帰郷編・27『四葉幸運という人生』
「〝人狼〟は君だったのだな、名探偵」
零がつぶやいた言葉に、俺は目を見開いた。
まさか……四葉が人狼?
人狼探しに協力的だったし、零も四葉に「任せる」と言っていた。
グレーではあったけど、容疑は除外してるものだと思っていたが……。
「いきなり何を言いだすんだい? 僕が人狼? そんなまさか、気でも触れたのかい?」
「いいや、もとより一番怪しいのは君だと踏んでいた。確信が持てたのはつい今しがたのことだがな」
零はそう言うと、スマホを掲げた。
さっき四葉が落としたスマホだった。
「それは僕の!? いつの間にっ」
「君に何者かが憑依したとき拾っておいた。ひとつだけ伝えておくと、重要な隠し事があるのなら自動ロック機能は10秒以内に設定にすることを勧める。隠そうとはしていたようだがな」
零がそう言うと、四葉はしばし呆然としてからガクリと肩の力を抜いた。
「くそ……なんて不運なんだ」
「そうか。やはりここに証拠が残っていたのだな?」
「え?」
零はスマホを四葉に放り投げながら、
「僕がスマホ画面を見れるワケないだろう?」
「なっ……!」
絶句する四葉。
零はすこぶる頭が回る。自分と他人の感覚の違いを理解して、それを悟られず利用することには長けている。
もし四葉にもっと考える余裕があったなら気づけたかもしれないが、予想外の展開が起こり過ぎていてそこまで気が回らなかったようだった。
とはいえ零が半信半疑の相手にそんな駆け引きをするとは思えない。
もともと確信はあったのだろう。
「無論、いまのはただの根拠の補強程度のハッタリだ。昨日からずっと君の立場や状況が、最も人狼に近いと考えていた。そしてさきほどの〝転生〟という言葉に疑問を持たなかったことが、決定打となった。君が人狼でもない限り、それを知り得た機会は一度もないはずだからな」
そういえばそうか。
四葉に教えていたのは、零の占いで俺たちが死ぬかもしれないってことだけのはずだ。
それに四葉は正体不明に憑依されたことにも、そういう超常的なことが起こりえることを十分理解していたような反応を見せた。
この世界しか知らない者では知り得ない何かを知っていると。
零の確信めいた言葉に、さすがに言い訳が立たないと感じたのだろう。
四葉は大きく息を吐いて仰向けに寝転がった。
腕で目元を隠して、震える声を漏らした。
「あぁ……やっぱりダメだったかぁ」
「ようやく観念したか。では手短に語りたまえ。なぜ君は僕たちの邪魔をした? 君はいつから世界の分岐に気づいていた?」
「……なるほどね。これが自白を強制させられる犯人の気持ちか。想像してた何倍も屈辱的だね」
乾いた笑い声をあげる。
零はそんな四葉に容赦なく言葉を突きつけた。
「君の感想を聞いている時間はない。どうして君は、他人を巻き込んでまで転生を望んだ? あえて死を受け入れようと――」
「何も知らない君に言われたくないっ!」
四葉は上半身を起こして、キッと零を睨んだ。
その目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
「僕だって本当は死にたくなんかないさ! 途中から入り込んできた君にはわからないだろうけどね、僕がどれだけこの時間を長く彷徨ってると思う? 何回繰り返してきたと過ごしてきたと思う? 僕が自分のためだけを考えてたら、そりゃあ君に喜んで協力してたさ!」
四葉は座ったまま、地面を殴りつける。
悔しそうに何度も、何度も。
「いつから世界の分岐に気づいたかって? そんなの生まれる前から知ってるよ! この日に死んで、赤ん坊からやり直して……それを何度も何度も繰り返してきたんだよ! もう100回以上もね!」
「なるほど。つまり君はこの世界をタイムリープしているのか。君が、この世界を分岐させ続けてきたということで合ってるな?」
「ふん、まるで僕が好きでそうやってるみたいな言い方だね? 僕だってここから抜け出したい……けど、僕だけが救済を拒否されてるんだよ。僕だけが二度と転生できずに、ずっとこの人生を繰り返してるんだ。他の誰でもない僕自身の権能のせいでね!」
「権能? それはどういう……」
眉根を寄せる零。権能に馴染みがないのだろう。
だが俺は、その言葉を聞いて納得した。
「四葉……おまえ、ネラーなのか?」
四葉幸運の転生先。
それが、二千年前の異世界に生まれた魔族ネラーのはずだ。
第4神の『真実』を司る権能を持った使徒の少年。
四葉は俺の言葉に驚いた顔を見せて、悲しげに笑った。
「そうか。君はあっちの僕に会ったことがあるんだね?」
「ああ。協力者としてな」
「君がいた世界線の僕はどうだった? 正確には、僕のフリをした権能だろうけど」
