帰郷編・35『神へと至る道』
■ ■ ■ ■ ■
サーヤは、ずっと疑問に思っていた。
集団転生の原因はわかった。【悪逆者】の頭首の権能が、どんなに世界線を分岐させても執念深く三年二組を死に至らしめていたのだ。
当時の頭首にそこまでするつもりはなかったのかもしれないが、実際にその運命が始まったのは事実だ。
でも、その後は?
サーヤたちを転生させていたのは何者なのか?
そんな疑問が、常に頭の中にあった。
音無零いわく、どの世界線でも七色楽には必ず二度目の人生が存在していたという。
つまり音無が経験した76回すべての人生で、転生という現象は発動し続けていた。おそらくクラス全員も同じ境遇だったのだろう。
それが1回ならまだしも76回。
さすがに偶然では片付けられないだろう。あきらかに何者かの意図が介在している。
ルルクたちは、すでに転生のループを抜け出して安心しきっていた。
運命から解き放たれたことを喜んでいた。
でもサーヤは警戒していた。
もし死んだ者を転生させるような力を持つ何者かが、最初の一回目からサーヤたちを見ていたとすれば。
誰も転生しなかった未来――つまり転生のループを抜け出した瞬間に、何かを起こすかもしれない。
もしそこに悪意があったとしたら、もっとも危ないのはこの瞬間だろうと理解していた。
狙いは不明。
その正体は?
【悪逆者】だろうか?
いや、それは考えづらい。最もこの現象に近づいてきたのはビベルディオだが、そもそも【悪逆者】の誰かにそんな力があるなら、最初から誰も転生させていなかっただろう。
なら創造神の神々だろうか?
確かにサーヤやルルクは加護を授かっている。でも加護があるだけで、クラスメイトごと転生させるような慈悲はかけないだろう。
それに秩序というルールがある以上、集団転生のような大きく秩序を乱すような干渉を、創造神たちがおこなうだろうか。
何者かが権能を使ったことに間違いはない。
だが、何のために?
あるいは、誰のために?
この世界の狭間で悠久の時を過ごしているときも、サーヤは考え続けていた。
ただ脱出するだけじゃない。
さらなる予想外の介入を警戒しながら、ナギやルルクをどう守るかを考え続けていた。
そんな時――
「来た!」
いくつか考えていた手段のひとつ。
そのひとつのきっかけが、到来した。
わずかな霊素の増加。それで十分だった。
ごくシンプルな術式さえ使えればそれでよかった。何も術式そのもので世界を越える必要はない。
それができないなら、その手段を呼び寄せさえできればよかった。
「装備召喚!」
霊素さえ繋がれば、召喚法は世界の壁を越えて作用する。
しかも『装備召喚』は初級も初級――はじめて神秘術士になった者が練習に使うようなシンプルな術式だ。
そしてその霊素消費量は、対象の質量に比例する。
ペン一本を異世界から呼び寄せるだけなら、わずかに増えた霊素でも事足りた。
物質と魂が曖昧なこの空間でも、存在感の強いものは姿を保てる。それは確信していた。
だから青銀色のペンが手元に召喚された瞬間、希望は確信へと変わった。
「サーヤ、まさかそれって!?」
「うん! 『創造の神器』!」
星誕神の権能が宿った、世界で最も価値のある物質のひとつ。教皇から譲り受けていたものだ。
いつか使いたいタイミングが来たら迷わず使っていいと言われていた。
これ以上大事な親友の泣いている姿は見たくない。
これ以上愛する人の困った顔は見たくない。
サーヤにとって、神器を使うに値する理由が目の前にあった。
だから迷わなかった――
「お願いトルーズ様! 私の願いに、応えて!」
ペンに力を籠めて、願いを思い描く。
様々な概念が不安定になっているこの世界の狭間。神々の目が届かない空間らしいから、神器だってうまく作動するかわからない。
