帰郷編・24『だって片想いなんだもの』
卒業式までは、拍子抜けするほどつつがなく進んだ。
ホームルームから卒業式まではおおむね記憶通りで、この後に運命の分岐が待ち構えていると知っている一神や鬼塚でも、やはり特別感じるものがあって何度も感傷に浸っていた。
わかっていることとはいえ、別れは寂しく感じるものなのだ。
俺と言えば多少マシになったものの、これまでの過去は裏切らずクラスでは浮いているので、最後の担任の挨拶を終えたあとも窓際の席でぼうっと外を眺めていた。
ブレザーの内ポケットに忍ばせた聖典を何度も確かめ、儀式の手順を頭の中で反芻する。
そんな俺に話しかけてきたのは山柿だった。
「よう七色。卒業式ってのにシケた面してんなぁ」
嘲るような口調の山柿。
しかし、これがただのツンデレであると知ったいま、なかなか可愛い行動だと思ってしまう俺がいる。ニヤニヤ。
「な、なに笑ってんだよ」
「別に。おまえには長いこと世話になったな、山柿」
「あ? らしくねぇこと言うんじゃねえよ……」
照れてやんの。
俺が無事に向こうの世界に戻れたら、こっちに残る俺には異世界の記憶があるのだろうか。
いざそうなってみないとわからないが、転生前の俺も山柿のことは嫌いじゃなかったので、いまのうちに頼んでおこう。
「なあ山柿、おまえって大学行くんだっけ?」
「ナメてんのかよ。おまえと同じ大学だっつーの」
「そうだったのか。じゃあ、これからもよろしくな。俺はおまえと友達になれて本当に良かったと思ってるから」
「ばっ……こっぱずかしいこと言うんじゃねぇよ!」
顔を赤くして、逃げるように離れた山柿だった。
別にからかってるわけじゃない。本音だ。
こっちの俺の体にも少なからず山柿に対する恩と親愛の情が残っていればいいけど。
「……ん?」
そう考えていたら、何か妙な感覚を憶えた。
意識はここにあるのに、少しずつ自分の体が遠ざかっていくような違和感だ。
なんだろう。どこかで誰かが俺を呼んでいるような、そんな気がする。
決して恐ろしいものじゃなく、どこか懐かしいような温かい感覚だった。
「なんだこれ」
ほんの少しずつ、それが増していくのがわかる。
「始まったか」
「零? どうしてここに」
いつの間にか、うちのクラスに入ってきていた車椅子の幼馴染。車椅子を押しているのは萌々香だった。
萌々香は上級生の教室に入るのはやや緊張していたが、零はさも当然のような顔をして言葉を続けた。
「校庭へ向かうのは億劫なのでな。まったく、集合写真という文化は何度体験しても慣れない」
「一緒に行きたいってことね、了解。萌々香さんも零の世話頼んで悪いね」
「だ、大丈夫です」
そろそろクラスごとに集合写真を撮る例の時間が始まる。
正確に言うと、正午まであと三十分。
すでにクラスメイトたちも、バラバラと移動を始めていた。
「で、零。始まったって何が?」
「気づかないか。地下の霊素が活性化している」
「俺は地面の外に出てきた霊素しか見えないからな。活性化ってことは、例の運命分岐か」
「いや、それとは別口のようだ。今朝からずっと地下の奥底に流れる地脈が何かを探すように動いていたのだ。そしてどうやら見つけたらしい。楽、君たちをだ」
「俺たちを? どういうことだ」
「わからんが、おそらく地脈に干渉する何かが君と一神くんと、鬼塚くんを追いかけている。地脈付近で霊素を構成する動きが、君たち三人の足元でなにかの術式を構築している。まるで君たちを地脈の底へと引き込もうとしているかのようにな。ここにきてイレギュラーとは……何か心当たりは?」
「……わからん」
俺は首をひねる。
地脈っていうのは、霊素の根幹となっている霊脈と同じ世界樹の根のことだ。世界樹が俺たちを呼んでいるっていうのは考えづらいから、別の場所から俺たちを誰かが探しているとなると……
