帰郷編・19『転生という現象』
いやぁ良い湯だった。
もしこれが転生前の俺だったなら、クラスメイトと風呂に入るなんて想像もしなかっただろう。
修学旅行のときですら、同じ部屋の山柿たちの誘いを断って、部屋の小さなシャワーで済ませていたからな。
「にしても七色くん、意外と鍛えてるんだね」
大浴場から戻る道すがらだった。
俺の隣で、零の車椅子を押しているのはジャージ姿の四葉幸運。
同じくジャージ姿になった俺の体を、服の上からまじまじと見てくる。探偵の好奇心だろうか。
「健康のための必要最低限だけどな。四葉、おまえこそ小さいのにムキムキじゃないか」
「僕も自己流で鍛えてるからね。一応、探偵って呼ばれてるしさ」
「……まさかロンドン式日本武術じゃあるまいな?」
「鋭いね。柔道、空手、杖術。色々組み合わせて、それなりに再現してるのさ」
「やっぱ空想武術かよ」
かの名探偵もビックリだ。
もっとも架空の自己流武術だからといって弱いと決めつけるのは良くない。あらゆる武道や流派を越えたものが最強の武芸――すなわち鬼想流に通じるのだ。俺は鬼塚にそう教わっている。
自己流バリツがどんなものか、一度見てみたい気もする。鬼塚に言えば嬉々として戦いそうだ。
「僕も〝日本最強の女子高生〟とは、一度手合わせしてみたいんだよね」
四葉もワクワクした表情で言った。
それなりに強い自信はあるだろう。
が……正直なところ、本気でやればボコボコにされるだろう。
とはいえ上を目指す武術家には無粋なことは言わぬが華だ。結果がすべての世界に外野がとやかく言う必要はない。
そう思っていると、零が口を挟んだ。
「やめておきたまえ名探偵。僕の占いによると、君は単身での勝負ごとには非常に弱い性質だ。君のような典型的な巻き込まれ型は、誰かの助力を伴った途端に強さを発揮できることが多いが……残念ながら格闘技に助手はつけられまい?」
「わかってるよ。冗談だよ、冗談」
そう言いつつも唇を尖らせる四葉。
「でも七色くんはどう思う? やっぱり僕じゃ勝てないと思う?」
「そうだな……参考までに、俺も鬼塚と手合わせすることがあるんだが」
「どう? 勝てる?」
「まさか。例えるなら、両手両足を縛って目隠しレベルのハンデをもらってようやく戦いになる、くらいの差がある」
「……ほんとに? そんなに強いの?」
「強いなんてもんじゃないぞ。あいつ、剣道で全国三連覇したけど、そもそも鬼想流は剣術道場じゃないからな。家の方針で、相手をなるべく怪我させない防具付きの武道でしか戦わせてもらえなかったらしい」
ナギはいつも刀一本で戦っているが、それは『凶刀・神薙』以外を持てないからであって、本来の鬼想流はあらゆる武具を使いこなすことを前提とした武芸百般。
なんなら、そこらに落ちている枝とかでも魔物と戦えるだろう。だからこそ素手でも超強いのだ。
「そうそう。つるぎ、弓の腕もすごいのよ。愛花といつも良い勝負するんだから。まあ本人は『動かない的を狙って何が楽しいです?』って言うし、弓道は向いてないんだけどね」
「へ~弓も全国三位と同じレベルで……って一神さん、いつの間に?」
一神がすぐ隣にいた。
手には買い物袋をぶら下げている。
「時間が空いたから先に買い出しに行ってたの。私と愛花で夕食当番の予定だしね。七色くん、ほらみて」
「玉ねぎ、にんじん、じゃがいも……もしかしてカレーか?」
「うん。七色くんも食べたいと思って」
「さすが一神」
異世界ではなんとか米を手に入れたけど、カレーライスは食べていない。
たまにスパイスを仕入れて作ることはあっても、自己流だからかさすがに現代のスパイスカレーには遠く及ばなかったし、なおかついわゆる〝家カレー〟は転生してからずっと食べていない。
カレーとラーメンと寿司のどれかは食べたかったところだ。
これから夜通し準備だし、ちょうど腹も減ってきた。
「ほらよ」
「ありがと」
俺は手を差し出して、買い物袋を受け取った。
人数分の材料だからか予想通りけっこう重い。
すると手ぶらになった一神は、キョロキョロと周りを見回して他に誰もいないことを確かめてから、俺の腕に手を絡めてきた。
「えへへ。役得~」
「あんまくっつくなよ。歩きにくい」
「はーい」
「……え? 君たち付き合ってんの?」
目を見開く四葉。
俺たちは声を揃えて、
「「付き合ってない」」
「え? その感じで? どゆこと??」
