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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

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帰郷編・32『この心臓に誓って』

 視界がまばゆい光に包まれ、見えていた景色が大きく変わった。

 今度は誰かの視点ではなく、俺は自分の足でそこに立っていた。


 今回の記憶の旅が終わったのだろう。最後に行きついたのは、野原のような場所だった。


 雲ひとつない空に、見渡す限り一面の草原……なんだけど、見えている空も草原もすべて灰色で、自然とは程遠い景色だった。


 そんなモノクロームな世界のなかで唯一色がついているのは、空にかかる大きな虹だけ。

 七色のアーチだけが、その世界で輝いていた。


「ここは……魂の器の中か?」


 ミレニアのときと同じだとするなら、魂の器の中のはず。

 ぐるりと見回す。

 少し離れた場所に、萌々香が横たわっていた。

 眠るように穏やかに、仰向けになって目を閉じていた。

 おそらく前回の萌々香ではなく、今回の萌々香だ。俺が同一化したいまの萌々香。


「……寝てるのか?」


 そういえばミレニアのときは私室だったが、ここは野外のようだ。

 その違いにどんな意味があるのかは定かじゃないが、ミレニアの場合は狭い自分の部屋だけが、ミレニアの心を安定させていたのだ。崩れゆく魂を守るために作りだした最後の城が、あの部屋だったのだろう。


 だが萌々香は色のない草原。色がついているのは空に輝く虹だけで、なんというか、現実離れした風景だった。

 この光景が萌々香の最後の拠り所なのだろうか。彼女の心を守れそうなものは、近くには見当たらない気がするけど。


「なんにせよ、生命力を渡してやらないと」


 俺は寝ている萌々香に歩み寄る。

 これで生命力を渡せばもとに戻る――と安堵の息をつこうとして、気付いた。

 萌々香の息が、ない。

 横たわる萌々香はまるで人形のように、ピクリとも動いていなかった。


「お、おい萌々香! しっかりしろ!」


 慌てて抱え上げる。

 力のない四肢がだらんと垂れる。

 少しずつ軽くなっていく萌々香の体。いや、これは魂だ。

 萌々香の魂が薄れていく。

 すぐに力を注ぐ、が。


「くそっ! なんでだよ、力が渡せないっ!」


 ミレニアのときはできたのに、同じ方法じゃ萌々香には何も渡せなかった。注ごうとしてもすり抜ける。まるで魂に穴が空いているかのようだ。


「萌々香! 起きろ萌々香!」


 どんどん軽くなる萌々香の体に焦りを憶えながら、俺は必死に力を分け与えようとする。

 だが何も変わらない。

 何も、変えられない。


 ……救えないのか?

 俺じゃ、萌々香を助けられないのか?


 そんなこと認めたくない。

 まだ何の恩も返せちゃいないんだ。

 ようやく、俺を生かしてくれた恩人のことを、ハッキリと知ったんだ。


 この命をもらった感謝を。

 すべての敬愛を。

 まだ何も、萌々香に返せてないのに――


「どきなさい、ルルク」


 ふと。

 真後ろから、懐かしい声が聞こえた。

 俺はハッとして振り返る。


「それとも、その姿のときはセンパイって呼んだ方がいいのかしら」


 聞き間違いじゃなかった。

 俺の後ろに立っていたのは、


「……師匠」


 ロズだった。

 今ならわかる。萌々香が成長すればロズそっくりなのだ。

 本当はロズが萌々香にそっくりなんだろうけど、とにかくいままで萌々香の長い前髪が隠していて、その事実にずっと気づかなかった。


「何呆けてるのよ」

「師匠……なんでここに?」

「何でも何も、私はあなたと一つになったのよ。せっかくモモカと一つになったのなら、私もついてくるに決まってるでしょ? ミレニアのときはもう別れを告げてたし、遠慮してあげたけど」