「まさか、あっちの世界の仲間たちか?」
「可能性はある。どうやら召喚式と似たような構成だ。これは外部から縁を繋ぐための術式だろうか? ふむ、非常に興味深い」
「そんなこと言ってる場合か?」
「さあな。発動すればどうなるかを見るだけで理解できるほどの能力は、僕にはないのでな」
つまり零にもどうなるかはわからないってことか。
とはいえ、召喚陣と似た構成ってことは、もしかするとあっちの世界で仲間たちが俺たち三人を召喚しようとしているのかもしれない。
本来、『召喚』は眷属や装備品など強い縁を持った対象しかできない。しかも縁があっても同格の存在の召喚は非常に難しく、上位存在となるとほぼ不可能だ。
ただ可能性はともかく、ミレニアやリリスが召喚術式を駆使して異世界から俺たちの魂を召喚する、って発想になってもおかしくはない。逆転生の術式を解析すれば、もしかしたら呼び戻す術式もわかるかもしれないしな。
なにより、あっちには術式解析のスペシャリストのリリスもいる。
上手くいけば、俺たちが何もしなくても向こうの世界に呼び戻してくれるかもしれない。
それはもの凄く有難いことなのだが、
「頼む、あと三十分は待ってくれ」
いま戻ってしまったら、零の計画に支障が出るかもしれない。
なんせ聖典を発動させるのは俺の役目だからだ。
「どうする零」
「慌てても仕方あるまい。こればかりは天に祈るしかあるまいが……楽、念のため我々もグラウンドに向かって早めに最後の調整をすべきだろう」
「そうだな」
俺はすぐに零の車椅子を押して教室を出た。
そんな俺たちに気づいたのか、一神と鬼塚と九条がすぐに追いかけて来た。
「待って七色くん。私たちも手伝うよ」
「つるぎもです」
気持ちは嬉しい限りだが、儀式の準備は終わっている。
あとできることと言えば、
「昨日話した通り、うまくクラスメイトを誘導して正午の時間とクラス写真の時間が重なるようにしてくれ。誰か一人でもグラウンドにいないとどうなるかわからないからな。あとそうだ、人狼が邪魔してくるかもしれないからその対処も頼む」
「人狼対策ね。わかったわ」
転生前の俺のように、桜の木の下でスマホを弄っているバカが出るかもしれない。
一神たちは力強く頷いて、俺たちを囲むように位置を変えた。しかも三人ともかなり真剣な表情だ。
三女神に護衛されるみたいな形になってしまったな。どことなく、居心地が悪い。
そう思っていたら、九条が唸りながら言った。
「でも人狼ってのは不思議だね。音無の邪魔をするって言ってもまだ一回だけなんでしょ? たった一回で諦めたってこと?」
「いや、何か仕込んでいるのかもしれない。そりゃ何か理由があって手を出せなくなったって思いたいところだけど――」
と、フラグじみたことを言ってしまった直後だった。
グラウンドに向かう道すがら、前方から駆けてくる人影があった。
「一神! 一神あずさ!」
見れば、イケメンBIG3の俳優くんだった。
かなり慌てた様子で走ってきて、一神にぶつかりそうなほど近さでギリギリ止まる。
「嘘だと言ってくれ! 君は俺たちの心のオアシスなんだ! 君が俺たちに笑顔を向けてくれなくなるなんて、そんな悲しいことはない!」
「え? ど、どうしたの?」
「一神さーん!」
一神が困惑していると、今度は横から走ってきたイケメンBIG3のアイドルくん。
俳優くんを肩で押しのけながら、
「駄目だよ! きっと気の迷いだよ! 僕たちのためにも考えなおしておくれ!」
「えっと、何が……?」
「一神ぃ!」
さらに後ろから駆け寄ってくる以下略のモデルくん。
アイドルくんの前に割り込んで、
「なんてことだ一神……お前が誰かの物になるって知ってたら、いっそオレがアプローチしてれば……っ!」
「だから何があったの? みんな、落ち着いて」
一神が三人を諫めると、少しだけ冷静になったのか前のめりの体勢をやめてお互いの顔を見合うイケメンたち。
