帰郷編・2『魔族領深度Ⅴ』
「ラク=ナナイロ様。当ギルドの総帥についてお知りになりたいと伺っておりますが、お間違いないでしょうか?」
情報屋ギルド。
そこは世界中から様々な情報が集まる〝知の館〟だった。
ギルドの仕組みは単純だ。
各地の情報屋たちが仕入れた情報を買い取り、各地の支部で販売する。
提供した情報が買われると提供者にインセンティブが入るため、より需要の高い情報を提供できた者は、何もせずとも儲けが出る。
価格設定はギルド側がおこなうが、提供者は好きなタイミングで提供を停止できるため、情報屋ギルドは冒険者ギルドと違って一種のプラットフォームのようなものだ。
ギルド側は仕入れた情報の裏付けをおこなってから販売している。
情報は重要度に応じてランク分けされており、特定の状況や条件によりギルドや各情報屋、あるいは地域などに損失が出ると判断した場合は情報統制がかかる高いランクの情報となる。
高ランク情報はそれ相応の相手にしか売らない。これもギルドの取り決めだ。
とはいえそれはごく一部のことで、ほとんどの情報屋にも客には関係のない話だ。
ギルドでは会員であれば一般人よりも安く情報を仕入れられるため、ギルドで買った情報を一般人に販売して利益を得ることもできるし、あえて自分で得た情報をギルドに売らず、高値で特定の顧客にだけ販売することもできる。
ギルドの利用方法は色々あるが、情報屋に一番担保が難しい情報の〝信頼性〟をギルドが担ってくれるため、よほどベテランの情報屋や貴族お抱えの情報屋以外はみなギルドを利用しているらしい。
そして俺たち一般人がギルドで情報を買うのは、情報の正確性がかなり高いからだ。
ギルド側がどうやって数多の情報の裏付けをしているのかは知らないが、基本的に誤った情報を掴まされることはないらしい。
師匠も情報を仕入れるときは、ギルド経由の情報しか買わなかった。そういえば酒場で聞いた情報を根拠にしようとしたら、ちゃんとギルドで買えと怒られたこともあったっけ。
情報屋自体そこまで数が多くないので、ギルドの支部すらない国もあるが、あらゆる情報を集めてその真偽を判定できるなんて、よく考えたらとても恐ろしい組織だ。
とにかく、情報屋ギルド聖教国支部のギルドマスター――シルニアと密室で膝を突き合わせた俺は、彼女の質問に素直に頷いた。
「はい。いまのグランドマスターが創設者、あるいは創設者と関係がある人でしたら、ぜひお話を伺いたくて」
「かしこまりました。では情報提供に関していくつか注意点がございますので、こちらの書類にお目を通し、ご署名をお願いします」
シルニアがテーブルに書類を置いた。
ふむふむ、色々書かれてあるな。
『グランドマスターに関わる情報を許可なく漏洩することを禁ずる』『いかなる記録も禁ずる』『情報提供者への肉体的接触を禁ずる』『情報提供料十億ダルク』『いかなる場合も返金不可』……などなど。
いわば秘密は守って安全に面会してね、ということだな。
情報料だけで豪邸が三軒建ちそうなことにびっくりしたけど、まあ、ここは長年貯めていたヘソクリを使ういい機会だ。すぐにサインする。
「はい、署名しました」
「……ありがとうございます。それではこちらを」
心なしかホクホク顔になったシルニアが、宝石のようなものを差し出してくる。
「『転移の宝玉』ですか」
転移の神秘術器だった。
定点跳躍という術式を刻み、どこで発動しても特定の場所に戻れる伝説級の神秘術器だ。
見た感じレンヤが持ち運んでいるのと同じ物で、レンヤいわく、時価数億する天然石しか術式を発揮することができないため、これひとつだけでも大きな家が建つという。
確かにこれを消耗しないと会えない相手だなんて、そりゃ情報料も十億ダルクを超えるわけだ。
「それでは、無事にご帰還できますことを願っております」
「え?」
どういう意味?
