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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

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帰郷編・18『あなたじゃない、あなたへ』

お風呂回です。萌々香視点。

■ ■ ■ ■ ■

 

「す、すごい……」


 百舌萌々香は、キラキラした景色に思わず感嘆を漏らした。


 大浴場。

 それは一定以上の成績を修めている部活動が校内合宿をしたときだけに開放が許されるという、帰宅部の萌々香にとっては伝説の施設だ。


 学校のスポンサーでもある天下の立花グループが建てたとあって、内装も広さも豪華絢爛。

 温泉レジャー施設の一番広い浴場と言われても納得できるほどのクオリティがあった。


「わほーい! 一番乗り~!」


 そんな大浴場にテンションマックスで駆けこんでいくのは、立花グループの御令嬢――橘萌。

 タオルを頭にのっけた()()()()()()()()()で、まだ湯煙が立ち始めたばかりの浴場に入ると、クルリと振り返った。


「ここが桃源郷じゃーい!」

「萌、あんまりはしゃいじゃダメよ。というか湯浴(ゆあ)()はどうしたの?」

「いらな〜い。邪魔くさいもん」

「そう。あんまり破廉恥なことはしちゃダメよ」


 そんな橘を嗜めながら浴場に入っていくのは一神あずさ。

 髪はまとめあげており、きちんと湯浴み着を纏っている。

 その湯浴み着越しですら同じ女というのもおこがましいほど、抜群のスタイルをした超弩級の美少女だ。

 橘が踵を返して戻ってくる。


「キター! 眼福オブザイヤー!」

「ちょっと萌!? 近いってば!」

「うるさいです。さっさとそこをどくです九官鳥女」


 興奮する橘を小突きながら浴場に入っていくのは、なぜか湯浴み着ではなくスクール水着姿の鬼塚つるぎだった。

 たぶん、湯浴み着のサイズが合わなかったんだろう。


 小柄な萌々香よりもさらに一回り小さい小学生並みの等身なのに、片手で軽々とクラスメイトたちを押しのけて浴場に入っていく鬼塚。きっと彼女だけ物理法則が歪んでいるに違いない。


「は? 誰が九官鳥って?」

「自覚しろです。興奮しすぎのメス鳥」

「まあ興奮したのは否定しないけど? でも安心して、あたし幼稚園児には興味ないから〜」

「……あ? 死にたいです?」

「ほらほらケンカしない」


 睨み合う鬼塚と橘を止めたのはスレンダーな長身美女、九条愛花。

 スラリと背の高い彼女の湯浴み着は、少し短い。


「つるぎ、そうやってすぐに誰彼構わずケンカ売るのはダメって言ってるでしょ。萌、あんたも公共の場なんだから少しは自分を抑えて。今日は後輩もいるんだし、最後くらいは先輩として誇れる背中を見せてから卒業しなよ」