でもサーヤたちがこの場所に『在る』ことは確かだ。それはすべての大前提である『存在』を司る権能が確かに作用していることの査証でもあった。
だから、きっと大丈夫。
お願い星誕神様。
ルルクやナギを、元の世界に届けて――
「……?」
だが何も、起こらなかった。
何も動かない。
景色も変わらなければ、この場所が揺らぎもしなかった。
「うそ……失敗?」
そんな。
サーヤが呼び寄せられる者のなかで、最も可能性が高かったものだ。
それが失敗だなんて……
と思ったとき、それに気付いた。
「ルルク? ナギ?」
止まっていた。
この時間という概念すらあやふやな空間で、ルルクもナギもピタリと停止していた。
まるで時間というものに置いていかれたかのように。
じゃあ、私はどうして――
サーヤがそう疑問に思った瞬間だった。
何もない空間から、少年がぬるりと出てきた。
「ふぅ。なんとか届いたね」
なんとも不思議な見た目の少年だった。
まったく特徴のない外見をしているように見えながらも、色んな外見をしているようにも見える。意識していなければ記憶には残らないが、その瞬間瞬間に意識すれば、髪色や目の色がコロコロと代わり、あるいは性別すらも怪しいほど見た目が変化している。
まるでこの空間では、うまく見た目が定まらないかのようだ。
とはいえ、意識しなければ普通の少年に見えた。黒い髪に赤い瞳を持った少年だった。
彼はまるで近所に散歩に来たかのように軽く手を挙げた。
「やあ。待たせてゴメンよ」
「えっと、誰……?」
「僕を忘れたのかい? 僕は君の なのに……ってそうか、この時間軸では君とは初対面だったね。ごめんごめん、ちょっと記憶を改竄させてもらうね」
え。
いきなりサーヤの記憶の一部が消えた。いま少年から聞いたはずの何かを、まったく思い出せなくなった。あるいは最初から聞いていなかったような気さえしてしまう。
少年はわざとらしく言う。
「危ない危ない。人間の時間ってすごく短いからさ、辻褄を合せるのも大変なんだよね。君はまだ人の身だからわからないかもしれないけど」
「えっと……あなたは、神様?」
「あそっか。まずそこからだよね。僕は創造神の一柱――と言いたいところだけど、厳密には違うんだよね。いまは〝導き手〟と思っててくれればいいよ。人の魂が世界樹に至ったときの案内役でもあるし、あながち間違っちゃいないはずだしね」
……世界樹の案内役か。
そういえば、ルルクがミレニアの記憶で『世界樹の扉』を使ったときに少年を見たと言っていた。
とくに外見的には特徴はなく、名乗りもしなかったからなんの神かもわからなかった、と。
もしかして同一の神かもしれないが、名を明かしてはくれそうにないから考えても仕方ないだろう。たぶん頼んで教えてもらってもまた記憶を消されるような気がするし。
ひとまず、神は神だ。サーヤは丁寧に会釈をした。
「お初にお目にかかります。サーヤ=シュレーヌと申します」
「知ってるよ。君は僕の……そう、我が子のようなものなんだから。僕はとっくに君の過去くらい知っていたからね。君たちがこの混沌に落ちてしまうことも、ここから出るために星誕神の権能を使うこともね。とはいっても、ここは神々の力がほとんど届かない無秩序の領域。なかなか権能も使いづらいから、ちゃんと権能を届けるために、僕が〝道〟を作ってきたのさ。導き手らしくね」
「そうだったんですね。ご迷惑をおかけしました」
頭を下げるサーヤ。
でも道を作ってきた、ということは。
「私の願いは叶えていただけますか?」
「うーん。本来は世界を越えて移動するなんて、いくら『存在』が付与されたとはいっても、神器ひとつにできる現象を越えているから難しいんだけど……まあ今回は使用者が君だ。君はあらゆる世界の誰よりも星誕神の権能を使う資格とその力がある。そうだろう、星誕神の加護を持つ少女サーヤ」
