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ひみつの森

 


 オール・アローン・ワールドで、強い人。いわゆる戦いが上手い人は三種類に分けられる。


 ほかのゲームでも言えることだけど、普通にゲームが上手い人、強い武器を持ってる人、そして最後に、運動神経がいい人だ。


 結局このゲームはVRMMО、正式名称はバーチャルリアリティーマッシブリーマルチプレイヤーオンライン、というジャンルのゲームだ。なんのこっちゃいとなるが、端的に言えば世界中の人と一緒にゲームの世界に入って遊べるオンラインゲームだ。



 特殊なデバイス……簡単に言えば専用のゴーグルに、手首足首等に装着する機材を用いて、いわばゲームに入り込める遊び方が主戦場のゲームだ。


 機材等は最初こそ高かったものの、パソコンと同じで普及していくにつれどんどん価格は暴落していった。同時にスマホはどんどん性能を上げ、連動可能になってきたことも重なって、今では機材一式が雑誌の懸賞の10名枠とかにも入っている。


 だからこそ、色んな人がプレイしているわけで。


 剣道部の経験があれば強い剣士としてササっと戦える。機材があれば腕を振ると考えるだけでゲーム内でも腕が振れる。本当にゲームの中に入ってるみたいに、動かせる。


 構造としては脳波を汲み取っているので、身体に麻痺があり現実では野山を駆けまわれずとも、ゲームの中では崖を上ることまでできる。不可能を可能にする。それがVRMMO機材の夢のある部分だ。


 しかし難点もある。運動神経が0でゲームは得意だったタイプは、機材込みのゲームに没入した戦い方だと、死ぬほど弱かったりする。なぜなら五感で体験できるものだから。


 オール・アローン・ワールドでは、「すべてのひとりぼっちへ」を表題のキャッチコピーに組み込んでいることもあり、機材を持たずとも遊べる。


 慣れ親しんだゲーム機で画面を見ながらプレイしている人間もいるし、通勤途中にスマホから遊んでいる人間もいる。だからこそ、何時でもどこでも、誰かしらいる。


 おそらくげんぞさんは、待機時間的にマウスとキーボードで遊んでいるか、マウスとキーボードとゲーム機で遊んでいるかの二択だ。


 だからどうということはないが、機材なし、普通のオンラインゲームで遊んでいる場合だと、戦い方にコツがいる。


 強くなりたいから一緒に練習してほしいとか言われたら、一応、そこには気をつけないと。でも、げんぞさんには自由に楽しんでもらいたいしな、なんて思っていた。




「だいじょうぶですだいじょうぶですよ」


 げんぞさんのフキダシがぐるんぐるん変わっている。


 ログインしてすぐ与えられるその日の日課をクリアして、適当にあたりをぶらついていたら、森の中でげんぞさんを見かけた。


 ここは初心者がゲーム操作に慣れたり、主に銃や飛び道具、魔法など遠距離攻撃の練習ができるアスレチックのある『ひみつの森』だ。何かしら秘密があるのではなく、普通にそういう名前の森。


 細くて高い木──いわゆる針葉樹が並び、土は水分を含んでじめついている。全体的に青みがかっていて、アニメ映画より、デスクトップパソコンのデフォルト背景のCGみたいな森だ。


 そんな森で、高い位置にある木の枝プレイヤーが引っかかっていた。その下にげんぞさんがいる。プレイヤーは降りられなくなっていておろおろしていた。


 オロオロしている表情や雰囲気的に、このゲームをVRMMOとしてプレイしている……いわゆる五感で遊んでいるプレイヤーだろう。木の枝に引っかかっているほうからすれば、現実で高い電柱の上に引っかかっているのと変わらないし、高所恐怖症であれば相当な状況のはず。


 げんぞさんは何とか気にのぼろうとしているけど、ちょこちょこちょこ……と50センチほど登ってはずるずるずる……と滑り落ちていた。赤ちゃんのぼり棒という単語が頭に浮かぶ。バカにしているわけじゃないけど。


 その間にもプレイヤーの顔色は悪くなっているし、これは流石に「げんぞさんには自由に楽しんでもらいたい」どころではないな、と考え直した私は、声をかけた。


「げんぞさん」


 声をかけるとげんぞさんは、ふっとこちらに振り返った。そして停止する。キーボードで打ってるんだろうなぁ……とにやけそうになるのを抑えた。私の表情は、機材と接続しているので、表情が相手に分かってしまう。


