帰郷編・23『イケメンって大変なんだな』
「終わったー」
「つ、つかれたね……」
「さすがに俺もこれはキツかったぜ……」
夜明けとほぼ同時に、なんとか儀式陣の下準備が整った。
グラウンドの片隅で寝転がるのは、俺、四葉、憐弥。
土を掘り返して儀式陣の溝をつくり、零が用意した触媒用の紙を埋め込み、その上からまた土をかぶせて蓋をした。
なかなかの重労働だった。
本来は萌々香ひとりに頼んでやろうとしていたらしいが……零よ、さすがにこれは女子ひとりじゃ無理だったぞ。
「そんなに疲れるものか? 土を掘るだけだというのに」
「知ってるか零……グラウンドの土ってな、すげぇ固くて重いんだ」
「ふむ。憶えておこう」
管理職が現場の大変さを知らないみたいになった。
ちなみに零も半刻前くらいに復活して戻ってきていた。体調も悪くなさそうでなによりだ。
まあ終わったことはいいとして、
「も~男子たちってば体力ないな~」
「「「おまえが言うな」」」
再開してすぐ見なくなったと思ったら、結局また宿舎で爆睡していたらしい橘。
終わる直前に戻ってきて、いまは一番元気だった。
「でも愛花のほうがまだまだ余裕そうじゃん」
「そうかな? あたしも疲れてるよ」
スコップを肩にかついでスポーツドリンクを口にするのは、文句ひとつ言わずに黙々と作業していた九条。
姉御、一生ついていきやす。
「七色先輩、おつかれさまです」
そこに小走りの萌々香がタオルとスポドリを持ってきてくれた。
ペットボトルをあけて一気に飲み干す。くぅ、労働の後のスポドリは効くぜ。
「あの、ええと、先輩汗が……」
「拭いてくれるのか。さんきゅーな」
「えっ……は、はいっ、がんばりましゅ……」
ソロリソロリと、タオルを俺の首筋にあてがう萌々香。
拭くというより吸い取るみたいな慎重さだ。
……あ。
「悪い。男の汗なんか拭きたくないよな」
ダンジョン生活では、仲間たちと体を拭くだけで済ませることが多かったから、そのノリで頼んでしまった。
離れようとしたら、萌々香は慌てて首を振った。
「あの、べ、べつに嫌じゃないです。わたしもこれくらいしないと……むしろ、させてくださいっ」
「お、おう。なら任せるよ」
ぐっと距離を詰めてきて、さっきよりもやや強いソフトタッチで汗を拭いてくれる萌々香だった。
仲間以外の女子とここまで近づいたのは初めてかもしれない……俺、臭くないかな?
「ふーんモテるんだねぇ七色くんは。あ~、僕も可愛い女の子に世話焼かれたいな~もう疲れちゃってぇ~全然動けなくて~」
寝転んだまま厭味ったらしく睨んでくるのは四葉。
そんな四葉に近づくのは憐弥。
「ひがむなって。俺が拭いてやるからよ」
「いらないよ! 何が嬉しくて男に汗拭いてもらわなきゃならないの!?」
「そう言うなって。俺たち、仲間だろ?」
「ゾワってした! 僕いますごい鳥肌立ってるよ!?」
にじり寄る憐弥から、脱兎のごとく逃げ出した四葉。
まだけっこう元気そうだな。
そんな風に戯れていると、校舎棟のほうから歩いてくる二人の影が。
「みんな~そっちは終わった~?」
一神と鬼塚だ。
「万端だ。そちらはどうだったね、一神くん」
「図書室も大丈夫。三時くらいには召喚も止まったし、こっちに霊素を繋ぐ準備もバッチリだよ」
「重畳。鬼塚くんもご苦労だった」
「つるぎには朝飯前です」
ちょうど朝日が昇ってきた。うまいこと言う。
ひと息ついた俺たちは、自然と零の周りに集まった。
全員が揃うと、
「諸君ら、よく手伝ってくれた。あとは僕に任せて君たちは普段通りの卒業式を過ごしてくれればよい」
「……普段通りの卒業式ってすごいワードだよね?」
「言うな四葉。音無の言葉にツッコんでたら身が持たんぞ。ほら見ろよ、幼馴染の七色なんて何も考えてないみたいな顔してるだろ」
「そうだぞ四葉。頭を空っぽにして言う通りに従うんだ。そうすればみんな幸せになれる」
「宗教じゃん。僕は入信しないからね?」
俺たちが冗談を言い合っていると、みんなが使ってたスコップをいそいそと集め始めたのは一神。
休むつもりがないのかな。まったく。
「一神、片付けは俺たちがやるから先に帰っていいぞ。他の女子たちもな」
「でも私、後半は見張りだったからまだ元気だよ?」
「そうそう七色くん。男女平等万歳、もっとジェンダーレスな社会にしようよ」
不満を唱える四葉。おまえは休みたいたいだけだろ。
俺は一神の手からスコップを抜き取りながら、
「今日は卒業式なんだし、髪とかメイクとかで身支度に時間が必要だろ? 女子のなかには美容室予約してるやつもいるんじゃないのか?」
「それはそうだけど……」
「なら遠慮はするな。そんでせっかく一生に一度の機会なんだから、俺たちに一番キレイな一神を見せてくれ」
「七色くん……っ!」
涙ながらに抱きついてきた一神。
いや、そんな感極まることか?