「聞いてやるな四葉くん。人それぞれ適切な距離感というものは違う」
「そういうレベルじゃなくない? ……え、なんで三人とも首かしげてんの? 僕がおかしいの!?」
焦る四葉。
人それぞれ適切な距離感は違う。うん、良い言葉だな。ぜひとも全人類に知っておいて欲しいセリフだぜ。
「てか一神。『高校生らしい距離感と節度』はいいのか?」
「音無くんと四葉くんだけなら大丈夫かな~って」
「ま、こいつらならむやみに口外しないだろうが……」
「なにその信頼!? 僕、君と今日はじめてまともに喋ったんだけど!?」
「だってほら、探偵は人の秘密をベラベラ話すような…………いや、話すな。しかも人を集めて。すまん、おまえは人の秘密を話すやつだった」
「探偵ってそういう役回りだからね!? 僕の性格みたいに言わないで!?」
半泣きになる四葉。
からかうのはこれくらいにしておこう。
「ま、俺たちのことは気にするな。スキンシップに慣れた仲だって思ってもらってればいい」
「そうそう。私も別に恥ずかしいとか思ってないし……」
「それはダウト。一神さん、頬赤いよ」
「こ、これはお風呂上がりだから……」
「君たちはもう一時間も前に上がったでしょ。ふふ、探偵に嘘は通じないよ」
ニヤニヤした顔で言われて、さらに顔を赤くする一神だった。心なしか俺の腕に絡める力が強くなった気がした。
そのとき、前方に人影が。
「悪いお前ら、待たせたな。なんだ四葉もいるのか」
憐弥だった。
私服に着替えて、片手にコンビニの袋を提げている。
どうやら私用は終わったらしい。
憐弥はコンビニ袋を掲げて、
「アイス買って来たからあとで食べようぜ。四葉、お前パルピコシリーズ好きだったよな? 買って来たぜ」
「わ~嬉しいありがと。ちなみに五百尾くん、この腕を組んでるバカップルもどきを見て何か言うことは? まだ付き合ってないらしいんだけど」
「ん? まあコイツらはいつもこんなもんだろ」
「やっぱ僕がおかしいの!?」
声を裏返す四葉だった。
憐弥も再び合流したところで、ちょうど二号棟に戻ってきた俺たち。
納得がいかなさそうな四葉は放置気味に、まっすぐに図書室に戻る。
「戻ったわ」
「おかえりあずさ。買い物サンキューね。男子たちもおかえり」
「ただいま」
すでに一神以外の女子たちは全員揃っていた。男子も含めて、これで零の指示で動くメンツは勢揃いだ。
これからのタイムスケジュールと準備の概要はすでに聞いていたが、零は改めて全員を集めて言った。
「さて。では各々の役割に従事してもらう前に、諸君らに改めて伝えよう」
零は閉じた瞼を開き、見えない瞳で全員をぐるりと見回す。
ここにいるのは、零を除いて八名。
俺こと七色楽。
一神あずさ。
鬼塚つるぎ。
九条愛花。
五百尾憐弥。
四葉幸運。
橘萌。
そして、そんな俺たちを心配そうに見つめる後輩の百舌萌々香。
零はまるで未来を見通すかのように、神秘的な笑みを浮かべた。
「君たちは明日の正午に死ぬ運命にある。しかし案ずるなかれ。僕がきっとその運命を変えてみせよう」
こうして俺たち三年二組とその協力者は、零の指示に従って動き出すのだった。
■ ■ ■ ■ ■
とっくに陽は沈んで、松明の明かりがいくつも掲げられていた。
ゆらゆらと揺れる灯りが地面を照らす。
「この魔術陣は光属性の多重変換に使われとるね。十二……いんや、十三階層とみた」
「ん。こっちは魔力置換。ぜんぶべつこうぞう」
インワンダー獣王国、その特殊ダンジョン『血の闘技場』。
床に描かれた巨大な儀式陣を見つめて議論するのは、エルニネールと三角帽の老魔女――〝時賢〟ガノンドーラだった。
そんな魔術界の権威は、古めかしい本を取り出して地面の儀式陣と見比べる。
「となるとこれ全部独立陣かね。この一角ぜんぶが別々の十三種類の光属性の魔術的変換ってなると……理術的な構造的補完の可能性が高いね。学術としては面白い構成だが、儀式陣としちゃ非効率じゃないか?」
「ん。でもいみある」
「意味ねぇ。ちょいと待ちな……お、これかいな。リーンブライトが指摘しとる『反復作用による構築強化』。これなら理屈にはあっとるか」
ガノンドーラはミレニアに向かって手を振った。
「ほれ賢者様、ここんとこの魔術的意味の解析は終わったよ。そっちはどうかね?」