「は~い姉御~」

「しかたないです。大浴場に免じてこれくらいにしておくです」

「そうそう。せっかくの大浴場なんだから楽しまないと」


 すごい。二人の剣呑な雰囲気を一瞬で取り払った。

 女子人気ナンバーワンのお姉様という噂は知っていたが、なるほど納得だ。


「よし、そうと決まれば一番風呂です」

「あっずるい!」

「二人とも~。まずはかけ湯してからだよ~」


 走り出す鬼塚と橘。

 一神の注意も聞かず、我先にと大風呂に飛び込んでいた。

 大きな湯柱が二つ。


「ったくあの二人は。風呂場のマナーから叩き込んでやらないとダメだね」

「まあまあ。今日は貸切なんだし、これから大変なんだから少しは大目に見てあげよ?」

「あずさは甘いな~……でもま、説教も疲れるしそうするかな」


 やれやれと苦笑して、ゆっくりと浴室に向かう九条だった。

 その様子を入口で見ていた萌々香。一神が一歩を踏み出さない萌々香に気づいて、わざわざ迎えに戻ってきた。


「萌々香ちゃんもほら、おいで」

「あ、はい……」


 誰かと風呂に入るのなんて何年振りだろう。中学の修学旅行ぶりかもしれない。ましてや先輩たちとだなんて……緊張してなかなか足を踏み出せなかった。

 見えない壁を感じる。

 だけど一神が手を引いて、いとも簡単に壁の向こうに連れていった。

 暖かい。きらびやかで、でもどこか安心するような空間だった。


「まずかけ湯をしてからね。私がやってあげる」

「わ、わっ」


 桶でお湯をすくい、丁寧に萌々香の肩にかけていく。

 少し熱くて驚いた。

 けど、心地いい。


「いまさらだけど、今日はお風呂大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です……」

「ならよかった。私たちも入ろ」


 一神に連れられて、一番大きな浴槽に。

 すごく大きい。萌々香の部屋よりもずっと広い浴槽だ。二十人くらいは一緒に入れるんじゃないだろうか。

 つくづく思うけど、この学校は設備にどれだけお金をかけてるんだろう。天井は高いし、壁はピカピカだし、お湯は彫刻から流れて出てくるし……どこかのお城の風呂だって言われても不思議じゃない。

 感心して見回していると、クスリと微笑んだ一神が少し肩を寄せてきた。


「萌々香ちゃんは大浴場初めてよね?」

「は、はい」

「じゃあ説明してあげるね。メインのお風呂は四つあって、ここの隣が泡がでてくるとこ、その隣が寝転べるところ、一番端には壺型の一人用があるの。私たちに遠慮せずに、いつでも好きなところに行っていいからね」


 テキパキ説明する一神。

 気を遣ってくれたのがわかって、ありがたい半面少し申し訳なくなった。

 かなり慣れた様子だったので、気になって聞いてみる。


「あの……一神先輩たちはよく使ってたんですか?」

「たまにかな。私はテニス部だったから、長期休みのときは強化合宿してたの。愛花も弓道部で使ってたみたい。つるぎと萌はどうだろ。一回あるかどうかじゃないかな?」

「えと……鬼塚先輩もですか?」

「うん」


 意外だ。

 鬼塚つるぎといえば剣道で全国三連覇した有名人だ。学校に限った話だけでなく、新聞やテレビ、ネットニュースでよく報道されていた。

 小学生並みの身長なのに三年間公式戦全勝という伝説的な成績を残し、無愛想ながら整った顔立ちも相まって、各メディアが大会で勝つたびに取り上げていたのだ。参加した大会で優勝するたびに〝鬼塚無双〟とネットで話題になっていたっけ。

 噂では芸能界からの誘いもたくさん来ていたらしいが、当の鬼塚はメディア関係は取材含めてすべて断っていたという。報道もすべて隠し撮りや大会の映像だけだった。


 とにかく成績的には、最もこの大浴場を使う資格がある生徒だ。

 すると一神が苦笑して、


「つるぎは部長だったけど、ほら、ああいう性格だから合宿は参加しなかったの」

「な、なるほど」

「でも勘違いしないであげて。私だって仲良くなるまではつるぎのこと少し冷たい子かなって思ってたけど、本当は愛情表現が苦手で、自分でもうまく制御できないだけなの。つるぎ自身、好きな相手に素直になれなくて悩むこともあるんだよ」


 優しい目つきで、スイスイ浴槽を泳ぐ鬼塚を眺める一神だった。

 きっと彼女たちも仲良くなるまで色々あったのだろう。

 

 一神あずさ。

 九条愛花。

 鬼塚つるぎ。


〝三女神〟はいままでずっと噂の向こう側にいる存在だった。どこにでもいるようなありふれた自分では、一生手の届かない場所にいて、今も昔もずっと華やかな人生を歩んできた人たちだと思っていた。


 だけど、違うんだ。

 彼女たちだって高校生なんだ。同じように悩んだり努力したり、懸命に生きてるんだ。

 そう思ったら、自然と言葉が出てきた。


「あの、一神先輩」

「ん? どうしたの?」

「……先輩も、七色先輩のことが好きなんですか?」


 ずっと聞きたくて聞けなかったことが、吐息とともにお湯に溶け出した。

 本当は知りたくないことだった。

 一神あずさが()()()()()()()にいるなら、まだ現実味はない。


 でももはや彼女は萌々香にとって近い存在になってしまった。たった数時間で人柄を信じられるくらいに、好きになってしまった。

 学校中から好かれているのも納得できる。

 そんな人が、同じ人を好きだなんて……どれほど恐ろしいことだろう?