めでたい席の前に淑女の時間を多めにとるのは、貴族社会では基本中の基本だぞ。
他の女子たちにも目配せする。
「どうせ俺も零もこのまま宿舎に泊まるから学校にいるしな。ほら、とっとと帰った」
「さんきゅ七色! そうさせてもらうね〜」
「助かるよ。ありがと七色」
「ほらあずさ、帰るです。地味男の珍しい気遣いをムダにしてやるのはかわいそうです……てか、いつまで抱きついてるです! さっさと行くです!」
「あーん……ありがとね七色くん! またあとでね!」
去っていくクラスの女子たち。
東の空に朝日が見えてるので、心なしかみんな早足だった。
その背中を眺めながら、憐弥が四葉を肘で小突く。
「わかるか? これがおまえと七色の差だ」
「くっ。これがモテちから53万……!」
「ふざけたこと言ってないでさっさと片付けるぞ。シャワー浴びたらちょっとは仮眠したいしな」
「あっ、先輩、お手伝いします……」
俺たち男子組と萌々香は、道具を片付け始めるのだった。
宿舎でシャワーを浴びて布団で横になった時には、すでに六時を過ぎていた。
少しだけ迷ったが、やはり少しだけ仮眠を取っておくことにしたのだった。
「せ……先輩、起きて下さい」
「ん」
パチリと目を覚ます。
部屋にはすでに制服姿の萌々香がいて、俺の肩を指先でチョンチョンとつついていた。
ダンジョンで鍛えられたおかげで、一瞬で目が覚めた。転生前の俺とは大違いだ。
すぐに起き上がって窓の外を見る。
「おはよう萌々香さん。もう時間かな」
「はい。そろそろみなさん登校してくるかと……」
「起こしてくれてサンキューな。というかもう準備できてるってことは、萌々香さんは寝てないのか?」
「はい」
枕が変わったら寝れないタイプなんだろうか。
そう思っていたら、
「起きたかね楽。萌々香くんもおはよう」
「あ、レイ先輩おはようございます」
「はよー」
扉を開けて入ってきたのは零。
あれ? そういえば俺、寝る前にちゃんと鍵は閉めた気が……?
「楽、君はいま『寝る前に鍵は閉めたはず』と疑問に思っているな?」
「ああ」
「案ずるな。鍵を開けたのは萌々香くんだ。君が眠りに落ちてすぐ、複製したマスターキーでこの部屋に入っていてもらったのだ」
「えっ」
ツッコミどころが多い。
まずマスターキーの複製はどうやって……まあ零だから不思議じゃないか。うん。
それよりも、
「萌々香さん、ずっとここにいたのか?」
「あ、あの、勝手に入ってごめんなさい。さっきまではちゃんと鍵も閉めてましたし、全然これっぽっちも寝顔とか、見てないのでっ」
弁明する萌々香。
そこは心配してないのだが。
「いや零の指示だし萌々香さんに非はないよ。おい零、後輩に謝らせることなんかするな。つーか、なんでそんなことをさせたんだ?」
「〝人狼〟対策だ。もし人狼が聖典を狙っているなら、僕か君の部屋を訪れると思ってね。誰か来ないか中で見張っててもらおうと思ってな」
「俺の部屋で? だって人狼は俺が聖典を持ってるって知らないだろ?」
「あの場にいた者以外が人狼なら、な」
零は極めて冷静に言った。
「人狼探しについては僕も複数の仕込みをしている。君が寝ている間に狙われたとすれば、人狼は昨日のメンツの中にいる事がわかるだろう?」
「あいつらを疑ってたのか? 隠す気がなさそうだからてっきりあのメンバーは全員シロなんだと……」
「無論疑っている。確実にシロと言えるのは僕と君、そして萌々香くんだけだ。あえてあの場の全員に教えたのは、牽制のためでもある。もし人狼がいたとしても、楽を狙えばあのメンツに人狼がいたと白状しているようなものだからな。かといって僕を狙っても意味がない……人狼自身にそう自覚させるためでもある」
「なるほど策士だな。ちなみに萌々香さん、誰かここに来た?」
「いえ。誰も来ませんでした」
首を振る萌々香。
もし人狼が近くにいれば、寝ている間に盗み出そうとするのはあり得る話だった。鍵を閉めていても、どうにか入ろうと思えばできるだろうしな。
「零のほうには誰か来たか?」
「否。僕も静かなティータイムを過ごせた」
人狼は動かなかったらしい。