俳優くんがスマホを見せて、
「誰かからメッセージが来たんだ。一神が、どこの馬の骨とも知れない男と恋仲だって聞いて――」
「僕にはもう婚約してるって来た! だから慌てて確認しにきて――」
「オレのとこには、一神の純潔がクラスメイトのモブ男に奪われたって。そんで――」
三人は声を揃えて、
「「「七色ってやつはどこだ?」」」
血走った眼を周囲に向けたのだった。
なるほど……そう来たか、人狼め。
俺はこっそりため息をついた。
直接邪魔するんじゃなく、イケメンBIG3を使って俺たちを引っ掻き回すとは。世間的にも有名人な三人だから、騒ぎが起こり始めたらいつ収拾がつくかわからんぞ、これは。
人狼のやつ、聖典を図書室に隠したことといいなかなか厭らしい妨害を思いつきやがる。
だが今回は俺の特技じゃどうにもならない。むしろ俺が出しゃばったら逆効果だろう。
この場をどう切り抜けるか――と悩んだとき。
「おい、この愚物ども」
すかさず言葉を挟み込んだのは零だった。
三人の血走った目がギロリと零を捉えるが、零は意にも介さず言葉を続けた。
「君たちともあろう者が、誰ともわからん者から得た情報を鵜呑みにするな。いつからゴシップ記事に右往左往するほど視野が狭くなったのだ」
「いやでもさ音無、他のやつも一神と七色の仲は怪しいって」
「そうそう。僕も知らなかったんだけど、一神さんが七色ってやつと特別な仲だってことは噂があったんだって?」
「オレもそう聞いた。このタレコミは嘘じゃないぜ」
そう主張する三人。
すかさず零はさも当然のような反応で、論点をすり替えた。
「まったく度し難い。君たちは仮にも芸能界に所属する身だろう? それが真実にしろ誤情報にしろ、君たちは標的にされる者の気持ちは理解に易いはずだが?」
「いや、でもよ……」
「それに何より、場をわきまえたまえ。君たちにとって今日がただの学生として振舞える最後の機会だとしても、祝いの場で騒ぎ立てるほど不躾な態度をとるのは、まさか本意ではあるまい?」
ド正論を叩きつけた零だった。
一神の恋の真相が大事なのではない。この日、この時に一神の前で騒ぐことが非常識だと、零は論点を絞って言った。
そんな風に真正面から全力でたしなめられて、ハッとして顔を赤くしたイケメン三人衆。
「わ、悪い……どうかしてた」
「ごめんね一神さん。僕、正気じゃなかった」
「すまねぇ。出直してくるよ」
すぐに反省して、慌てて踵を返す三人だった。去って行く背中がどこか寂しい。
この三人、相当イケメンだけど性格はまっすぐだ。性格の良いイケメンって実在するんだなぁ。
と俺が感心していたら、
「あ、待って」
呼び止めたのは一神自身だった。
軽く咳ばらいをして、振り返る三人に告げた。
「この際だからちゃんと言っておくね。私と七色くんは、付き合ったり婚約したり、ましてや体の関係を持ったことはないわ。噂に惑わされないで」
「あ、ああ」
「わかったよ」
「そ、そうか。それは良かった」
ほっと息をついてイケメンたち。
そんな彼らに、一神はあっさりと言った。
「だってね、私の片想いなんだもの」
「「「……え?」」」
ぽかんとするイケメンたち。
あまりにも純粋な笑顔で言った一神に、三人とも何も言えずに固まっていた。
もちろんイケメンたちだけじゃない。近くには他の同級生たちも大勢いたし、イケメンたちを追いかけて来た後輩女子軍団だっている。
そんな彼ら全員が、〝三女神〟の突然の告白に息を呑んだ。
衆人環視のなかキッパリと自分の心を告げた一神は、
「あ~あ。みんなの前で言っちゃった」
パタパタと自分の顔を手であおいで、照れたようにはにかんだ。
呆れて言うのは鬼塚。
「いまさらすぎるです。もともと隠せてなかったです」
「そうかな? ねえ、愛花はどう思う?」