「こっちの解析も終わるから少々待つのじゃ……ふむ、ここは結界術に近い情報強化の応用に、これは極小の召喚陣かの。召喚陣を連立させとるとはなんと細かい……ん? リリス、この部分を解析してもらえんかの? この召喚陣の合間で繋がっとる細長い術式じゃ」
「はい。ええとそちらは……いわゆる座標補正の補助のさらに補助の術式みたいですね。時間遡行時に特定の場所に霊素が想定通りになかった場合に遡行座標がズレないようにするための術式を、さらに正しく作動させるための術式みたいです」
「うむ? この部分だけでそこまで念を入れる必要があるかの?」
「わかりません。けど、これまで解析した儀式陣の内容を考えると、製作者はこの儀式を何がなんでも成立させたかったんだと思います。構築のひとつひとつに、まるで執念のようなものを感じます」
リリスいわく、儀式陣もまた術器具と同じで製作者の想いを強く映し出すという。
何を目的で作られるかもそうだが、どこまで突き詰めて効果を発揮させるか。あるいは、安全性をどう保つか。
この逆転生の儀式は、未来の転生者に残した想いそのものが形となったものと考えてもいいのかもしれない。
そう考えたら、念には念を入れるのも納得か。
「で、賢者様や。全体像は見えてきたかね?」
「まずまずじゃな。そっちはどうじゃリリス」
疲れが溜まったきた首を回しながら、そばで地面とにらめっこするリリスに尋ねる。
エルニネールが助っ人として呼んできたガノンドーラを合せて、魔術、神秘術、術器具製作のトップクラスの知識人が揃って逆転生の儀式陣を細かく解析しながら、もはや半日が経過していた。
儀式の基礎的な知識は『逆転生のすゝめ』にも載っているが、数千から数万個もある細かい儀式陣の構築理論は何も載っていない。あくまで誰でも使えるように整理された作業手順書のようなものだ。
だが、それではルルクたちを確実に呼び戻すためには足りない。
ミレニアたちは休む間も惜しんで、この儀式陣の解析に力を注いでいた。
『解析之瞳』という最も有用なスキルを持っているリリスは、滴る汗をぬぐいながら真剣な表情で言った。
「完全にはまだですが……この儀式陣をあと一段階読み解けば、〝転生という現象〟そのものが完全に解析できそうです」
「おぬしも感じたか。妾もじゃ」
逆転生――すなわち、転生を逆転させる儀式。
その儀式構築を読み解いていくと、転生にまつわる多くの構築式が出てきたのだ。
儀式陣が丁寧に作られているからこそ、逆算的に解明できることが多かった。これは学術的にもかなり大きな発見だとも言える。
ガノンドーラは目を光らせた。
「それは興味深いね。その根拠がここから先に必要なら、すぐに話して欲しいところだよ」
「では必要な部分もあるので話しておきます。まず〝転生〟とは、おおむね『召喚法』の作用法則を用いた事実改竄の一種のようです。ちなみにガノンドーラさんは神秘術についてどこまで造詣がありますか?」
「本来は神々の術式――つまり権能を再現したもの、だろ?」
「はい。神秘術はもともと神々の権能を現象として作用させる術式になりますが、まずその構築段階で学術的に三種類に区分されています。それが【召喚法】【置換法】そして【想念法】です」
「そこまでは知っとるよ」
「ではそもそも、これらはどんな理屈を元に分類されているかは?」
「さあね。ワシにはサッパリだ」
当然のように肩をすくめるガノンドーラ。そりゃ神秘術士でもないので当然だろうが、もし熟練の神秘術士であろうとも、この理論まで知ろうとする者は数少ないだろう。
ミレニアはロズの教えを受けていたときにこれを聞いた。そしてリリスはなんと、自身の解析能力だけで、この答えに辿り着いていた。
「【召喚法】は第4神レオリオ、第5神キアヌス、第6神ウィルミスの権能を元に創られた法則です。【置換法】は第0神モーマン、第2神アーノルガー、第3神ブラットの権能を元に創られた法則。そして【想念法】は星誕神――第1神トルーズと、第7神エフィの権能を元に成り立っています。これら創造神8柱の権能を土台にして成り立っているのが、神秘術です」
「へぇ。そりゃ面白いことを聞いたね。やっぱり聖教会のやつらは神秘術を崇めるべきだね」
ガノンドーラは鼻で笑った。
相変わらず聖教会が嫌いなようだ。
「【召喚法】の特徴のひとつ〝元からそこにあったことにする作用原理〟は、おそらく第4神レオリオの『真実を改編する権能』によるものです。転生はおもにこの原理を前提に成り立っているようですね」