 何を当たり前なことを、と呆れられた。

 そういえばそうか。俺の魂はロズとルルク、二人の魂と同居しているのだ。

 さすがにルルクのほうは顔を出していないようだが、今回も空気を読んでくれたってことだろう。ほんとルルクは優しいやつだぜ。


「いいからどいて。モモカを助けたくないの?」

「助けたいです」


 すぐにロズに場所を譲る。

 何をする気かと思ったら、ロズは萌々香の額に手を当てた。 

 ロズの手のひらから、ぼんやりと光が漏れてくる。


「師匠、それは?」

「エマソンの福音。つまり()()()()()よ」


 ゆっくりと、しかし確実に、光は萌々香の体に浸透していく。

 まるで枯れた花に、水を注ぐかのように。


「あなたも()()()()で見たでしょ? エマソンはモモカを助けるために魂を分け与えた。その魂を持った私はあなたと一つになったけど、エマソンの魂はあなたには適合せずに、ずっと私の中で眠っていたの」


 ロズは説明しながらも、しっかりと萌々香に力を注ぎ続ける。

 その表情はまるで母が娘を想うような、娘が母を想うような、深い慈しみに満ちたものだった。


「神格は不死性を与えるのは知ってるでしょ? 私が不老不死だった理由のひとつが、このエマソンの福音によるものよ。でもいまの私にはもう肉体はないし、モモカの魂じゃなければ適合しないから持て余していたの。まさかもう一度役に立つ機会が来るなんて思わなかったから、私も驚いているけれど」

「師匠、萌々香は……」

「安心しなさい、助かるわ。神性を少し身に宿すから肉体が変質するかもしれないけど……まあ死ぬよりはマシでしょ」


 あっけらかんと言うロズ。

 まったく、ロズらしいというかなんというか。

 俺は肩の力が抜けて、笑いが漏れた。


「師匠は変わらないですね」

「あなたは変わったわね。随分周りを見れるようになったじゃない」

「そうだといいですけど」


 成長できたのは、仲間たちのおかけだ。

 もちろんロズのおかげでもある。


「せっかく師匠に会えるんだったら、もっと気の利いた言葉でも用意しておくんでしたよ」

「ふふ、軟派なのは変わらないわね。でもこの状況が特別なんだから、変なことは考えなくていいのよ。魂と会話できるような人がいれば、また話すこともあるかもしれないけどね」


 ま、そんなことできる人がいるとは思わないけど、とつぶやくロズだった。


 でも魂が視れる知り合いがいるから、もしかするといるのかもしれない。

 そう思ったけど、俺はあえて言わないでおく。

 もしいつかまた話せたときに、ロズを驚かせてみたいからな。


「よし終わり。これでモモカは安心よ。確かめてみなさい」

「萌々香!」


 ロズの腕から、萌々香を受け取る。

 すやすやと寝息を立てて眠っているようだった。

 よかった……なんとか助かったようだ。


「ありがとうございます師匠」

「いいの、これはきっとエマソンの願いでもあるから。私のもう一人の母親の、ね」

「そういえば記憶が戻ったんですね」

「ええ。あなたがサトゥルヌを倒したときにね」


 あ、そうか。

 サトゥルヌが奪ったものは、死ねばすべて元に戻っていくと言ってたっけ。

 すでに心臓になっていたロズの記憶も、そのときに魂に戻っていたのか。


 そう納得していると、世界が薄れ始めた。

 ゆっくりと景色が消えていく。


「あら、もうお別れね」


 あっという間に暗転していく世界。あと数秒で萌々香が目覚めるのだろう。

 俺はすぐに叫んだ。


「師匠! 俺は!」


 色々と言いたかったことはある。

 あれから色んなことがあって、ロズの生い立ちも知って、その向こう側にある萌々香の想いまですべて知った。

 だけどそれを全部語っている時間はないし、ロズもそんなことは求めていないだろう。


 だから今回は一言だけ。

 ロズの命を継いだ冒険者として、ロズが生まれ背負った願いを知った身として、一言だけ伝えておこう。


「俺はいま、幸せです!」


 聞こえるだろうか?

 ロズの心にも、その魂に宿る前回の萌々香にも届いただろうか?