「それも知ってるのか」
「知ってるさ、何もかも。魔族に生まれたことも、幼い頃に死んだことも、権能を生まれ持ったせいでこんな状況になってることもね。七色くん、あっちの記憶もあるってことは、いまの君はやっぱり今回の世界線の君じゃないんだね?」
見透かしたように言う四葉。
俺が無言で頷くと、どこか羨むような視線を俺に向けた。
「じゃあ君は自力で世界を越えて戻ってきたんだね。すごいや……この世界を繰り返す僕には、とうてい許されないことだよ」
「……四葉。おまえの身になにがあったんだ?」
俺は聞かずにはいられなかった。
100回以上もこの人生を繰り返している……つまり体感にして二千年も四葉幸運として生きて来なければならなかったってことだ。
しかも未来を知った零に気づかれないよう、同じ展開を何回もなぞって生きてきた。
相当つらい経験だということは、少し考えるだけでも想像がついた。
四葉は問いかけた俺の目をじっと見つめた。
それから俺と零を見比べて、大きなため息をつく。
「……なんだか不思議だね、七色くんって。音無くんみたいに天才でもなければ、五百尾くんみたいにリーダー的なカリスマもない。顔だって普通だし運動能力だって並みで目立った部分があるわけでもない。でもさ、なんか心を許せちゃうんだよね……だからいいや、君になら話しても」
どこか諦めたような笑みを浮かべて、四葉は語り始めた。
「1回目の世界線のことだよ。転生した僕には兄がいたんだ。強くて優しくて、周りのことを一番に考える自慢の兄だった。魔族だから人族たちには怖がられてたけど、兄はどんな種族でも分け隔てなく接していたよ。僕もそんな兄が好きだった。そんなある日、兄は予言者と出会ったのさ。第0神の使徒の少女アルテマとね」
アルテマ、か。
そのアルテマというのは、たしか獣王国女王が共有した情報のなかにあった名前だ。【悪逆者】の幹部会にいたという、予言者の少女の名前だったはず。
ネラーが言っていた「身内」が、つまり【悪逆者】の……おそらく序列1位の首領だろう。どおりでワケを知っているような話し方をしていたのだ。
背景が少しずつ繋がってきた。
「そのアルテマの予言のひとつに、『世界を滅ぼせるモノが、異世界からやってくる』ってのがあってね。兄さんはそれを防ぐために、知り合いの貴重な神器を借りて、その脅威を元から取り除こうとしたのさ」
「異世界からって……まさか」
「そう、僕たち転生者だよ。僕たちの誰かが、アルテマの予言の対象者なのさ。そうして兄さんは愚かにも、この世界に干渉して、対象者が転生する前に殺そうとした。いや、確かに殺したのさ。だけど誤算は二つあった」
「……結局、俺たちは転生したことか?」
「そう。予言の時期よりも早く殺したにも関わらず、予言以上規模の転生現象が起こった。それが僕たちの集団死の真実だよ」
「それでもう一つは?」
「僕がその中にいたことさ。当時、転生者は〝異端者〟として呼ばれて虐げられていた。異端審問で拷問、虐殺……なんでもアリだった恐ろしい時代さ。だから僕は兄さんにも転生者であることを隠していた。それもあって起こったのが死と生のタイミングのズレ……世界が違うせいか、時間軸がズレて構造的矛盾が起こったんだ。つまり、転生する前の僕を兄さんが殺したんだ」
転生する前の四葉幸運は、転生後の兄によって殺された。
そういうことだろう。
「ここで大きな問題が発生してね。兄さんが異世界の過去に干渉して殺した相手が、発動時に同じ世界に存在している。この構造的矛盾を、世界はどう処理したと思う?」
「……まさか、ネラーが幼くして死んだ原因って」
「そうさ。僕もまた兄さんの権能に巻き込まれて死んだのさ。兄さんが権能を発動させた瞬間に、その対象者だと勘違いされてね」
それは……悲劇としか言いようがない。
誰も望まぬ結果が起こってしまったのだから。
「それで僕は死んだ――けど、僕の権能もイヤになるほど優秀でね。その瞬間に僕が死ななかったことにしたのさ。真実を司る権能でね」
「ああ、それは聞いた。権能が発動し続けて生きていることにしているって」
「そう。だけどすでに起こったことは否定できない。死んでいるのに、死んでいないことにされた結果……世界の因果が捻じれて、前世にも影響を与えてしまったんだ」
そう言って、ネラーは自分の胸に手を当てた。
「こっちの僕は転生しなかったことにされたんだ。死んでも死ななかったことにされて、この人生をループし始めたのさ。それから僕は、兄の権能で死ぬと、僕の権能が発動して死ななかったことになる。それをもう120回も繰り返しているんだ」
「……120回も」
死んだら、同じ18年間を繰り返す。