「ほう。つまり転生は召喚ともいえるワケかい」
「大部分はそうですね。この世界にいる転生者――ルルお兄様を除いたみなさんは、『元からこの世界の魂だ』と認識させられることで、こちらの世界にやってきたのだと思います」
「うん? ルルクの坊やは違うってのかい?」
「はい。なぜかわかりませんが、ルルお兄様は、本来の私の兄の体に転生したんです。その魂に混ざり込むかたちで」
この理由はルルク自身もよくわかっていないようだった。
なんせルルク以外の転生者はちゃんとみな赤ん坊から生まれているし、ニチカいわく魂も混じっていない状態だ。最初から転生者として生まれてきたのが、他の転生者たち。
別の魂と混じったうえに、成長途中の5歳に転生したのはルルクだけだった。
わりと不可解な謎なのだが……まあ、今回の件には関係ないだろう。
「とにかく、転生は学術的には召喚法の一種と考えても大丈夫です。この儀式陣に足りなかった〝時間〟や〝超越〟が必要だったのは、これが理由ですね」
「なるほどねぇ。でもアンタたちに必要だった権能は三つだって聞いたよ? 召喚法ってことならルルクの権能は必要なかったんじゃないのかね?」
「これがただの転生なら、です。逆転生はそれに加えて〝境界〟の権能が必要になりました。役割としては、魂の状態保護ですね。時空間概念からの保護といえばガノンドーラさんにもわかりやすいのではないでしょうか」
「ああ、なるほど。存在軸の変化に伴う〝歪み〟のことだね」
さすが時間を操る大魔術士だ。
かなり難しい理論だが、一言で理解していた。
「はい。魂の状態で歪みが起こってしまうと、一部変質、あるいは欠落が起こります。存在格の高い魂なら起こりづらいでしょうが、今回の転生にはレベルアップをあまり経験していない――つまり魂の強度が低いままの一般人の方も混ざっていました。もちろんいくら魂を保護しても、あくまで人の手でおこなう疑似的な転生儀式ですから、ある程度の変質は起こるとは思いますが……少なくとも魂が消滅したり完全な別物になることはないでしょう」
「ちなみに、変質が起こるとどうなるんだい?」
「私の見立てでは、記憶障害や認知能力の低下かと思います。最悪の場合は寿命の減少、あるいは死そのものでしょうか……他にもありそうですが、考えればキリはないと思います」
少し心配そうに言うリリス。
ルルクたちが巻き込まれるとき、とっさにルルクが『領域調停』を発動していたが、もしあれが間に合っていなければ、高レベルのルルクたちも魂に影響があるかもしれない。
ちゃんと無事に転生できたか心配だけど、いまは信じるしかない。
「話を戻しますが、転生という現象が召喚法と同じ作用法則で存在している以上、さらに強い召喚法を用いれば向こうの世界に影響を与えることも可能です。向こうの世界とは言わなくても、お兄様たちの帰りの通路を確保することができるかもしれません!」
力強く言うリリス。
そう、本題はコレだった。
儀式陣を解析したら、情報屋ギルドの総帥ネラーの言葉通り、ルルクたちが帰るための世界を越える術式的な通り道はほとんど残っていなかった。このままだと一人、あるいは二人が戻れる限界だろう。
三人全員で戻って来ようとすると、全員戻れなくなって世界の狭間で彷徨うことになる。
だからネラーは、ミレニアたちに命の選択をするよう迫ったのだ。
だが、ミレニアたちは別の可能性に賭けた。
来た道を戻るのが難しいなら、こっちから三人を召喚することができるかもしれない。
そうすれば既存の儀式陣に頼らず、三人全員を助けることができるかもしれないのだ。
ちょうど送り出すための儀式陣が隣にある。このメンツなら、不可能ではないと思っている。
「そうですよね、ミレニアさん」
「うむ。ひとまず逆転生儀式陣の解析はこれでしまいじゃ」
ミレニアは手を叩いて周囲を見回した。
エルニネール、ガノンドーラ、そして術式解析の力にはなれなくても身の回りの世話や作業の手伝いをしてくれていた仲間たち。
そして同じく心配そうに見守ったり手伝ってくれている聖女や獣王国の者たちに、大声で告げた。
「これから妾たちは、ルルクたち三人の魂を呼び戻すための召喚陣を構築する! 時間は限られておるゆえ、みなの衆、引き続きよろしく頼む!」
ミレニアたちの〝戦い〟もまた、新しいステージに移るのだった。




