覚醒編・25『異形の怪物』
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「『エアズロック』」
なんの前触れもなくナイフを取り出して飛び出したのは、獣王国の兵士――猫人族の中年男性だった。
だがエルニネールの『危機察知』に引っかかり、飛び出した姿勢のまま固定されていた。どれだけ不意を突こうがエルニネールの隙をつくことは不可能なのだと、ミレニアはあらためて感心した。
間髪入れず、女王が慌てて叫んだ。
「す、すぐに彼を捕えなさい!」
「「はっ!」」
部下の兵士たちが駆け寄って同僚の男を抑え込もうとすると、
「『魔力同化』」
するりとエルニネールの拘束から抜け出した猫人族の男。
あの『エアズロック』から抜けるなんて並大抵の能力ではない――が、シンプルに反応が遅い。
地面に着地した男に兵士たちが飛びかかって、彼を地面に押さえつけた。
多勢に無勢。
だが彼は地面に拘束されながらも、何かを唱えた。
「『毒素融合』!」
「「「ガハッ!?」」」
なぜか血を吹き出して倒れる兵士たち。
男は倒れた兵士たちを押しのけて起き上がり、そのままルルクたちへ向かおうとしたが……その時にはすでに、ミレニアのスキルが発動していた。
「甘いわ」
「うっ」
直立し、顔を上に向け、ナイフの切っ先を自らの喉に押し当てる猫人族の男。
もちろん自分の意思ではない。
「『生成操想』……それに、ヒヒイロカネの鋼糸も味わっておけ」
ミレニアが男の動きと言葉を封じた。
リリスもルルクたちの周囲に次元結界を発動させていて、エルニネールも因果を操る魔法をいつでも発動させる準備ができているようだった。
これで盤石だろう。もしギルティゼアと同等の力を持っていても、ここから抜け出すのは容易ではない。
だがそこまでの相手ではないようで、男は動こうと抵抗するが何もできないようだった。
ミレニアは後ろを振り返った。
「さて、女王よ。こやつの素性を聞いてもよいかの?」
「も、申し訳ございません賢者様。この者は国兵団のひとつ、ハート部隊の一般兵ビベルディオです。二十年ほど前から仕えておりますが……」
動揺しつつも、鋭い視線をビベルディオに向ける女王だった。
昨日はギルティゼアが研究者に化けていたこともあって、本当にビベルディオ本人かどうか探っているのだろう。時間をかけて質問をすればわかる――そう言いたげだった。
だがいまは悠長にしている時間はない。名前だけでもわかれば十分だ。
ミレニアは言葉を発せられる程度には拘束を緩め、問いかけた。
「さてビベルディオとやら、そなたの本当の素性を明かすがよい。抵抗すれば……どうなるかわかるな?」
ミレニアが指先を動かすと、ビベルディオはナイフを落とし、自分の手で逆の手の親指を捻じ曲げ、折れるギリギリのところで止めた。ミチミチと肉が裂けていく音が聞こえる。
「……っ!」
「抵抗は無意味じゃ。指が使い物にならなくなる前に、なぜ斯様な暴挙に出たか話せ。手短にの」
なんとか逃れようといているのか、視線を忙しなく動かすビベルディオ。
だが無駄だと悟ったのか、引きつった笑みを浮かべた。
「く、くくく……さすがは賢者ミレニア。ギル様の計画を長年妨害しつづけてきた怨敵だけはある」
「なるほど。おぬしも【悪逆者】の一員か」
さして驚くことではない。
レクレスが何百年もこの国に潜んでいた以上、他にも【悪逆者】の手先が潜伏している可能性が高いと、ミレニアはあらかじめ女王に伝えて警戒させていた。
序列の高い幹部クラスではなくとも、連絡役などの存在はいるのではないか、と。
どうやら予想は当たっていたようだ。
「いかにも。私は序列第11位のビベルディオ。ギル様の忠臣である」
「11位か。妾が戦ってきた者たちより随分と戦い慣れておらんのう」
「……ふん、序列や戦闘力に意味などない。私はただ、ギル様と御大の手駒であれば十分だ」
あからさまに睨んでくるビベルディオ。使徒にしては弱いし、それがコンプレックスなのかもしれない。
もし創造神や上位神の権能があれば、ミレニアの『生成操想』からも抜け出せる可能性があるが、下位神の使徒なら、経験上それはほぼ不可能だ。
それに対象に触れない限り権能を使えないようだし、使徒としては経験が浅いのだろう。
とはいえ警戒は維持しつつ、尋問を続ける。
「なにが目的じゃ? まさか、力づくでルルクたちを葬れると思うたか? そのギル様とやらが失敗した尻ぬぐいができると思うほど愚かではあるまい?」
「無論よ。だが、何事にも油断はつきものだと知っていたのでな……結果は見ての通りだが」
「ではなぜ暴挙に出た。返答次第では左腕が飛ぶと思え」
鋼糸を操作し、ビベルディオの左腕を絞めつける。
皮膚に血が滲み、ビベルディオの顔が苦痛で歪む。あと少し力を籠めればあっさり切断されるだろう。
脅しが忠誠心の高そうな相手に意味をなすかは疑問だが、早く口を割らせるために冷酷に徹していたミレニア。
ビルべディオはそんなミレニアを真っすぐに見つめ、含みのある笑みを浮かべた。