もしかしたらヤケになった世界線もあったかもしれないが、少なくとも75回以上は、零に悟られないように同じ展開を繰り返してきたのだ。
並大抵の精神じゃ耐えられないだろう。
「ま、君には想像もできないだろうけどね」
「そうかもな……。でも、ひとつ聞いて良いか? 四葉にとって俺が120回目の俺として、あっちの世界にいた四葉幸運は何回目のおまえなんだ? 転生はしなかったんだろ?」
「たぶん1回目の四葉幸運の複製だろうね。僕は2回目以降は転生できないことにされたけど、ネラーという存在が生まれなかった事実は消せないはずだから。……まあ、こっちの僕のほうが権能がつくりだした偽物だって保証はないんだけどさ」
深く悲しげな表情を浮かべる四葉。
自らの権能が生んでしまった抜け出せないループ。しかも自分が本物かどうかすらわからない、確かめる方法もないのか。
誰のせいでもない、不幸な運命を背負った男……それが四葉だったのか。
「しかしそうなると……」
零が小さく唸るが、浮かんだ疑問をハッキリと言葉にはしなかった。
チラリと俺に目配せをしてくる。
俺も頷いて、零が浮かんだであろう同じ疑問を、四葉に聞く。
「ならいっそのこと、四葉がそのループから抜け出すためには転生を止めたいんじゃないのか? あえてそれを否定するってことは、他に理由があるのか?」
『自分のためだけを考えるなら喜んで協力していた』
さっき四葉が言ったことだ。
つまり、四葉には別の理由があって転生を続ける必要があったことになる。
その理由とは……
「ある人を救いたかった。それだけだよ」
四葉は短くそう言って、口をつぐんだ。
それ以上は何も言いたくないと、目が語っていた。
どう見ても詳しい事情を話す気は無さそうだ。
それに四葉が浮かべている表情も複雑なものだった。時間のループに囚われて苦しんできたのに、それを捨てて誰かに捧げることを誇りでもあり、苦痛でもある。
いっそこうして誰かにバレて、全て話してしまいたかった――そんな心境すらも垣間見えた。
事情はわからないが、人狼が中途半端に動いていた理由も、少し納得できた気がする。
「そうか。正直に話してくれてありがとな」
四葉は人狼だった。
だが俺は彼を憎めそうになかった。
友人が、気の遠くなるあいだひとりで苦しんで悩んで出した結論が、たまたま俺たちと対立するってことに繋がっただけ。
そう思うことにしよう。
「それで七色くん。聖典はどうなったの?」
「さっき使った」
「じゃあ、儀式は……?」
「どうだ零? まだ行けそうか?」
「儀式陣には使えそうにないな」
深くため息をついて首を振る零。
運命の時間まで、あと数分を切っていた。
四葉はまた複雑そうな表情を浮かべた。喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないような微妙な表情だった。
「……悪かったね音無くん。探偵が助手を騙すような真似をして」
「なにを謝る? 今回はイレギュラーにしてやられただけで、君の妨害など誤差の範囲内だった。それに次の世界線の僕は、君の事情も最初から把握しているだろう。次こそ僕は、君たち三年二組を――」
と、まるで今回の運命がすでに決まったかのように言う零と四葉。
確かに聖典は使ってしまって、儀式陣の発動にはリソースが足りないだろう。クラスメイトたちも散り散りになってしまって、グラウンドに残っているのは俺たちだけ。
もう手は残されていない――が。
「なあ零、つまり神の権能から俺たちの姿を隠せればいいんだよな?」
俺は自分の体からあふれ出る霊素を眺めながら、聞いた。
「ああ。だが儀式として成り立たせることが出来ない以上、そのような大規模な術式を施すことはできない。それこそ権能が必要だろう」
「俺がやってみるよ」
儀式としてできなくても、同じ術効果を成立させればいい話だ。
幸運にも、聖典が俺自身を強化してくれている。
まるで異世界にいるときのように霊素も操れるいまがチャンスだ。
クラスメイトたちに姿を隠す概念を付与したいというのなら。
やるべきことは一つだけだ。
俺は霊素を手繰り寄せて、ひとつの術式を丁寧に構築していく。
「悪いな四葉。おまえがどんな想いで、誰のために戦ってきたのかはわからない。それがどんなに大変で辛かったことか、俺にはきっと理解できないだろう。だから先に謝っておく。俺を憎んでも良い、どんな言葉で罵っても良い……それでも俺は、俺の大事なもののためにすべてを賭けてきた。いままでも、これからもな」
「楽……なんだソレは!? その壮大な術式は!?」
零が珍しく声を裏返した。
あの師匠ですら理解できないと公言していた、俺独自の術式。
概念の創造は、俺の得意分野だ。
「『伝承顕現――天の岩戸』」