 まるで祈るように絞り出した言葉に、一神は迷いなく頷いた。


「うん。私は七色くんが好き」


 ……ああ、やっぱり。

 まだ何も起こってないはずなのに、萌々香の心に穴が空いたような気がした。

 こんな素敵な人が相手なら、競って勝つことなんてできないだろう。

 しかしそう思いかけた萌々香に、一神が続けた言葉は驚くべきものだった。


「萌々香ちゃんも七色くんのことが好きなんだね。なら、一緒にがんばろうね」

「え?」


 何を言ってるんだ、この人は。

 戸惑う萌々香。

 そこに言葉を挟んだのは九条だった。


「あずさ、あんたいつのまにそんな素直になったの?」

「色々あってね。まだ七色くんに直接言うのは恥ずかしいんだけど」


 えへへ、とはにかむ一神。

 少し顔が赤いのは、お湯のせいではないと思う。


「でも私だけじゃないんだよ。ね、つるぎ」

「え、なんです? いま九官鳥女を溺れさせる算段を立ててるところです」

「七色くんが好きなの、つるぎもだもんねって話」

「なんだそんな話……って違うです! つるぎは地味男のことなんてなんとも思ってないです! 勝手なこと言うなですっ!」


 飛沫を立てて勢いよく立ち上がった鬼塚。

 近くにいた橘が「え~ほんとに?」と驚いていた。


「あんたも七色のこと好きなの? ねえ、あいつのどこがいいの? 顔も性格も普通だし、ただのオタクで地味なやつじゃん。気も遣えなさそうだし」

「地味って言うなですっ!」

「ぷわっ! あんたが言ったんじゃん!」

「つるぎは良いのです! 仲間以外が地味男を悪く言うのは許さんです!」

「ちょっ、わかったから! もう言わないからお湯かけるのやめれ! ぺあっ」


 激高する鬼塚と、慌てて逃げ出す橘。

 その様子を見た一神がニッコリと笑って、


「ね?」

「ね、じゃないよ。つるぎのやつ、いつの間に七色のこと……というかいいのあずさ? あんたからしたら、つるぎも百舌ちゃんもライバルってことになるんじゃないの?」


 そうなのだ。

 萌々香もコクコクと頷く。


「いいの。私の望みは、七色くんが一番幸せになることなの。七色くんを好きな子が増えたら、それだけ七色くんの幸せの可能性が広がるでしょ? もちろん私を選んでくれるように努力はするけど、ね」

「うわ~何あずさ。めっちゃ懐広くない? 本当の女神みたいじゃん」


 遠くから茶化す橘だったが、萌々香も同じことを思ってしまった。

 自分のことしか考えてなかったのが恥ずかしくなるくらい、達観した考え方だ。

 さすがの九条も、天を仰いでため息をついていた。


「あんた……いや、あんたが幸せならそれでいいんだけどさ。親友としては長年の恋だし叶えてやりたいよ」

「ありがと愛花」

「でもそれはそれとして、ムカつくからあとで七色一発殴ろ」

「なんで!?」

「それ、つるぎも参加するです」

「え~じゃああたしも~」


 鬼塚と橘も嬉々として手を挙げた。

 何もしてないのに殴られる七色先輩。少しかわいそう。


「萌々香ちゃんは参加しないよね?」

「し、しないですよ」


 好きな相手を殴るなんて、絶対できない。

 それに、もし七色殴る会に参加したとしても。


「七色先輩すごく強いから、わたしじゃ触れるのも難しいですし……」

「え、強いの? あいつ見るからに文系じゃん」

「す、すごかったですよ。お姉ちゃんの彼氏、ボクシングの大会で優勝したこともあるのに、七色先輩には少しも触れられなかったんです。お姉ちゃんも先輩のこと気に入ってたし……」