「くくく……ひとつ教えておこう賢者よ。我が神の権能は『融合』。私もまた、あらゆるモノを融合させる能力をもっている」
「珍しい権能じゃのう。だが珍しいだけじゃ。妾の脅威とはならん」
「ふっ、確かにこの力が偉大なる御大の役に立った試しはない。……だが私は稚拙ながらも神秘術士でな。ゆえに、この大きな機を捉えることができた」
そしてビベルディオは、ゆっくりと目を閉じて祈るようにつぶやいた。
「さらばだ賢者。そして偉大なる御大よ、いずれあなた様の宿願が叶うことを心から願っておりますれば――『魂魄融合』」
「……は?」
権能を発動させた瞬間、ガクンと全身から力が抜けたビベルディオ。
反応がない。気配も消えた。
『生』を司るスキルを持つミレニアは、その意味を一瞬で理解した。
「し、死におった……」
意味がわからなかった。
自決にしては潔すぎた。だが権能を使ったため、何をしたのかまったくわからない。
そもそも違和感だらけの行動だった。まるで元からミレニアたちに捕まっても良いような、そんな動きだったのだ。
一体何が……と困惑していると、リリスが何かに気づいて声を上げた。
「ミレニアさん、大変ですっ!」
「どうしたのじゃ」
「術式の一部が勝手に書き換わってます! たぶん、リリたちが用意した世界樹の通り道が使われて……えっ、うそっ!?」
「何があったのじゃ!?」
ミレニアが問いかけると、リリスは震える声で言った。
「お……お兄様たちの世界に、魂がひとつ送り出された形跡がありますっ!」
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音無零という男について、俺が知っていることを話そう。
生まれながらに目が視えず、さらに難病を抱えてこの世に生を受けた不遇な男だ。
とはいえ盲目に関してはあまり気になったことはない。零は昔から、音や匂いを頼りに周囲の状況を的確に判断することができていた。
苦手なものは小さな段差で、逆に階段や坂道で転げたのは見たことがない。
幼少期からおしゃべりで元気なやつだった。難病で足が動かなくなるまでは活発なごく普通の男の子と言っても過言じゃなくて、公園の噴水でフルチンで水遊びをしたり、地域の合唱団に入ったりと、それなりに活動的に遊ぶのが好きなタイプだった。
元々頭はすこぶる良かったのだが、いきなり大人びたのは中学で占いにハマってからだった。
何やらタロットや占星術を勉強し始めたと思ったら、一気に知識量が増えて小難しいことを言うようになったのだ。
いま思えば、それが数多の世界線の情報を得たタイミングだったのだろう。
それから学校という環境を利用して、神秘術を磨き続けてきた。
すべては俺たちの転生を止める――そのために。
「いいか楽。昨日話したとおり、正午の五分ほど前から君たち三年二組のメンツの周辺の霊素が一気に膨張する。まるで世界が定めた運命を体現しようとして、地脈が君たちを標的にするようにな。だが君は気にせず『聖典』を使って術式の起動準備に移れ。僕の儀式陣が発動すれば、地脈から全員隠れることが出来るだろう」
「ああ、わかった」
現在時刻は11時40分。
グラウンドではすでにクラス写真の準備が始まっていた。集合写真用の舞台が組まれ、カメラマンが三脚を設置してカメラの設定を始めていた。
まずは三年一組、その次が俺たち三年二組の撮影だ。
すでに一組のメンツは舞台付近でたむろしているので、このまま予定通りなら正午には俺たちの撮影が始まるだろう。
俺と零、それと萌々香は、校舎の陰でじっと周囲を観察しながら時間が来るのを待っていた。儀式陣の最終チェックは零が終えており、あとは全員が儀式陣の上に立ったら発動するだけだ。
「それにしても、人狼の妨害は予想よりも控えめだな。イケメンたちを利用したのが最後の望みって感じなのか……」
「零先輩が言った通り、迷ってるのかもしれませんね」
「そうだな。このまま動かないでくれるとありがたいんだが……」
勿論これで終わりとも限らない。人狼の本当の目的がどこにあるのかも不明なので、動きが想定しづらいってのもある。
ひとまず一神や鬼塚たちは、グラウンドの近くでクラスメイトたちと談笑している。一神はさりげなくより多くのクラスメイトに話しかけて、近くにいるように誘導してくれている。
鬼塚もいつもなら男に話しかけられても無視するのだが、今日は不愛想にしながらも会話相手になっていた。なんだかんだ言っても真面目なやつだ。
九条は後輩含めた女子生徒たちに囲まれているが、チラチラと周囲を観察するのも忘れていない。クラスメイトの輪のなかに憐弥や橘もいる。
「……ん?」
ひっきりなしに足元を確認していた零が、眉根を寄せたのはそんな時だ。
「どうした」
「おかしい。想定よりも地脈の活性化が早すぎる」
「もう? まだ五分前まで時間はあるぞ」
「うむ。これはいままでの76回の知識では起こったことのない変化だ……いや、何だこのパターンは! 準備しろ楽、何かが起こるぞ!」
零が叫んだ瞬間だった。
ドッ!