儀式を邪魔するにはキーアイテムを再び盗むのが手っ取り早い手段だが、あえて動かなかったのか、動けなかったのか……。
俺は枕元に置いてある聖典の箱を手にして、念のため中を確認する。
ちゃんと本も無事だ。
「あの……人狼さんは、もっと無理やり邪魔しようとはしないのでしょうか?」
心配そうな萌々香。
確かに、どうせ転生するならと思えば力づくで止めようと積極的に動くかもしれなかった。
零は首を振った。
「人狼がもしこの世界線の結末のみを目的としているなら、確かにもう少し力任せにしてもよいかもしれんがな。人狼も世界線の分岐を知っているはずで、同じように僕が情報を次の世界線に引き継げると気づいているだろうし、正体を明かさないように慎重な可能性もある」
「ってことは、人狼の目的は今回の世界線に限らないってことか」
「いや、あくまで可能性のひとつだ。僕の推測ではもう一つの可能性の方があり得ると思っているが」
「もう一つって?」
「人狼は迷っている。僕たちの邪魔をすることが正しいのか、判断し切れていないのだと思う。つまり悩んでいるのだ」
「悩む、か」
確かにそう考えてみれば、聖典を盗んだ時にわざわざ手紙を残す必要はなかったはずだ。
それに盗んだ聖典を黙って燃やすだけでも、零の計画は詰んでいたはず。
なのにわざわざ図書室に持ち込んで隠したってことは、
「もしかして、本当は邪魔するつもりはないとか?」
「いや。心理学的の見地からすると、『邪魔したい自分』と『邪魔したくない自分』が同時に存在していると思われる。あるいは転生させることで得られる利益と、転生を防げたことで得られる利益、そのどちらも人狼にとって無視できないほど大きいものである、と」
「利益か。まあ転生することを知ってたら、転生自体が利益になるやつもいるか。でも死ぬのは怖いのとこっちでも成功する可能性はあるし……で悩んでるとか?」
例えばあっちの世界で成功したおかげで逆転生を望まなかったやつらにとっては、転生は止めて欲しくないかもしれない。
もしそうだとすれば、人狼の候補はかなり絞れる。
「ちなみにあっちの世界で逆転生を拒否したのは、橘、山柿、桜木、小早川だな。この四人には転生する動機が明確にある。あっちの世界の方が良い! って言い張ったやつらだからな」
「ふむ……推測動機から犯人を絞るのは視野狭窄になりやすいが、参考にしておこう。ちなみに楽が把握している限りで、その四名の立場や人生を教えてくれるか?」
「わかった」
俺は山柿の性転換事情だけは伏せ、四人の転生後のことを簡単に話した。
小早川とは直接話したわけじゃないので、あくまで憐弥たちに聞いた話だが。
ひととおり話し終わると、零はまた深く考え込み始めた。
その沈黙を破ったのは意外にも萌々香だった。
「あの……ふと気になったんですけど」
「どうした萌々香くん」
「転生後に理由があるんじゃなくて、転生前に理由があるのは考えられませんか?」
「転生前? 例えば?」
「い、いじめられていた……とか」
「なるほど、一理ある」
転生後が充実していたからではなく、こっちの世界に嫌気がさしていた場合、などか。
「楽、君の目から見てクラスで孤立していた者はいるか?」
「俺が知ってるのは……俺くらいだな」
「ふむ。聞くまでもなかったか」
クラスメイトの顔も名前もろくに憶えていなかったボッチ。それが俺なのである。
零も失笑していた。
「萌々香くんの説も大いにあり得そうだが、検討材料が足らんな」
「すまんな、役に立てずに」
「気にする必要はない。どちらにせよ先入観は持たない方が良いだろう。それよりもそろそろ準備を始めた方が良い。あと三十分もせずにホームルームが始まる」
もうそんな時間か。
俺はあくびを噛み殺して、乾かしていた制服に着替え始める。
萌々香が慌てて後ろを向いたとき、そういえば萌々香は仲間じゃないことに気づいた。
なんというか、萌々香はやけに慣れ親しんだような距離感を憶えてしまうのだ。ほぼ初対面のはずなのに。
とにかく俺が制服に着替えると、すぐにロビーに向かった。
