帰郷編・26『冒険者・七色楽』
「キャーッ!」
「逃げろ! 逃げろぉおお!」
「みんなこっち! 校舎に入って! はやく!」
阿鼻叫喚だった。
四葉の体に憑依した正体不明が、グラウンドに召喚したのは異形の合成獣。
正体不明がそれに触れた瞬間、突然バラけて百を超える魔物となってしまった。
魔素のないこの世界では魔物も弱体化される――が、そうは言っても飢えた猛獣のようなものだ。
普通の生徒にとっては危険極まりない。
「鬼塚!」
「わかってるです! 鬼想流――『矢柄投げ』!」
鬼塚は隠し持っていた短刀を、転んだ生徒に襲い掛かるブラッディサーペントの眉間に投げつけた。
蛇の魔物は光の粒子となって消えていく。
転んだ生徒は無事だったが、いかんせん魔物の数が多すぎる。いくら鬼塚でも同時に対処することはできない。
どうする。
どうすれば――そうだ!
ブレザーのポケットの重みを思い出した。
「零、コレ使うぞ!」
俺は聖典を取り出す。
零いわく聖典の能力は『〝地脈の接続〟と〝術式の効果増大〟』らしい。
零は前回の世界線でこれを使い、本来なら不可能な規模の儀式を成し遂げたらしい。
今回は〝神隠し〟の術式に使う予定だったのだが、そう言ってる場合じゃない。
このままじゃ大勢の生徒たちが死ぬ。
零も迷わず頷いた。
「遠慮せず使いたまえ! 発動呪文は憶えているな?」
「もちろん――『聖典』起動、〝エクスムーブ〟!」
俺は迷わず聖典を起動させた。
頼む聖典、俺にみんなを助ける力をくれ!
その瞬間、聖典から膨大な霊素が溢れ出てきた。
地脈との接続。これなら、何か術式をーー
【世界樹との接続成功。情報統合開始――成功。加算ステータスの読み込み――成功】
え?
いきなり視界に通知が視えた。
まるで、あっちの世界のように。
【『神樹の葉』の権限により、個体名・七色楽の身体機能を限定解除します】
まただ。
なんで通知が――と思った瞬間、異様なほど体が軽くなった。
とっさのことで一瞬呆けてしまったが、これは……まさか!
「いいか楽、まずはクラスメイト優先で――」
「全員助ける! 一神、零を頼む!」
俺は零の言葉を遮り、地面を蹴った。
速い。
たった一足でグラウンドに飛び込み、そのまま魔物を蹴り飛ばす。
一撃で光となり、消えていく魔物。
やはりこの速度、この威力、憶えがある。
ルルクのときの身体能力だ。ほぼ全数値2万超えの、竜王とタイマンを張れるほどの超加算ステータス。
零が前回の世界線で使った聖典の能力は『術式強化』のはず。
でも、明らかに俺の恩恵は違った。
これは単に〝書と箱〟が揃っていたからなんて違いじゃないだろう。根本から効果が違っていた。
たぶん、俺が聖典に自身の力を望んだからだ。みんなを守れる力が欲しいと願ったから。
聖典が、それを出来る限りの形で叶えてくれたのだ。
つまり、そうか。
聖典とは、願いを成就させる書物なんだ。
そしてそんな存在を、俺はひとつしか知らない。
「聖典って、この世界の〝世界樹の扉〟だったのか!?」
様々な世界にときおり現れるという、世界樹の恩恵を得られる願いの書。
この世界はすでに神々が去り、霊素すら地表にほとんど残っていない。
当然聖典の力も弱まり、願いが叶う範囲も限られているだろう。だがいまの俺にとってはとてつもない味方だった。
俺は、魔物が破壊した集合写真用の舞台から鉄パイプを一本拾い上げて、鬼塚に投げた。
「ナギ! 校舎の護りを頼む! 俺は校庭で助けて回る!」
「まかせるですルルク!」
俺たちは冒険者として、七色楽と鬼塚として、魔物の殲滅を開始した。
「みんなこっち! この中は安全だよ!」
軽く百はくだらない魔物たちが、我先にと近くの生徒たちを狙っていた。
そのグラウンドで生徒たちを逃がしながら、俺は縦横無尽に駆け回っていた。
グラウンドから出てくる生徒たちを、一神が校舎に誘導する。
校舎の入り口を守るのは鬼塚。鉄パイプ片手に、迫り来る魔物をすべて退けていた。
だが逃げてくる生徒を追って、魔物がどんどん寄せられてくる。
鉄パイプ一本では校舎の正面入り口を守るのに手数が足りない――そんな時だった。
「つるぎ、取ってきたよ!」
九条がスポーツ棟から走ってきて、抱えていた木刀や竹刀をたくさん地面に投げた。
武器が足元に散乱し、鬼塚はニヤリと笑う。
「これで消耗を気にせず戦えるです!」
飛びかかってきた狼の魔物の口の中に、鉄パイプを突き込んだ。