「ということは……」
「ただし」
と、少年は言った。
「無理を道理にするからには、それ相応の理屈が必要さ。いくら星誕神の神器で使用者が君とはいえ、生きた魂をなんの下準備もなくそのまま世界を渡らせるなんてことは、それこそ神そのものじゃなければ不可能なのさ。本来なら複数の権能を幾重にも積み重ね、世界式の書き換えをおこなうことでしか実現できないものだ」
「どうすればいいですか?」
サーヤは迷わず聞いた。
「私の何を捧げれば、ルルクたちを無事に戻してあげられますか?」
「話が早いね。さすが僕の だ」
また聞いたはずの台詞が憶えられなかった。
言った直後か、未来か、どのタイミングかわからないがまた記憶を抜き取られたのだろう。
とにかく少年は感心したように頷いた。
「端的に言おう。君がその神器に願ったことは叶えられる。だけど君の願いは複数の権能を複雑に組み合わせて初めて叶うようなもので、直接叶えることはできない。だから君が願うべきは、より確実で、より多くの者を救うための強い願いさ」
「……より多くの者を救う願い?」
「そう。君も薄々気づいてるんじゃない? 魂で世界を越えるなんて相当危険な行為を何度も繰り返しているのに、君の近くにいる人たちは一度も致命的な失敗をしていないことに。つまり解決法はシンプル」
少年は薄い笑みを浮かべる。
それはまるで、最初から分かり切っている答えを教えるように。
「君自身が『転生の女神』になることさ。それが君の願いを叶える唯一の道であり、実はすでに積み重ねてきた結果でもあるんだ。僕が導きに来たのは君の未来であり、辿ってきた過去や時間軸の収束点――つまり、ここが神へと至る道の第一歩なのさ」
「……神へと至る道」
神へと至る。
サーヤは渇くはずのない口が、カラカラに渇いているような気がした。
なぜ七色楽が転生を繰り返していたのか。
なぜ三年二組のみんなが転生を繰り返していたのか。
何度世界線をやり直したとしても、なぜみんなが次の人生に向かうことができていたのか。
「私が……転生の女神に、なったから?」
確かに、と考えてしまう。
もしそんな未来があったのなら。
神になって、過去に干渉できるようになったとしたとして。
自分にその力があり、自分しかその力がなかったとすれば。
サーヤは間違いなく、そうしただろう。
「私が女神になって過去に遡って、みんなを転生させてた……そういうことですか?」
「そうさ。ただし、これは君の選ぶ可能性のひとつにしか過ぎないよ。この世界線で君がそれを選べばすべてに辻褄が合うけど、選ばなかったらまた別の世界線が生まれるだけさ。君が消えたり、選ばなかった過去が消えることはないから安心しなよ。それこそが世界樹の役割でもあるからね」
「……」
すぐには飲み込み切れなかった。
なぜ自分に星誕神の加護や、竜神の加護があるのか。
他の人より恵まれた身で生まれたのか。
いままで何一つわからずに、答えは出せなかったけど。
「……この時のためだったってことかな」
世界の狭間に囚われたルルクとナギを、救うためだったのかもしれない。
クラスメイトを助けるためだったのかもしれない。
神になることがどういうことかわからないけど。
何が運命で、何が偶然かはわからないけど。
それでも、大事な人たちを救う手段があるというのなら。
「それなら私――」
「選択は一度きりだ。決して後悔はしてはいけないよ」
サーヤの逸る気持ちを、少年が冷静に宥める。
「いま君が願えば、君は神になれる。君たちの師の神秘王や、紛い物の枢機卿のような亜神などではなく、本物の女神にね。ただし君は人の身のまま神になることで、生まれながらの神には起こり得ない受難が待ち受けることになる」