「ひなたさんこんにちは」


 しばらくして、げんぞさんのフキダシがくるんっと変わった。


「こんにちは、げんぞさん。困ってますか」


 訊ねるとげんぞさんはそのまま無表情で停止している。げんぞさんはいつも無表情だ。だからこそ、キーボードやマウス、ゲーム機のコントローラーでのプレイで、表情が読み取れるVR機材は使っていないと判断している。


 でも、これでVR機材をガッツリ使っていたら、怖いなとも思う。だってずっと無表情でこういうこと言ってるわけだし。表情が出ないタイプならまだしも。長考しているうちに、げんぞさんの操作キャラから出ているフキダシが変わった。


「はいあのすごくたいへんでうえからひとがおっこちてきちゃってでもとれなくなってしまったみたいでおりてこられないのでいまなんとかきのうえにのぼろうとしているのですが」

「落ちてしまう、と」


 私はげんぞさんが次の言葉を打っている間に、改めて木を見上げた。木を登る手段は色々ある。


 運動神経が良くVRMMO用の機材を使っているプレイヤーは持ち前の能力を生かして。


 音楽系リズムゲームに慣れているコントローラープレイヤーは、ボタン操作でタイミングを合わせればスッと。


 後は、飛行能力がある魔法使い。一定時間、ジャンプ力が上昇する魔法を使うでもあり。


 特殊能力持ちのコスチューム……たとえばニワトリきぐるみを着ていれば飛べる。コンビニのチキンを三つ食べたレシートで交換できるキャンペーンアイテムで、一時期、どこ行っても皆ニワトリの着ぐるみだった。


「HI」


 げんぞさんニワトリの着ぐるみ絶対似合うだろうな……と考えていると、グローバル化したフキダシが飛び出してきてハッとした。げんぞさんは「はい」と打ち込む時、多分汗ってタイピングを打ち間違える。


「……こういう時、落下で体力削られるんですよ。水の中だと、どんな高いところから落ちても体力は削られないので、大丈夫なんですけど。げんぞさんの場合は、多分、普通の一軒家でも団地でも玄関扉くらいの高さから落ちると、体力減ります。なので、今回は私がなんとかしなければならないものです。げんぞさんが落下で開始地点に戻るとかなり大変になるので」

「こわいですねあのひとはだいじょうぶなんでしょうか」


 げんぞさんは心配している。プレイヤーの装備は、中級程度だった。上級者は基本フル装備、もしくは全身タイツ変態装備で分かりやすい。


 初心者はその瞬間一番強いであろう中級武器を使いがちだし。思い入れがあるから中級装備を使う上級者は、他の装備がその中級装備を使うために相当カスタマイズされているのでよく分かる。


 例を出すならば、私とか。


「大丈夫です。絶対助けるんで。というか、助けられます」


 オール・アローン・ワールドの装備は、服以外に、頭、腕、胴、脚、アクセサリーと装着部位が分かれている。子供が自転車の練習をするときに保護されがちな部位は基本装備できると考えていい。ただ、装備には重量が設定されており、効果も様々。


 すべての効果を相殺、倍にする組み合わせもあり、重要になってくる。


 たとえば、避ける運動神経がないので攻撃が当たる前提、防御特化で組む場合。


 重量がとんでもないことになる。


 その状態でどこかの装備ひとつにジャンプ力を上げたり、移動速度上昇効果のある装備を身に着けても、焼け石に水だ。


 移動速度を上げるのではなく、強い攻撃を撃つときに必要な待ち時間を減らす装備にして、殴られながらも強い攻撃を連続して競り勝つみたいにするなど、やりようがある。


 私の場合は本当に普通の初期アバ体型、服は軽装──私服っぽいもの、なのでコスチューム系の重量もなく効果もない。そのため銃を撃つとき弾道への影響が0。


 手首の控えめなバングルは耐久値を上げる効果を衣服の分まで盛っており、銃を撃った時に起こる反動を吸収、靴の装備は滞空時間上昇の効果がついているの。木と木の間に飛び移りながら銃を連射する、が可能だ。そのため、反動を殺してる耐久力というか腕の強化により、木の枝を地道に登ることも、少し高いところから枝に飛び移っていくこともできる。