俺がそう言う直前、転移の宝玉が作動した。
そして――
□ □ □ □ □
『ギュオオォォォォ!』
『グオォォオオオ!』
『ギギャギャギャ!』
「な、な……なんじゃこりゃーっ!?」
転移してきたのは、荒れ狂う波が打ち付ける断崖絶壁の丘の上だった。
雨こそ降っていないものの、嵐のような強風が吹きつけており、海は大きく荒れている。
空には見たことのない異形の魔物が飛び回り、荒野では巨大な猛獣同士が大地を踏み割りながらケンカしていた。
ちょうどそこに森から羽が青く燃えたダチョウのような魔物が飛び出してきた。なんと音速に近い速度で土煙を上げ、荒野を駆け抜けていく。
すると荒野にいた金色のトカゲの魔物が、その背中に向かって口からレーザー光線を浴びせかけた。だがダチョウは驚くべき身のこなしで光線を避け、慣性の法則すら無視して同じ速度で踵を返すと、トカゲに跳びかかり――
『ギュゥェ』
その頭蓋をまるでトマトのように踏み砕いた。
グラグラ地面が揺れる。トカゲの血が、沼をひとつ作った。
すると、近くでじゃれていた巨人サイズの獅子二体がピクリと反応してダチョウを睨んだ。殺気がその目に滲んでいる。
ダチョウは気づかずにそのまま走り去ろうとしたが、獅子が尻尾を振ると上空から雷が落ちてダチョウを直撃した。数万ボルトの落雷を喰らっても頭をブルリと振るわせただけのダチョウは、いったい何事かと周囲を見回していた。そこに、もう一体の獅子が真後ろから飛びかかって、死角からその首を噛み砕く。
ダチョウは叫びながら猛スピードで地面を駆け、食らいつく獅子を引きずるように走って降り落とそうとしていたが、徐々に力尽きて最期は地面に倒れ伏し、ピクリもしなくなった。
獅子二体はダチョウを喰らい始める。骨すら噛み砕きながら、魔力ごと咀嚼していく。
俺はその様子を見て、つい一言。
「野生が強すぎる……!」
一体一体がSランク魔物をはるかに越すパワーと凶暴さだ。それが荒野にウジャウジャと存在し、ケンカや捕食を繰り返している。
もちろん、鑑定した結果は全て魔物。
そして空気中に漂う魔素は、いままで見てきたどんな場所よりも濃い。
まるでこの場所すべてが魔素だまりのようだった。並みの人間じゃここで呼吸するだけで魔素毒が体を蝕むだろう。
毒無効のスキルがなければ数分で死に至る――そんな場所だった。
「ここ、もしかして魔族領か……?」
そうとしか考えられない。
もしかすると深度Ⅳ、あるいは――
『ギャオオオオオ!』
周囲を観察していると、近くにいた魔物がようやく俺に気づいた。その声に釣られて、他の魔物たちも一斉にこっちを見る。
小柄な人間など彼らに取ってはただのエサだ。まあ俺は魔力がないから魔物にとってはおやつ程度にもならないんだけど、捕食対象には違いない。
仕方ない。ひとまず追っ払うか。
少しずつ近づいてくる魔物たちに、威圧スキルでも発動しようかと考えていたときだった。
「――悪いね魔物諸君。その真相は〝迷宮入り〟だ」
真後ろから、透き通った声が聞こえた。
その瞬間、魔物たちは俺を見失ったようにキョロキョロと周りを見回した。何をしていたのか忘れたのか、ゆっくりと元の場所に戻って行く。
俺は発動しようとしていたスキルを止めた。
「おや。余計な手出しだったかな?」
くすりと笑ったのは、まだ年端もいかぬ少年だった。
ダークエルフのような浅黒い肌に、短めの銀色の髪。
幼い表情に怪しく輝くのは青い三白眼。
そんな魔族の少年が、俺の後ろにいつの間にか現れていた。
ここにいるということは。
「君が、情報屋ギルドのグランドマスター?」
「そうだよ。僕が情報屋ギルドのグランドマスターにして創始者。またの名を〝霞王〟ネラー。よろしくね」
〝霞王〟か。
異名からして、おそらく魔族領に君臨する上位魔族――〝六天魔〟の一人だろう。
サトゥルヌ亡きいまその六という括りが正しいかわからないが、上位魔族でも生存が厳しいと言われる魔族領の深い場所に暮らしているようだから、もしかするとサトゥルヌよりもずっと……いや、考えるのは後にしよう。
俺はすぐに胸に手を当てて、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。冒険者ルルクです。シルニアさんのご紹介に与りました」