「受難、ですか」
「ああ。例えば時間の感覚だ。神は絶対性のひとつで、生まれたその時から未来にも過去にも同時に存在することができる。だけど君はそうじゃないから、もし君が世界に干渉すれば、その過去の時間軸に意識が移動することになる。君は人の身であり、時間という概念を捉える感覚を変えることはできない」
「……つまり、干渉した世界は、過去をイチから体験するってことですか?」
「そう。君がもし神になれば、これから過去にさかのぼって友人たちを救う世界線の数だけ、君たちの星が始まった日からの長い歴史を辿ってその時間に干渉しなければならない。それでも君は女神になって友達を助けたいのかい?」
星が始まった日から……か。
地球が生まれてから46億年。
それを、神として干渉した世界線の数だけ繰り返さないとならないのか。
サーヤが知っているだけでも四葉幸運が120回世界を繰り返していて、その数だけ転生しているはず。音無も途中から自力で分岐させていたし、もしかするともっともっと多かったのかもしれない。
全員まるごと助けるためには、星の時間の46億年を、その回数分繰り返す。
気が遠くなるなんてものじゃない。
途方もなく、終わりなど見えない旅だ。
それこそ、まさに時間の牢獄。
ここでの千年なんて誤差レベルだろう。
「だから君が女神にならなかったとしても、誰も責める者はいない。それほどの苦難を選ばなくても、もしかしたらあと数万年我慢していれば、君の仲間たちがここから出してくれるかもしれない。親友をひとり失うかもしれないけれど、ただそれだけだ。誰も君を責めたりはしない」
……そうかもしれない。
そうかも、しれない。
誰もサーヤを責めない。
たった千年を経験しただけでも、かなり辛いものだと知った。
永遠の命なんて欲しくないと思ってしまう程の、長く感じた時間だった。
「――でも」
だけど。
いま目の前で、ナギが苦しんでいるのだ。
ルルクが苦しんでいるのだ。
それなら、迷いなどあるだろうか?
「なります。私、転生を司る女神に」
サーヤは躊躇わなかった。
この命はもとより、仲間たちのためにある。
何よりも大事な人たちのために使うと、決めていた。
「本当にいいのかい?」
「はい。後悔はしません」
「……そっか。やっぱり君は、そう答えるんだね」
少年は呆れたように、だけど嬉しそうに笑った。
「わかったよ。じゃあ僕が見届けよう。新たなる神の誕生を」
「わっ」
どこからともなく、熱い何かが流れ込んでくる。
人の身でありながら神になる。
それがどう意味か深く理解する前に、あっという間に全てが変わった。
「……大きくなっちゃった」
サーヤは自分の体を見下ろした。
もはや十二歳の少女の姿ではなかった。
美女と呼べる姿まで成長していた。
「うんうん、やっぱり君はとびきり美しいね。生まれながらに女神と呼ばれるに相応しい姿だ。どうだい、その身に宿る新たな権能は感じるかい?」
「はい。ずっと体の一部だったみたい……不思議な感覚」
「なら早速やってみなよ。慌てることはない、君の大事な彼らの魂を向こう側まで渡して送ってあげるだけでいい。この世界を隔てている混沌を越えて、虹を架けるように」
「はい」
サーヤは指先を動かした。
初めてのことだったけど、自然とできた。
いままで何もなかった世界の狭間に、七色の虹が描かれていく。
ずっと越えることが出来なかった世界の壁の向こうに、虹はあっさりと届いた。
「そう、それでいい。やはり君は神としても優秀だね」
「ありがとうございます」
「僕は何も。じゃあ時を戻してあげるから、お別れを告げときなよ。まあ神となった君の声は、もう彼らには届かないだろうけれど」
指をパチンと弾くと、それまで固まっていたルルクが動き出した。