 そう願ってやまない俺に、ロズは鼻を鳴らしながらカラッとした態度で言い返した。

 不敵な笑みを、その美しい顔に浮かべて。


「それくらいで満足しないの。私の弟子なら、自分だけじゃなく周りもまとめて幸せにしてみなさい」


 ロズはそう言い残して、この景色と共に消えていった。

 刹那の邂逅はあっさりと終わった。


 ……周りも幸せにする、か。

 俺もまた、その言葉を心に刻んで意識を浮上させていくのだった―― 

 



□ □ □ □ □



「せん、ぱい……」

「萌々香!」


 記憶の旅も、ロズとの逢瀬も、時間にすれば一瞬の出来事だった。

 スキルのコントロールはうまくいったようで、今度は相手の状態に引っ張られることなく、元の姿のまま意識が戻った。


 瓦礫の空洞のなかで、俺の腕に抱かれた萌々香は、か細い声を漏らした。


「せんぱい……わたし、夢をみました……」


 まどろむような口調で語る。


「もし先輩がいなくなったら、きっと、こうなってたんだろうなって……先輩を追いかけて、どこまでも無茶をしてたんだろうなって……」


 萌々香もロズの記憶――前回の萌々香の人生を見たのだろう。

 あの景色を夢だと思ったのか、あるいは夢だと思いたいのか。

 それは定かではないが、萌々香は俺をまっすぐに見つめてくる。


 長い前髪は横に流れていた。

 ようやく見せてくれた表情で、そのロズによく似た表情に浮かぶ澄んだ瞳で、まっすぐに。


「夢のなかのわたしを見てて思ったんです……きっと、ずっと後悔してたと思います。もう二度と会えないってわかったら、もっとちゃんと伝えておけばよかったって。それがわたしにも、痛いほどわかっちゃって。だから……」


 萌々香が少しだけ言葉を切った瞬間。

 瓦礫が少し崩れて、隙間が開いた。


 そこから光が差し込む。

 細かい砂塵をキラキラと反射し、萌々香の表情を輝かせた。

 瓦礫に囲まれた二人だけの狭い空間。

 降り注ぐように光の花が舞うその暗がりのなか、萌々香は唇をゆっくりと動かして言った。




「好きです、先輩。どれだけ世界が変わっても、きっと、ずっと……」




「……萌々香」


 どうしてだろう。

 真正面から想いを告げられて、恥ずかしいとか嬉しいとか、そういう感情が一番に溢れてくるはずなのに。

 どうして、涙が溢れてくるんだろう。


「泣かないで先輩……わたし、先輩の笑う顔が好きです。レイ先輩の世話を焼くときに、ちょっと面倒そうにする顔が好きです。本を読んでいるときの、真剣な顔も好きです。先輩のいろんな顔が好きだけど……泣いている顔だけは見たくないです。ごめんなさい、わたし、悲しませたかったわけじゃないんです」

「違うんだ。そうじゃないんだ」


 俺は腕の中の萌々香をぎゅっと抱きしめた。

 萌々香は萌々香だ。

 ロズでもないし、前回の萌々香でもない。日本で生きてきた、ちょっと零に振り回されている普通の女子高生だ。


 だけど。


「ありがとう」


 この言葉だけは、届けなければならない気がした。

 こんな俺を一途に想ってくれた後輩。


 世界を渡ってまで俺を救おうとしてくれた女の子。

 彼女の想いが繋がり、俺の心臓となってくれた恩人を生んだ大恩人。


 この涙はきっと、生涯かけても返せないはずだった恩を、返す相手を見つけた喜びだ。


 この子のためなら俺のすべてを賭けても良い。

 そう思えるほどの感謝を、伝えたかった。


「俺は君のおかげで生きていられる。君のおかげで、大事な人たちを守ることができている。死ぬはずだった運命を乗り越えて、こうして君を抱きしめていられるんだ」

「……先輩。それは、わたしじゃ……」

「君だよ、萌々香」


 確かに萌々香でも、違う萌々香だ。

 でもその想いは世界線を越えた。

 何一つ色褪せることなく、何一つ変わることなく、世界を越えて輝いていた。


 俺にとって、その想いは等しく俺を救ってくれたものだ。


「もうひとりの君もいまの君も、俺にとっては同じ百舌萌々香なんだ。大事な後輩で、大切にしたい女の子……それが君だ。だから俺も、君の想いが俺をこの人生に導いてくれたように、君のために命を使いたい。いや、使うんだ。俺の魂に……心臓に誓って」