「「なにそれ詳しく」」

「ひゃっ」


 一神と九条が迫ってきた。

 美女二人に目の前に迫られて慌てる萌々香。

 神社に戻ったときのことを詳しく話しておいた。


「ふふん。つるぎの指導の賜物です」

「いつの間に……あたしの知らない間に、あずさもつるぎも七色とつるんでたってこと?」

「えっと、別に内緒にしてたわけじゃないんだけど」

「それより前髪娘」

「わ、わたしですか?」


 ずいっと目の前まで迫ってきた鬼塚。

 前髪娘なんて初めて言われたけど、確かにこの場で前髪を降ろしているのは萌々香だけだった。


「前にどこかで会ったことあるです?」

「えっ……」

「おまえの上半身の骨格、やけに見覚えがあるです。もしや顔半分髪で隠してるのは、つるぎたちに顔を見られると不都合があるからです?」


 なぜか睨まれる。

 もちろん校内で見かけたことは何度かある。だけど鬼塚が言いたいのはそういうことじゃないだろう。


「べ、べつに不都合はないですけど……」

「じゃあ一度見せるです」

「はい」


 前髪で目元から上を隠しているのは、単に、どこを見ているのか知られないためだ。

 昔から姉を見ていると、こっち見んなと怒られていたから隠すようになったのだ。

 姉は気が強いけど意外とドジで、危なっかしくて心配だからつい目で追ってしまうのだ。


 顔を見せろと言われたら、別にためらいはない。少し恥ずかしいだけだ。

 萌々香は長い前髪を掬いあげた。

 その瞬間。


「おまえっ! ()()()()()()()()()()()っ!?」

「ひぇっ!?」


 鬼塚が即座に間合いをとる。

 敵意といえばいいのか、背筋が凍りつくような感覚を憶える。

 なぜそんな感情を向けられるのかもわからずに混乱する萌々香。


「落ち着いてつるぎ」


 そんな鬼塚と萌々香の間に割って入ったのは、一神だった。

 ちらりと萌々香の顔を見て、


「つるぎ。確かに私たちの知ってる()()()とよく似てるし背丈も同じだけど、やっぱり少し違うわよ。萌々香ちゃんも怖がってるから、落ち着いて」

「……む。確かに違うです」


 バツの悪そうな顔をして、すぐに息をつく鬼塚。


「ごめんね萌々香ちゃん。私たちにも事情があってね」

「だ、大丈夫です」


 まだ心臓がドキドキする。

 すると一神が優しく髪を撫でてきた。まるで萌々香を可愛がってくれた頃の、姉のように。


「怖かったよね。ごめんね。でももう少しだけ、私に顔を見せてもらってもいい?」

「あ、はい。これでいいですか?」

「……そっか。なるほどね、全部繋がっちゃった」


 一神はひとしきり萌々香の顔をじっと見つめたあと、なぜかとても悲しそうな表情を浮かべた。


()()()()()()()()()、わかっちゃったかも……」

「音無……前回の話です?」

「うん。たぶん萌々香ちゃん――()()()()()()()()()が、私たちを導いてくれたのよ」

「もしや、あの研究書の主……です?」

「たぶんね」


 一神はもう一度、萌々香をじっと見つめる。

 その瞳には涙すら浮かんでた。


「ねぇ萌々香ちゃん。あなたは憶えてないし、知らないだろうけど、少しだけ聞いてもらってもいい?」

「は、はい」


 なんとなく。

 彼女の言葉は、聞いておいたほうが良い気がした。

 萌々香がうなずくと、一神は萌々香の華奢な体をギュッと抱きしめた。


「あなたじゃない、あなたに言わせて。……本当にありがとう」


 震える声で、優しく言う。 


「きっと辛いこともたくさんあったよね。好きな人のために、一生懸命頑張ってくれたんだよね。知ってる人なんて誰一人いない場所で、誰もいない時代で、ずっとただ一人を想ってくれたんだよね。私には、あなたがどんな人生だったかわからないし、きっとこの言葉が届くことはないだろうけど……せめてこれだけは伝えさせて。あなたの想いは届いたわ。あなたの願いは、()()()()()()()()()

「……えっ」


 何を言っているのか、まるで分からなかった。

 でも、なぜか、萌々香の瞳から涙が零れ落ちてきた。

 それもたくさん。とめどなく溢れてくる。


「え、え……?」

「ありがとう。私たち三年二組を助けようとしてくれて。七色くんを、救ってくれて」


 ……どうして涙が溢れるんだろう。

 わからない。けどなぜか、一神の言葉に萌々香自身が救われた気がしたのだった。

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― 新着の感想 ―
あ、いや、まさかロズや教皇たち人造人間を作った、或いは彼等のベースとなったのが萌々香だたとか? もしそうなら、何という壮大な話なんだろうか ただの高校1年生女子が背負うにはあまりにも重い
逆転生の研究をしていたのは萌々香だったのね その萌々香の外見がナギと出会ったらしい人物と瓜二つ 誰だろうか? 同一人物ではなく萌々香の子孫とナギ達が出会っていたということだよね ナギの態度からすると敵…
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