「え? ……サーヤ? どこいったサーヤ!」
キョロキョロと周りを見渡すルルク。
すぐ目の前にいる女神には気づかない。
「サーヤ! どこだサーヤ!」
「私はここだよ、ルルク」
「返事しろ、サーヤ!」
「ここにいるよ」
「サーヤ! サーヤぁあああ!」
「大丈夫だよ、私は、ここにいるから」
必死の形相でサーヤを探し続けるルルク。
サーヤの声は届かない。
いくら触れても、気付いてくれなくなってしまった。
もう違う世界の住人だと。
世界にそう言われているような気がした。
途方に暮れるルルクの頬に、サーヤはゆっくりと手を沿える。
そして優しい声で、耳元に囁いた。
「ごめんねルルク。でも心配しないで、私はまったく後悔してないよ。私の一番は、あなたが幸せになることだもん。あなたはみんなから愛されてるから、きっと、私がいなくても幸せになれる。私が一番になれなかったのは残念だけど……エルニネールたちなら、安心してあなたを任せられるから。だからお願いルルク」
サーヤは最後に、ルルクとナギをまとめてぎゅっと抱きしめた。
「どうか私のことは忘れて、幸せに暮らしてね」
そして、虹が世界に満ちる。
虹が大きく広がり、ルルクたちの体を呑み込んでいく。
世界の狭間が、真っ白な景色になっていく。
ルルクたちは光の中へと消えて、その声も体温も感じられなくなった。
……ちゃんと転生できたかな。
上手にやれたかな。
そんなことを少しだけ思ったけど、すぐにかぶりを振る。
大丈夫、私は転生の女神。
いままで三年二組を転生させていたのは私だ。
だから今回も、ルルクたちをちゃんと送れたはず。
「さて、僕のやるべきことも終わったかな」
この場所に溢れていた光がおさまっていき、元の何もない場所に戻っていく。
少年はこの世界の狭間にルルクたちの魂がいなくなったのを確認して、肩をすくめた。
「あとは君の仕事だ。君は転生の神――君の望むがまま、望んだ世界の死者を転生させることができる。もちろん過去にも干渉できるから、君が体験したとおり、過去の君自身を転生させることも可能だよ」
「……はい」
「もちろんそのために世界を覗くこともできる。権能以外にほとんど干渉はできないけどね」
「……はい」
「じゃあ僕は行くよ。ここにいるだけでも消耗するからね。どうか元気でね、僕の の女神よ」
少年は現れた時と同じく、スルリと消えた。
サーヤはルルクたちが消えた場所からようやく視線を外して、周囲を見渡す。
何もない空間。
誰もいない空間。
ビベルディオもせっかくだから別の世界へ転生させてあげた。
新しい転生先は運命に導かれるはずだから、どんな人間になるかはわからないけど、そこまで責任は負わなくていいだろう。
もちろんルルクとナギは元の世界に戻してあげた。自分の体があるから、問題ないはずだ。
「……誰もいなくなっちゃったな」
小さくつぶやくサーヤ。
大人の体になったからか、少しだけ違和感だった。大人になった自分の顔は気になるから、鏡があれば見てみたい。
だけどどれだけ着飾っても、美しくなっても、もう見せる相手もいない。
いまからこの何もない場所で、過去を覗いて、世界と世界を繋ぐ架け橋を渡し続けるのだ。
それこそが転生の女神。
それこそが、サーヤの宿命となったのだ。
気の遠くなる話かもしれない。
いつか折れてしまうかもしれない。
でも。
「よし、まずは四葉くんが転生できた1周目の世界線ね」
サーヤは気合を入れる。
自分で自分を転生させるなんて、少し変な気持ちになるけれど。
これまで四葉幸運が辛さに耐えた過去があったから。
音無零が死に物狂いで努力した世界があったから。
その想いが重なり合って、クラスメイトたちは死のループから抜け出せたのだ。
そして、百舌萌々香のおかげで、七色楽はルルクになれた。
