帰郷編・17『名探偵とチートな助手』
聖典を見つけて戻ってきた俺に、一神と鬼塚が駆け寄ってきた。
「もう見つけたんだ! さすが七色くん」
「ふん。ただ本に欲情するだけの変態じゃなかったです。つるぎが褒めてやるです」
「欲情はしねぇよ」
ストップ風評被害。
俺は鬼塚と軽く睨み合ってから、零に聖典を渡した。
聖典はパッと見ればごくふつうの洋書だった。
だが表紙はくすみが一切ない革で、中の紙は見たことがないほどきめ細やかで文字は一切書かれていない。
本というより、本の形をした芸術品だ。
「どうだ零? これで合ってるか?」
「ふむ。情報通りの寸法と質量、そして何とも比喩しがたい感触……違いない。これが聖典だ」
零はひととおり確かめてから本を箱にしまうと、なぜか俺に渡してきた。
「ん? なんで俺に?」
「君のもとが最も安全だからだ。準備ができるまでは時間がかかるの。もしくだんの〝人狼〟が力づくで取り返そうとしても、君か鬼塚くんなら守り切れるだろう」
「まあ、俺は人間相手ならそうかもしれんが……」
つけ焼き刃の武術が効かない魔物や獣相手には勝てると思えない。武力という点では鬼塚が突出しているはずだ。
そう言おうとしたら、零が遮った。
「楽、僕は君以外をまだ信用し切れていない。正答ではないかもしれんが、僕にとっての道理なのだ」
「……そうか」
俺は一神と鬼塚は心から信用しているが、零は二人とはあまり接点がなかった。
そう思うのも無理からぬ話だろう。
「それに人の出入りも増える。もし人狼が取り戻しに来ても、まさか君が持っているとは思うまい」
「え? これからまだ増えるのか?」
「ああ。色々と課題があるのでな……ほら、早速来たぞ」
「どもー」
図書室の扉を開けて入ってきたのは、ショートカットのボーイッシュな女子生徒だった。
クラスメイトな気がする……誰だっけ。
すると一神が手を合わせて嬉しそうに言った。
「萌! どうしたの?」
「ん、音無に頼まれたの。夜間の学校の使用許可が欲しいんだって。別にそこらへんはパパにチョロッと言っとけば大丈夫なんだけど、みんなもいるっていうし、せっかくなら顔出そうかなって。さすがに卒業式前だからスケ空いてたし」
「あそっか。お父さん、この学校の理事長だもんね」
納得顔の一神。
ってことは、こいつが橘萌か。
前の世界では、俺の天使をいろんな面で支えてくれていた幼馴染だ。
そんな橘はぐるりと集まっているメンツを見渡して、
「そんで何やってんの? あ、いかがわしいことならあたしも混ぜて欲しいな〜」
「ちがうからね!? ちょっと萌、変なとこ触んないで!」
「よいではないか~よいではないか~」
「もうダメだよ! 七色くんも見てるのに!」
……うん、百合娘は変わってないな。
相手がリリスから一神になっただけで見覚えしかない光景だった。
橘は一神が本気で怒りそうになったら、それを察してピタリと手を止めた。
「で、音無。事情とか説明してくれるの?」
「実は――」
零は状況を整理して話した。
やはり転生のことには触れずに、あくまですべて零の占いの結果ということにしていたが。
橘は黙って話を聞いた後、スッと目を細めた。
「あんま信じらんないんだけど……でもあずさ、ここにいるみんなは信じてるんだよね?」
「そうだよ」
「そ。なら協力するよ。夜間の滞在でも、全施設の使用許可でも頼んじゃうからまっかせて〜」
「いいの?」
「経営破綻が差し迫ってる可能性があるなら、損失予防は義務っしょ。パパに頼むくらいたいした手間かかんないしね」
独特な言い回しを使う橘。
すぐにスマホを取り出して、ポチポチ文字を打っていた。
なんにせよ、これで零の計画は前進したわけだ。
すると今度は九条が手を挙げて、
「ねえ、いっこ聞いて良い? さっきからたまに出てくる〝人狼〟って何?」
「それ僕も気になってたよ。なんだか面白そうな響きだよね!」
目をキラキラさせる四葉。
そういやこいつは謎解き大好きオタクだったっけ。