ロビーは談話室のようになっており、そこのソファに四葉が眠そうな顔で座っていた。
「おはよー。ほんと君たち仲良いねー」
「そうか? おはよ」
「おはようございます」
挨拶をして零の車椅子をソファの隣に。
すぐに管理人がやってきて、零と体調や薬の話をし始めたので、俺はそのあいだに洗面所で顔を洗って歯を磨いておく。少しだけ小腹が空いたかもしれないが、まあ気にならない程度だ。
ロビーに戻ってくると、零たちはすでに玄関で出発の準備をしていた。
だが開け放した扉の前で、四葉がまるで探偵のようにこっそりと外を覗いている。
「どうした四葉?」
「すぐそこでイケメンBIG3が後輩たちと撮影会をしてるのさ。こっちを背景にしてるから、なんとなく出づらくてね。僕もそれなりに顔が良い自負はあるけどさ、あいつらと比べたら月とスッポンだからね。写り込みたくはないよね~」
ほんとだ。
アイドル、俳優、モデルの超絶イケメン三人衆が、数十人の女子に囲まれて写真撮影をしていた。黄色い声が飛び交い、花やらプレゼントやら抱えきれないほどのものをもらっていた。
いつも思うが、イケメンって大変なんだなぁ。
「まあ気にすんな。いまはAIで背景の人なんて自然に消してくれるから、俺たちの存在なんて気にも留めてなはずだ」
「それはそれでなんかヤだ。僕だって一応有名なんだよ?」
「目立ちたくないのか目立ちたいのかどっちだよ」
四葉のワガママに付き合う必要もないので、俺は迷わず零の車椅子を押して外に出た。
ほら見ろ、誰も俺たちのことなんて気にしちゃいないだろう。
ちょうどそのとき、
「あ! 七色くーん!」
校門のほうから一神が歩いて来ていた。
髪をハーフアップにしていて、綺麗に化粧もしている。
俺たちを見つけて小走りになった一神。なぜかその周りに、キラキラしたエフェクトが見える……晴れ舞台ではいっそう眩しいやつだ。
しかもその手には大きな花束が抱えられていて、それがより一神の神々しさを増している。
「い、一神!?」
「あの花、ま、まさか俺に!?」
「いや、僕だろ!?」
そんな一神に気づいて、デジャブな反応を見せたのはすぐそばにいるイケメンたち。
一神に近づこうと、まとわりつく後輩たちから抜け出そうとする――が、まるでカリブ海の嵐のように立ち塞がる後輩女子の波。
さあ、イケメンたちは乗り越えられるかこのビックウェーブを!
とまあ冗談はさておき、
「おはよ」
「やあ一神さん。さっきぶりだね」
「おはよう四葉くん。萌々香ちゃん、音無くんも」
「おはようございます」
「うむ」
「……それで、どうかな? 七色くん」
少しだけ恥ずかしそうにして、俺の前で立ち止まる一神。
そのキラキラエフェクトをどうやって出しているのか聞きたいところだが、そうじゃないだろう。
俺はサムズアップしておく。
「キレイだぞ。バッチリだ」
「えへへ。ありがとっ」
満面の笑顔を浮かべた一神。
すると四葉が俺と一神を交互に見て、大きなため息をついた。
「あーはいはいごちそうさま。というか一神さん、その花は何? 随分と高そうな花束だね」
「校門のところで芸能事務所の人たちから貰ったの。ご卒業おめでとうございます、って」
「一神さんって、どっかに所属してたっけ?」
「ううん。色んな所から誘われてるけど、入る気はないよ」
芸能界にはまったく興味はなさそうだった。
「そうそう、四葉くん探してる記者の人もたくさんいたよ。何か事件が起こるんじゃないかって、楽しそうに話してた」
「うへぇ。卒業式の日くらいは放っておいて欲しいもんだよ。メディアも事件もね」
勘弁してよ、と首を振る四葉だった。
まあ事件は起こるんだけどな。
そんな雑談を交わしつつ、歩いて一号棟に向かう俺たち。
「ん?」
二号棟の横を通り過ぎるとき、零が不意に首を下に向けた。
校舎の下に顔を向け、眉根を寄せている。
「どうした零?」
「……いや、なんでもない」
すぐに視線を戻した零。
何か言いたそうな表情を浮かべた気がしたが、すぐにいつも通りの平静な表情に戻っていたのだった。
こうして俺たちは卒業式の日を迎えた。
運命の正午まで――あと3時間。