狼は血を吐き出しながら地面に落ちて光となる――が、それを待たずに落ちている木刀を拾い上げた鬼塚。そのまま飛び上がり、背後から突進してきた猪の脳天に剣先を叩きつける。
折れる木刀。猪の頭蓋もひしゃげ、その姿が消失していく。
すぐにフェンシングの剣を拾い上げると、回転しながら突っ込んできたハリネズミの側面に跳び、回転の中心部に突き刺した。
剣はポッキリと折れたが、耳から脳を貫かれ絶命して消えるハリネズミ。
まるで踊るように武器を変えて戦い、魔物たちを屠っていく。
その姿を見た生徒たちは、
「あ……あいつやばすぎん?」
「お、鬼がいる」
「これが鬼塚無双……!」
震える声で言いながら、一神に背中を押されて校舎に入っていく。
校舎は鬼塚が守っているからしばらく大丈夫だろう。九条も弓で援護してくれているしな。
問題はグラウンドだ。
グラウンドにはまだまだ生徒も魔物もいる。かなり減りはしたが、いかんせん広い。
少し離れたところにある桜の木でも、まだ生徒が残っていた。
桜の下では、イケメンBIG3が後輩女子たちを背にして固まっていた。
そこに大型の猿の魔物がノシノシと近づいていき、女子たちから悲鳴が巻き起こる。
「く、来るな!」
「みんなっ! 僕たちの後ろに!」
「オ、オオオレたちの宝物に手を出すんじゃねぇ!」
巨大な魔物を恐れながらも、後輩たちを必死に庇おうとするイケメンたち。
なんだよ、漢気あるじゃねえか!
「おらぁ!」
俺はグラウンドから一直線に跳び、猿の魔物に蹴りをかまして吹き飛ばした。
よし間に合った!
「悪い遅れた! 大丈夫か?」
「お、おう……おまえ、いま飛んで……?」
「説明はあとだ! 怪我人はいないな?」
イケメンたちが盾になっていたから大丈夫そうだが、念のため確認しておく。
そのとき最後尾の子がグラウンドの反対側を慌てて指さした。
「七色先輩! あっち!」
図書委員の子だ。昨日も受付にいた子だった。
俺はすぐに振り返る。
グラウンドの反対側と中央、それと校舎に向かう途中でいままさに魔物たちに襲い掛かられている生徒たちがいた。
くそ、うちの校庭は広すぎる。
さすがに同時には――いや、霊素が俺の元にあるなら、いけるはずだ!
「『光弾』!」
手の平に光を収束させ、解き放つ。
グラウンド中に迸ったのは、魔物だけを撃ち抜くレーザービーム。
一瞬で半分以上の魔物を減らし、危機が迫っていた生徒たちはみな無事に校舎へ走っていく。
俺は後輩に軽く手をかざして礼を言った。
「さんきゅ! イケメンども、おまえらは全員連れてすぐ校舎に向かえ! いいな?」
「お、おう」
そう言い残し、またグラウンドに戻る俺。
背後では、イケメンたちが震える声でつぶやいていた。
「あ、あれが七色……?」
「なんてやつなの……」
「ヒ、ヒーローじゃん……」
何を言ってるんだ。
おまえらだって、後輩たちからすりゃ立派なヒーローだよ。
俺はそのままグラウンドに戻り、神秘術も使いながら魔物の数を減らし続けた。
すでにグラウンドから生徒は全員避難していて、残る魔物は鬼塚の近くにいるやつらだが、あっちは任せておいて問題ないだろう。
それよりも重要なのは、だ。
「な……なんなのだ貴様は! この世界の戦士はこんなにも強いのか!?」
コイツだ。
四葉の体を乗っ取っている、正体不明の神秘術士。
この世界の、というからにはやはりあっちの世界から来たのだろう。
俺は睨みつけるように対峙した。
「何なんだ、はこっちの台詞だ。誰かは知らんが、すぐに四葉の体から出ていけ」
「指図するな! くそ、せっかく御大の役に立てると思ったのに……」
頭をかきむしる正体不明。
何か目的があって来たらしいが、こいつの正体がどうあれ、俺にとっては明確な敵だった。
四葉の体でなければ、すぐに叩き潰しているところなのだが……。
と、俺が手を出さずにいることに気づいたのは正体不明。
ハッとして、
「さては、こやつは貴様の友人か? 傷つけたくはないとみた」
「くそっ」
俺は舌打ちする。実質、人質のようなものだった。
四葉はできれば傷つけたくはない。ちゃんと知り合ってから間もないが、悪いやつじゃないってのはわかった。正直言うと、友人になれたと思っている。
俺が手を出せないことを知るや否や、
「動くな。動くとこやつの舌を噛み切るぞ」
「……卑怯者め」
「何とでも言うがいい。そのままじっとしていろ……」