「せんぱい……」


 萌々香は驚いた表情を浮かべ、それから恥ずかしそうに微笑んだ。

 とても綺麗な笑顔だった。


「わたし、少しだけわかった気がします」

「……何が?」

「一神先輩が言ってたことです」

「あいつが何か言ってたのか?」


 あっちの世界ではずっと一緒に暮らしているから、良い部分も悪い部分もたくさん知られている。

 余計なこと言ってないだろうな。

 萌々香は笑顔のまま首を振る。


「先輩には内緒です」

「内緒か」

「内緒です」


 具体的に教えてくれる気は無さそうだった。

 少し気にはなるが、まあ別にいいか――そう思ったとき、瓦礫が崩れ始めた。


「まずい! 出るぞ萌々香!」


 聖典の効果は消え、霊素は残っていない。

 悠長にしているとせっかく助けた萌々香を生き埋めにしてしまう。

 俺は萌々香を抱えたまま、すぐに瓦礫の外に出た。


 一瞬、目がくらむ。


 その瞬間、瓦礫が崩れて土煙を上げる。

 俺が作った支柱だけがその場に残っていた。あのままだったら、危うくぺしゃんこに潰されるところだった。

 間一髪だったな。


「大丈夫か萌々香」

「はい」

「萌々香くん!」


 零が地面を這うようにしてこっちに近づいてきた。

 その顔は見たこともないほど焦りを浮かべている。

 あの零の泣きそうな顔なんて、人生で初めて見たぞ。


「大丈夫か! すまない、僕のために……」

「大丈夫です。先輩が助けてくれましたから」


 俺に抱えられたままの萌々香は、嬉しそうに俺の首に額を寄せてきた。

 柔らかな体温を感じる。

 命のぬくもりだ。

 ちゃんと助けられた実感が、ようやく湧いてきた。ありがとう師匠。


 俺は萌々香の頭を撫でてから地面に降ろした。すぐに零にも手を貸して、起き上がらせてやる。

 座ると少し落ち着いたのか、零も息を整えていた。発作が出なくてなによりだ。


「零も怪我はないか?」

「ああ。僕は問題ないが……にしても楽、萌々香くんと何かあったのか? さっきまでとは随分様子が違うが」

「まあな。時間があったらあとで話してやる。それと説教もな」

「説教?」


 前回の零がやったことは今回の零には関係ないかもしれないが、後輩を異世界に飛ばしたことについてはケジメが必要な気がする。

 よし、萌々香から一発殴ってもらおう。それがいい。


「七色くん! 大丈夫ー?」


 一神も駆け寄ってきた。

 すぐに萌々香の体を確かめながら、


「萌々香ちゃん、痛いところはない?」

「はい」

「良かったぁ。七色くん、本当にありがとね」

「まあ大したことは……ってなんで一神が礼を?」

「私がみんなを校舎に誘導してなかったら、こんな事故も起こらなかったはずだから……」

「ったく。それは責任の背負いすぎだ。なあ鬼塚」

「そうです。あずさは真面目すぎです」


 同意する鬼塚。

 そのまま俺と萌々香をジロジロと見てきて、


「で、何があったです? さっきのスキンシップ、まるで長年連れ添った夫婦みたいだったです」


 そんなか?

 まあ萌々香のことは仲間たちと同じくらい信頼できるようになったし、なんならここまで恩を感じた相手は初めてだ。

 スキンシップくらい、いくらでも応えてやるとも。


「一神先輩、鬼塚先輩」


 すると萌々香が俺のすぐそばに近づいてきて、微笑みながら俺の肩に頭を寄せた。


「わたし、負けませんから」


 何かを宣言した萌々香。

 鬼塚が絶句している。

 どんな意味かわかったのか?


 まあ言葉の真意はともかく、その佇まいには俺も少し驚いた。声も少しばかり大きくなっている。


「萌々香、なんかキャラ変わった?」

「はい。遠慮しないって決めました」


 よくわからんが、これも女神のエッセンスが入ったからだろうか?

 すぐにギロリと睨んでくる鬼塚。そして、なぜか嬉しそうな表情を浮かべる一神。


「これは楽も大変だな」

「そうだね。こりゃあずさもつるぎも、うかうかしてらんないね」


 そんな俺たちを眺めて、九条と零がやれやれと肩をすくめて笑うのだった。


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― 新着の感想 ―
帰郷編もそろそろ終いかね
ここに来て真ヒロインムーブすんのやめろ(笑)
萌々香の想いが届いた…のかな? なんか楽に戻ったせいなのか恋愛方面での感受性が後退してない? あずさは楽が幸せでその幸せの中に自分も居れば満足だから、楽の事を愛する人が増えるのは全く問題が無いんだよね…
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