いまさら隠すものでもないだろう。それに四葉は探偵としても名が売れている。人狼の正体について何か糸口が見つかるかもしれない。
「零、話すぞ?」
「ああ。判断は任せる」
零は人狼探しより計画の達成を目的としているからか、誰にどこまで話すかについてこだわりはないらしい。
俺は九条、四葉、そしてスマホを触りながらチラチラこっちを見る橘に、計画の妨害をしようとしている存在について話した。
四葉はすぐに真面目な顔つきになった。
「なるほど……つまり窃盗と隠ぺいの犯人探しってわけだね」
「そうなるな。四葉は何かわかるか?」
「まずは情報が欲しい。百舌さん、盗まれたときの第一発見者は君だね?」
「は、はい」
「本殿の奥の部屋に隠していた金庫と言ったね。本殿に鍵は?」
「かけてます。大きな南京錠をひとつ」
「なら金庫は? 電子式? それともダイアル?」
「ダイアルです」
「見つけたときはどちらも開いていた?」
「はい」
「そう……」
四葉はため息をついて、
「僕なら三日間下調べをすれば一時間で突破できるね。南京錠なんかネットで調べれば誰でも開けられるから、盗まれた状況から犯人を絞るのは難しそうだね。百舌さん、重要文化財がゴロゴロありそうなんだし、管理はデジタル化をおススメするよ。金庫なんかは開けられたらすぐにわかるしね」
「は、はい……」
予想外のタイミングで実家のダメ出しをされて、しょんぼりする萌々香だった。
「それと盗まれた本の動きだけど、おそらく朝か昼にこの図書室に運び込まれたね。七色くん、図書室はいつから開いていたかわかる?」
「今日は朝の八時からだ」
「じゃあ朝礼前に誰でも来ることはできた、と。ホームルーム後にここに来てた人は?」
「ネスタリアだな」
「彼女か。怪しいね」
「一番の被害者だぞ。俺が間に合わなければ死んでたかもだし」
サーベルタイガーに襲われてるやつが人狼とは思えんが……。
と、四葉は冷静に首を振った。
「ネスタリアさんを襲った魔物とやらは、また別口じゃないかな。ミステリ小説でもよくあるでしょ? 黒幕が別の黒幕に襲われるパターン」
「ああ、そういうこともあるか……」
それはまったく考えてなかった。
四葉は手を打った俺を見て微笑むと、
「まず整理しよう。僕たちは、明日の正午に死ぬ運命に定められていて、音無くんの占いではそれが誰かの仕業であると確定している。この誰か、を〝黒幕〟としておこう」
「ああ。〝黒幕〟が俺たちを狙っている」
「音無くんはそれを回避するために長い間計画を立てていた。ついに実行しようとしたら、それを妨害する者があらわれた。これは〝人狼〟でいいね?」
「おう」
「黒幕は、音無くんの占星術のような超常的な力で僕たちを狙っている。対して人狼は、あくまで普通の人のできる範囲で音無くんを邪魔している。状況から判断するに、黒幕と人狼はまったく別の存在の可能性が高い」
なるほど、確かにそうだ。
「そして人狼は『クラスメイト』と名乗った。この言葉は僕たち三年二組の誰かという意味を示唆しているけど……これはミスリードの可能性があるし不確定要素だね」
「それはない」
と、口を挟んだのは零。
「なぜだい?」
「人狼は僕と同じく明日起こることを知っている。それが答えだ」
「……君と同じ占い師ってこと?」
「いや、人狼は当事者であり、未来で死んだ記憶があるはずだ。根拠までは話せないが、これは僕が保証できる。君はいつも通り推理の役に立てたまえ、名探偵」
断言した零。
もちろんこれは零より前に世界線を分岐させた、つまり未来を知っている者がいる可能性が高いからだ。
ただ零はその根拠をここで説明する気はない。
普通なら問いただしたくなるだろうが、四葉も零の言うことなら、と苦笑していた。
「ほんと君はまったくフェアじゃない存在だよね。とくに真犯人にとっては」
「いつも言っているが、真犯人などいない。そこにあるのは事実だけだ」
「はいはい。いっそ君が探偵をやればいいのにって思っちゃうよ」
肩をすくめた四葉。