 私はざらざらした木の樹皮に足をかけるようにして、よじ登っていく。枝を掴み手首に力を入れると、枝が折れたのでげんぞさんのいないほうへ滑らした。装備と初心者連れあるあるとして、フル装備のプレイヤーが何気なく投げた邪魔な小石が、初心者に激突してしまう悲しい事故がある。


 五感体感型の機材を使えば、投げてる速度等で投手に攻撃意志はないと判定が行われるが、コントローラーでプレイしているプレイヤーの投げは全部一律攻撃判定なので、気をつけなければならない。小石でも投擲能力に全振りしてるプレイヤーが投げればWEB小説の「こ、こんなはずでは」が本気で起こる。


 そもそも現実でも物投げるのは野球選手の特権なのであれだけど。


 黙々と登っていれば、とうとうプレイヤーの引っかかった地点に到達した。


「はじめまして、助けに来ました」


 面倒なので用件だけ伝える。引っかかっていたプレイヤーは「あ、すみません」と普通に返事をしてきた。


「じゃあ、失礼します」


 こっち掴んでくださいとお願いしてもどうせ掴めないだろうし、万が一プレイヤーが落ちた場合、げんぞさんが多分、受け止めにかかる。そうしたら、げんぞは潰れる。それは避けたい。私はプレイヤーを抱き上げるようにして、そのまま飛び降りた。


 能力値への効果付与を行い、滞空時間上昇、重力抵抗を軽減、移動速度減を発動させる。これにより落下速度を落とし、宇宙程度のふわふわ感で落ちていける。飛行でもいいけど空を飛ぶのは車を運転するのと同じで、大回りでしか飛べず小回りが利かないので、木が多い場所は大変なのだ。


 私はプレイヤーを地面に着地した。


「みしらぬおかただいじょうぶですかごぶじですかひなたさんありがとうございます」


 げんぞさんはフキダシを出した後、プレイヤーにずい、と近づいた。


「すみません」


 プレイヤーはペコペコ会釈する。「いや、別に」と話を切り上げようとすれば、げんぞさんが「どうしてなにかあったのですか」と話を広げてきた。


「高いところに慣れたくて……」

「たかいところ」


 プレイヤーのゆっくりした話し方と、げんぞさんのゆっくりしたタイピングの時差が奇跡的に合致している。


「飛行機に乗るんです……修学旅行で。でも、俺、あれだから、高いところ本当に駄目で、一回高いところから落ちたら、なんとかなるかなって」


 悪化したんじゃないか。


 今の、宇宙飛行型フライング着地。


 あと、木の枝でビビってたわりに解決方法がめちゃくちゃスパルタめいてるのは何。


「それはそれはたいへんですね」


 げんぞさんはプレイヤーに特に突っ込むことはせず、受け止めていた。


 キーボード打ちが面倒だから適当に相槌をうっている、ということはないだろう。


  げんぞさんにキーボード打ちからボイスチャットに変えませんかと、訊ねることは簡単だ。ただ、普通に高齢者だからやり方が分からないのか、別の事情があるか、分からない。


 声が出ないとか。声は出せても、発話に何かあるとか。


 現実では喋れないからこそ、キーボード越しでなら話せる可能性もある。だから、そのことだけは、これから先も聞くことは無い。



「じゃあぼくいっしょによければもういっかいおちますよ」


 え。


 げんぞさん無理では。


 止めようか迷っていると、プレイヤーは「いいんですか?」と声を明るくした。


「HI」


 だめだげんぞさんのグローバル返事が最悪な形で発動した。


 強くなりたいから一緒に練習してほしいとか言われたら、一応、そこには気をつけないと。でも、げんぞさんには自由に楽しんでもらいたいしな、なんて思っていた。


 そしてさっきの、トラウマ誘発グローバル着地……。移動に特化した我が装備。


 私は、おそるおそる手を上げた。


「私も、というか、私が飛んで、一緒に落ちましょう」


 とんでもない心中宣言だと思う。しかし二人は、似たようなタイミングで頷いた。



 その後、げんぞさんを抱えたプレイヤーを私がおんぶし、30回以上飛び込みをした。もう二度としたくない。

 

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