と、無音の衝撃が真下から突き上げた。
地下の奥底にあるという地脈から、本来地表にはほとんど存在しないはずの霊素が溢れ出した。
間欠泉から吹き出す温泉のように、膨大な量の霊素が打ち上げられた。
霊素が視えないほとんどの人間は気づかない。
だが俺と零、そして一神はとっさに上を見上げた。
噴き出した霊素は、そのまま上空でとぐろを巻くように大きく蠢いて――
「落ちてくる!」
塊となって、降ってきた。
だが途中で軌道を変えて、とある一点に吸い込まれるようにして集っていく。
霊素が吸い込まれていたのは、クラスメイトたちの輪から少し外れたところ。
何か真剣な表情でスマホを触っていた小柄な少年に、霊素が収束していく。
「あれは――四葉!?」
四葉幸運だった。
大量の霊素を浴びて、四葉は立ったまま大きく痙攣を起こした。
二度、三度と体を震わせながらスマホを落とす四葉。
そして――
「……う。ここはどこだ? いやこの体は……」
ゆっくりと周囲を見渡す四葉。
その視線は、まるで初めてこの景色を見たかのような好奇に満ちていた。
四葉の様子がおかしい。なんだいまのは。
すると近くにいた一神が、クラスメイトの輪を抜けて四葉に駆け寄っていた。
心配そうに顔を覗き込む。
「四葉くん大丈夫!? 体、なんともない?」
「四葉……? くく、そうか成功したのか。やりましたぞ、私は成し遂げましたぞ御大!」
「ど、どうしたの……?」
いきなり叫んだ四葉に驚く一神。
四葉はそんな一神を気にもせずに、周囲を見回していた。
「だが人が多いな。せっかく目的地に着いたのに、標的を絞ることはできんか……まあ良い。わからぬならば、全員殺せばよいだけだ」
四葉は――いや、四葉の中にいる何者かは、おもむろに自らの体から漏れ出る霊素を操作し始めた。
神秘術士が憑依したのか!?
「『眷属召喚』」
霊素がうねり、術式が発動する。
その瞬間、グラウンドに巨大な肉の塊のようなものが出現した。
「えっ」
「き、きゃああああ!」
「うああああ! なんだあれ!?」
すぐに生徒たちが気づいて、叫び声がそこら中から上がり始めた。
なんだ、アレは。
まるで無数の動物の体をまとめて丸め、巨大な手足をつけたような見た目だった。
この現代日本において見ることは決してない異形の怪物。
それを眷属として召喚したとなると、四葉の体に入り込んだ正体不明は、まず間違いなくこの世界の人間じゃない。
「一神離れろ! そいつは四葉じゃない!」
「う、うん!」
すぐに逃げてくる一神。
そんな俺たちを意にも介さず、四葉に憑りついた正体不明は肉の塊まで歩いていくと、その足に触れてつぶやいた。
「さて我が愛しい合成獣よ、本来の姿に戻り給え――『融合解除』」
その瞬間、肉の塊が弾け、百を超える魔物となったのだった。
あとがきTips~ビベルディオ~
〇『融合』の使徒・ビベルディオ
猫人族の男・51歳。『融合』の権能を操る使徒にして【悪逆者】の第11席。魔術、神秘術ともに一般的な腕前で、スキルも持たず戦闘力は低い。使徒としての経験も浅く、権能も触れた対象にしか発動できない。
ギルティゼアの部下の一人で、獣王国の兵士として二十年前から潜んでいた。【悪逆者】のなかでは新参者であり、まだ信用されておらず密偵の仕事しか与えられていなかったが、今回チャンスとみて独断で動いた。いわゆる自ら捨て駒となった男。
〇『魂魄融合』
召喚陣により〝異世界との通路〟が開いた瞬間、好機と見て自らの魂を術式に融合させ、世界を越えた。すなわち完全に肉体を捨て(即死)、権能を使って異世界に転生したのである。捨て身のモブとしては、かなりの賭けを成功させている。
ちなみに四葉幸運の体に憑りついたのは、他の誰よりも縁があったから。詳細はいずれ本編にて。