何度も事件に巻き込まれて、こうして零に助けられてきたんだろう。
四葉はコホンと咳払いをして、
「これでいまわかっている情報は出揃ったかな。今後の人狼探しについては、僕も役に立てると思う。色々と検証してみるから、何かわかったらすぐに教えて欲しい」
「わかったわ」
「任せる」
そうと決まれば適材適所ってやつだ。俺は推理とか難しいことは苦手だからな。
いったん話がついたところで、橘がスマホを軽く振った。
「音無~パパから許可が出たよ~。学校の設備もなんでも使って良いって。ただしメディアに騒がれないようにね~って」
「ああ。無事に解決してみせるさ」
この学校には『イケメンBIG3』を筆頭に、俳優やらアイドルやらモデルやらが通っているからな。
みんな卒業式だから、あしたはマスコミも学校の前をウロウロするだろう。万が一空からヘリコプターが降ってきたりしたら、そりゃあもう大騒ぎになるだろうな。
「で、零。人狼探しは四葉に任せるとして、俺たちはどうすればいい?」
「まずは準備……と言いたいところだが、始めたらしばらくは手が離せなくなるだろう。おそらく深夜までかかる」
「ってことは泊まり込みか」
「そうなる。その前に諸々の準備を頼みたい」
「わかった。何をすればいい?」
「だがその前に、夜半を作業で過ごすのだ。とりわけ女性陣にはある程度の身支度も必要だろう」
「はい! 私、みんなの着替え持ってきたよ!」
一神が大きなカバンを引っ張り出してきた。
やっぱり泊まり込みの準備だったか。
「ねえ萌、学校の設備どこでも使って良いんだよね?」
「うん……あ、まさか!」
「そう! みんなで行こうよ、大浴場!」
「賛成~! あずさ、わかってる~!」
ハイタッチする一神と橘。陽キャノリがすごい。
そういや体育館があるスポーツ棟には、ジムやらプールやら大浴場やらがあるっけ。
「では女性陣は先に身を整えて来てくれたまえ。我々男性陣は力仕事をしてから向かうのでな」
「おっけ~。じゃあレッツ桃源郷~」
やたら上機嫌な橘。
一神、鬼塚、九条も足取りが軽い。
そんななか、ぽつんと残されたのは萌々香。
予想外の展開においてけぼりになっているようだ。
すぐに一神が気づいて戻ってきた。
「萌々香ちゃんも行こう」
「え、あの……わたし、着替えとかないので……」
「大丈夫よ。ジャージは新品があるし、下着は大浴場のランドリーで回しとけばすぐに乾くから、ね?」
「あの、でも……」
「もちろん無理にとは言わないけどね。でもせっかくなら、萌々香ちゃんとも仲良くなりたいなぁ」
「……わ、わかりました」
一級品の美少女にキラキラとした瞳でそんなことを言われてしまい、耳を赤くしてうなずいた萌々香だった。
根っからのコミュ障すら籠絡する一神……恐ろしい子。
果たして萌々香は、癖の強い先輩たちに囲まれて無事にお風呂を楽しむことが出来るのか!?
この次も、サービスサービス!
あとがきTips~人狼についての現在情報~
今回の帰郷編は会話が中心で推理要素が多く、確定要素と不確定情報が入り混じっており、全体像がつかみにくいかもしれません。
なので零の計画を妨害しようとする正体不明の〝人狼〟について、現時点での情報を書いておきますので、推理の参考にして頂ければと思います。
※ご自身で推理を楽しみたいという方は、一番下までスクロールしてスキップしてください。
〇確定情報
・人狼はクラスメイト(三年二組)の誰か
・人狼は七色楽ではない
・人狼は音無零のことをよく理解している
・人狼は七色楽のことをあまり理解していない
・人狼は聖典のことをあまり理解していない
・人狼は音無零より前に世界線を分岐させていた
〇不確定要素
・人狼は前回の75周目(零曰く)まで何もせず身を潜めていた……?
・人狼の目的は三年二組を転生させること……?
・人狼は黒幕とは別である可能性が高い……?
以上、現時点の人狼についての情報です。
あと本作は推理小説ではないので、あしからず。