この未来を紡いでこれたのだ。
「なら、私も自分にできることをしなくちゃ」
サーヤはひとつめの世界線を手繰り寄せる。
すべてはここから先の未来のために。
「待っててみんな……私が、みんなを救うから」
そうしてサーヤは世界の狭間で、女神となったのだった――
□ □ □ □ □
「サーヤ!」
俺は弾けるように飛び起きた。
突き上げた手は虚空を切って、何も掴むことはできなかった。
「お兄様!」
「あるじぃ!」
「ルルク様!」
『ご主人さま〜!』
無意識に上半身を跳ね上げた俺に、リリス、セオリー、カルマーリキにプニスケが飛びついてきた。
寝起きにいきなり飛びつくなんて驚くだろうが……と言おうとしたが、やめておいた。どうやらかなり心配をかけてしまったようだ。
俺はいつのまにか広々としたベッドの上にいた。見た感じバルギアの屋敷のベッドで間違いないから、エルニネールが転移で連れて帰ってきてくれたんだろう。
ベッドの脇では、エルニネールとミレニアが何度も頷いて仲間たちにもみくちゃにされる俺をながめていた。
「ようやく起きたか。よく戻ってきたルルクよ」
「ん。えらい」
「……悪い、寝坊した」
召喚はうまくいったようだ。二人とも素直に嬉しそうにしていた。
俺の隣ではナギも身じろぎをしているが、何やら夢を見ているようでまだ目覚める様子はない。
記憶は万全。獣王国で起こったことも、日本で起こったこともすべて憶えている。地球から戻ってきたばかりで色々と聞きたいことはあったが、まずは浮かんだ疑問を素直に尋ねた。
「サーヤはどこだ?」
なぜかサーヤの姿だけがない。
世界の狭間で試行錯誤したところまでは憶えているが、最後の記憶は曖昧だ。たしかサーヤが『創造の神器』を召喚したところまでは憶えてるんだが。
と。
俺の質問を受けたミレニアが、首をひねった。
「サーヤ? 誰じゃそれは」
え?
ミレニアはきょとんとした表情をしている。
冗談をついている風でも、嘘をついている風でもない。
いやいや、まさか……。
俺は少しずつ早鐘を打ち始めた心臓をおさえながら、声を震わせた。
「サーヤだぞ? サーヤ=シュレーヌ。俺たちの仲間でみんなの世話役だった、しっかりものの十二歳の女の子で……」
「まだ寝ぼけておるのか? そんな者、妾たち【王の未来】にはおらんかったぞ。のうエルニネールや」
「ん。ねつ、ある? もうちょっとねてて」
一番最初に仲間になったエルニまで。
動揺した俺は、すぐに他の仲間たちに視線を向けた。
だが全員、知らないとばかりに首を振る。
どういうことだ?
サーヤになにがあった。誰かの攻撃か?
「そうだ! 証拠だって……」
俺はすぐにベッドから飛び降りて、クローゼットを漁る。
それぞれ私室があるのに、みんなが自分のパジャマを好き放題詰め込んでいた棚を漁る。
ない。
ない……どこにもない。
棚の中からサーヤの服だけが、綺麗サッパリ消えていた。
まるで、最初から存在していなかったかのように。
「サーヤ……?」
何が、どうなっているんだ。
わけがわからない。
だが、誰かの悪戯や冗談ではないのは確かだった。
俺たちは無事にこの世界に戻って来れた。
だがこの日、世界からサーヤの痕跡が消えてしまったのだった。
《 帰郷編 → END
NEXT → 女神編 》
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
これにて第Ⅴ幕【彼岸の郷土】はおしまいです。お楽しみいただけましたでしょうか。
このあとは少し休載期間を挟み、いくつか閑話を投稿してから第Ⅵ幕【神堕の鬼謀】女神編に突入する予定です。
果たしてルルクは、女神となったサーヤを取り戻すことができるのか。
それでは次の更新をいましばらくお待ちください。