「ん~……まあ気づく人は気づいてたかな」
「うそ? 私、そんなにわかりやすい?」
「顔に出過ぎです。地味男を見かけたらすぐ目で追うのは隠す気ないです」
「そ、そうだったんだ……」
そんな風に会話しながら、すぐに歩みを再開した三女神。
俺たちも観衆をすり抜けてグラウンドに向かう。
……助かった。
零の機転と一神の度胸のおかげで無事に切り抜けられた……けど、何か大事なものを失った気がする。
「で、七色。あずさはああ言ってるけど、あんたはどうなのさ」
九条が俺の肩を肘で小突きながら、小声でささやいてくる。
なぜ睨む。
俺は正直に答えた。
「わかってるから、簡単に答えが出せないんだよ」
「……そ。ちゃんと考えてるならいいよ」
これは強敵との戦いよりも、よっぽど難しい問題だった。
たぶんどれだけ強くなろうが存在位が上がろうが、まったく関係ないのだろう。
「楽、やはり僕が占ってやろうか。何も考えず僕の言葉に従えば幸せになれる……だろう?」
「うるせーよエセ教祖」
ほんと、どいつもこいつも。
大事な局面だってのに、人の色恋なんかを気にしやがって。
「つるぎが顔に出なさすぎなの!」
「ふん、心を諫める修行が足らんです。それかつるぎが鍛えてやるです?」
「え、鍛えられるものなの?」
「簡単です。まずはあずさの部屋の壁一面に貼ってある地味男の写真を剥がして――」
「貼ってないからね!? 全部机の中にしまってるから!」
まだ言い合っている二人。
だが二人とも楽しそうだった。
……まあ、それくらい余裕があった方が良いのかもしれないな。
俺は二人の掛け合いを眺めながら、つい笑みを漏らすのだった。
そんな俺の表情を、萌々香が長い髪の下から盗み見ていることには、気付かずに。
■ ■ ■ ■ ■
「――繋がりました! ミレニアさん、維持式の起動をお願いします!」
すでに夜も明け、陽も高く昇りつつあった。
ミレニアはリリスに呼ばれて、すぐに霊素を操作する。
夜を徹した作業により、召喚陣はほぼ完成と言ってよかった。本来、縁の強い仲間たちを召喚するためだけなら、ここまで大袈裟に準備しなくて良かった。
だが問題点は二つあって、ひとつはルルクが王位存在だということだった。
存在位が高い相手は召喚成功率が低い。同格のミレニアとエルニネールがいなければ、前提条件の起動術式すら構築が難しかっただろう。
もう一つは言わずもがな、世界を越えた召喚だということ。
召喚自体は可能だが、無数にある世界のどこにルルクたちがいるかを探る必要があった。これはルルクの眷属――セオリーとプニスケが触媒にならなければ不可能だっただろう。
想念法を用いて世界樹に接続し、占星術を併用してルルクたちの世界を探り繋げる。
霊素が膨大にある地脈直上にも関わらず、この工程だけで丸々一晩を要したものの、ついにリリスが条件を満たす世界座標を見つけたらしい。
ミレニアが座標を固定させると、召喚陣から霊素が溢れ出し始めた。
術式の奥――世界樹を通じて、とめどない霊素が噴き出してくる。
「な、なんという霊素の奔流! まるで地脈の中におるようじゃ」
「ミレニアさん、不要な霊素操作にご注意ください。術式が乱れては元も子もありません」
「誰に言うとるんじゃ。操作技術こそ、妾の得意分野じゃ!」
神秘術の賢者として誰にも負けないと胸を張れるのは、霊素の緻密な操作技術だ。
細胞ひとつよりも細かく霊素を操る精度で、ミレニアの右に出る者はいない。
そう自負しつつ、溢れる霊素のなかで必要な部分のみ使い続けていた。
――そのとき。
「『エアズロック』」
唐突に、エルニネールが魔術を放った。
「ん。むだ」
エルニネールの視線の先にいたのは、なぜかナイフを引き抜いて、倒れているルルクたちに飛びかかっていた獣王国の兵士。
空中で固められ、身動きが取れなくなった猫人族の男だった――




