえるともっと安心かな。どう、パド?」
ナットが隣のパドを振り仰ぐ。しかし、意外にも彼はちょっと困ったような素振りを見せた。
「うーん、お前の護衛にまわりたいのは山々なんだが、実はちょっと見ておきたい場所があるんでね。」
「どこ?」
パドはぽりぽりと頭をかいた。
「まあ、特にないんだが、何ていうかな。このステーションの中を、もう少し見ておきたいっていうか。」
すると、ボルトが花瓶の水をあおりながら言った。
「E5たちの調整なんて、大して時間もかからないだろ。さっさと済ませてパドのステーション見学を手伝うよ。で、ナット、お前は直接修理に携わらないで、発着場の上にある、管制塔のモニタールームから遠隔で指示を出して、ロボットに船を直させたらいい。」
「それはいいね。管制塔は修理が終わってるし。」
「ちょっと待て、ナット。」
パドが気がかりそうに手を振って、
「それでほんとに大丈夫なのか? その、こうしたらどうだい。俺の散歩は大して時間を取らないから、ボルトにつきあってもらってだな。その間お前は安全な事をしてろよ。スペアの手伝いとか。で、後で合流して一緒に発着場に行くとしようぜ。」
「パドー、そんな、心配ないって。それより時間がかからないんだったら、僕もパドと一緒に散歩に行きたいな。」
甘えるようにナットが見上げると、ボルトがそっけなく言った。
「駄目だな。パドは私と行きたいんだよ。」
「えー、どうしてさー。」
ナットが口を尖らし、スペアも驚いたように彼女を見る。ボルトはあっさりと答えた。
「だって、パドは私の部下だから。調整室の場所だの、最低限の調整の仕方だの知ってないとまずいだろ。ロボットたちがちゃんと正規の調整士だって認識するには、それなりのサイクルとまではいかなくても、知識や経験が必要な訳だし。」
「そうかあ。」
ナットがしぶしぶ納得する。しかし未練がましく「ねえパド、なんだったら、今からでも製造室に移ってみない?」と顔を寄せると、パドはふっと微笑んで、
「じゃ、順繰りにお前たちの部下にしてもらうとするかな。今日はボルトで、明日はお前。あさってはスペアって具合で。」
「だったらいいや。」
機嫌を直して笑うナットに、スペアが「それだとサイクルが積まれないぞ」と口を挟んだが、相手は聞こえないふりをして、おかわりのホットケーキを詰め込んでいる。ちょっと呆れて肩をすくめたスペアは、じゃあ今日は定例のロボット会議までそれぞれ仕事をし、会議室でまた会おうと話した。皆もうなずく。
「ナット、でも十分気を付けろよ。」
パドが低くナットに言った。
「分かってる。大丈夫だって。」
次回は4月中旬更新予定です。