正体不明は慎重に近づいてくると、手を伸ばしてきた。
俺に触れるつもりなのだろう。
いまの俺には加算ステータスがあるので、防御力は凄まじい数値だ。四葉の拳どころか刃物で刺しても、覚悟していればかすり傷程度で済む。
「動くなよ、そのままだ」
もし神秘術を使われたとしても、さっきの眷属召喚を見る限りはそこまで練度も高くないはずだ。
霊素の制御は俺に分があるはず――と思っていたら、正体不明は俺の首元に手を添えて、ニヤリと笑った。まるで死者のようにひんやりとした冷たい手だった。
「くくく、余裕だな? だがいくら貴様でもこれは防げまい……神の権能だけは」
「権能? まさか、おまえ【悪逆――」
「『魂魄融合』」
ずるり、と何かが四葉の中から俺の中に入り込もうとしてきた。
吐き気を催すような深い感覚が全身を駆け巡り――
『まったく、僕も舐められたものだよ。ただの下神の権能ごときに挑まれるとはね。まあ君自身に意思はないから、今回は潰さないであげるよ。ただし君の主に忠告しておきなよ……二度目はないよ?』
【『権能:融合』を無効化しました】
通知が走った。
いまの声には聞き憶えがある。『知恵の剣』の権能のぶつかり合ったとき、俺の背後で揺れていた大樹の声だ。
ミレニアいわく創造神の権能以上には意志があるらしいが……この世界でも、俺を守ってくれていたのか。
「なっ、何が起こった!? なぜ私の権能が効かない!」
困惑する正体不明。
焦ったように俺から離れようとするが、その腕を今度は俺が掴んだ。
「四葉待ってろ。いま、助けてやる」
俺の身にステータスが戻っているというのなら。
頼む聖典よ、俺のスキルを――境界を司るスキルを使わせてくれ!
新しい友達を助けるために!
【『神樹の葉』の権限により、個体名・七色楽の一部スキルを限定解除します】
全身を霊素が駆け巡る。
感覚でわかる。慣れ親しんだ俺の数秘術が、戻ってきた。
「は、離れろっ!」
「ああそうだ、さっさと四葉から離れやがれ――『領域調停』」
四葉の体から、本来四葉じゃない存在をすべて弾き飛ばす。
ビクリ、と大きく痙攣する四葉。
最後の抵抗なのか、俺の腕を掴み返した正体不明は、恨みがましい視線を向けて言い捨てた。
「く、そ……あきらめて、たまるか……私は、ま……だ……」
そして、ガクリと力を失うのだった。
……いなくなったか。
俺は気を失った四葉を抱え、ひと息つく。
なんとか救い出せたようだ。
「ほんと、いまのは一体何だったんだ……?」
おそらく【悪逆者】の一員だとは思うが、あっちの世界でなにがあったんだろう。
仲間たちも無事だといいけど……少し心配になってきたな。こっちのことがすべて終わったら、すぐに戻れるといいが。
そう思っていたら、零と萌々香がこっちに近づいてきた。
すでに魔物はすべて駆逐され、姿を消していた。
「脅威は去ったようだな」
「七色先輩、おつかれさまです」
「ああ」
正体不明が巻き起こした混乱は、いったんは解決したと見てよさそうだ。
ただ、これからどうすべきか。
消えたとはいえ、生徒たちは魔物の姿をハッキリと目撃してしまったし、俺が明らかに人間離れした身体能力や『光弾』を使ったことも見られた。
儀式のことも厄介だ。聖典は使ってしまったし、クラスメイトたちはほとんど校舎内に避難している。
唯一の好材料は、俺のもとに霊素が集まっているってことだ。
これをなんとか活かせるか……
「……う。気持ち悪い」
「起きたか四葉」
四葉も意識が戻ったらしい。
こいつも災難だったな。
四葉は呻きながら地面に座り込んだ。顔面蒼白だったので、萌々香がすぐに飲み物を渡していた。気が利く敏腕マネージャーみたいだな。
ところで他人に体を乗っ取られる気持ちはどんな感じなんだろう。
俺はルルクを乗っ取った側なので、あまり聞きたくはない気もするが、少し気になる。
そんなどうでもいいことを考えていたら、零が淡々と四葉に話しかけた。
「名探偵、さきほどの記憶はあるかね? 何者かが君の中にいたようだが」
「うん……なんとなく。うぷ」
「所感で良い。転生されたか憑依されたか、何が起こったか自分で判別できるかね?」
「わかんない」
「そうか。……名探偵、いや四葉くん」
吐き気を堪えながら、素直に首を振った四葉。
そんな反応を見せた四葉に対して、零は迷いなく告げたのだった。
「〝人狼〟は君だったのだな」