「知ってるよ。というかこんな魔族領の端でお堅いのはナシにしてよ、せっかくお互い自由に生きてるのに、息が詰まっちゃうでしょ?」
「わかった。じゃあ普通にする。よろしくネラー」
ギルドを束ねる権力者なのに、わりと気さくだな。
俺が素直に敬語を除くと、ネラーは白い歯を見せた。
「そうそう。というか、クラスメイトの仲だったんだし敬語は違和感あるもんね。そうでしょ、ナナイロ?」
「……やっぱりか」
シルニアがああ言っていた手前、隠す気もないらしい。
「でも一応訂正しておく。俺は元七色だ。いまはルルクだから、できればそっちで呼んでくれ」
「わかったよルルク」
「それで、そっちは?」
「四葉だよ。四葉幸運。君と直接話したことはほとんどなかったけど、さすがに僕の名は憶えているだろ? 音無君の親友の君ならさ」
四葉幸運か。
顔はぼんやりとしか憶えていない……が、他のクラスメイトと違って、転生者リストがなくてもその名はしっかり憶えていた。
俺の幼馴染――音無零が何度もその名を口にしていたからだ。
俗世にあまり興味がない零の口から何度も出る名前は珍しかったし、何より四葉は高校生にしてすでに世間に名の知られた探偵だった。
音無は四葉のことを、占いの『上客』だとかなんとか言っていたっけ。
「新聞にも良く載ってた〝高校生探偵〟だろ? いくつも難事件を解き明かしたっていう」
「いやいや、それはメディアが面白おかしく騒いでいただけさ。僕はただ謎解きが大好きで不運なオタクでしかないんだ。たまたま行く先々で殺人事件の第一発見者になって、警察にすごく疑われて困り果てたから音無君に相談して、彼の情報をもとに真犯人を見つける……ってのを繰り返してただけなんだよ」
「なんだそれ。それで名探偵とか呼ばれてたのか?」
どこの巻き込まれ主人公だよ。
「まったく困るよね。僕はただ身の潔白を晴らしてただけなのに探偵なんて大袈裟だよ」
肩をすくめるネラー。
とはいえ、ちょっとまんざらでもなさそうなのは気のせいだろうか。
「まあ、とにかくさ。ここじゃ落ち着かないしついてきてよ。君も僕もお互い話があるみたいだし、よかったら僕の住処に案内しよう」
「ああ。頼む」
元高校生探偵・現上位魔族のネラーは、崖に向かって歩き始めた。
だがその先は断崖絶壁だ。
「どこに向かってるんだ?」
「すぐそこさ。よく見てなよ……コホン、〝真相はすでに解き明かした〟」
ネラーがそう言うと、いきなり崖が伸びた。
いや、違う。
本当の崖はまだまだ先にあった。ここはまだ荒野の一部なのに、崖が近くにあると錯覚していただけだったらしい。
幻術ではない。俺の『神秘之瞳』をもってしても見破れないほどの認識操作に近い何が、そこにあった。
それ以上は起こったのかよくわからない。
そして崖の先には家があった。
白い壁の綺麗な一軒家だった。ご丁寧に庭や門まである。
こんな殺伐とした荒野の端には似つかわしくない光景に、少しだけ苦笑してしまう。
「ああそうそう。せっかく来てくれたのに言い忘れてたよ」
ネラーは童心に返ったように無邪気に笑って、言った。
「ようこそ魑魅魍魎蔓延る大地の果て――魔族領深度Ⅴへ」
あとがきTips~魔族領深度と〝六天魔〟~
どちらも第Ⅱ幕『激突編』が初出の用語なので、念のため改めて解説しておきます。
〇魔族領深度
大陸北部、ルネーラ大森林より北側にある地は魔族と魔物が住む魔族領と呼ばれる地。
大気中の魔素の濃さで五段階の深度にわけられており、基本的には北側になるほど魔素が濃くなっていき、深度が深くなる。つまり大気中の魔素毒も濃くなる。
深度Ⅲまでならたいていの魔族は暮らしていけるが、深度Ⅳは魔王や王位魔族でも快適に過ごすことは難しい。深度Ⅴは魔素を直接エサとすることができなければ食事すら困難な環境だが、毒無効スキルさえあれば問題なく過ごせる。
ただし野生の魔物がすべてSSランク以上の実力を持つ魑魅魍魎の地なので生存できるかは実力次第。
噂では、魔族領深度Ⅳ~Ⅴのどこかに黙示録の獣の一体『律滅の翼』がいるらしい……。
〇六天魔
魔族領に君臨すると言われている六体の魔族のことを指す。
歴が長い順に〝霞王〟〝砂王〟〝鉄王〟〝茨王〟〝血王〟〝拳王〟。
〝砂王〟サトゥルヌを筆頭に、どの魔族も一筋縄ではいかない上位魔族。
サトゥルヌが死んだことにより席が一つ空いているが、最近は〝岩王メーヴ〟が新たな六天魔候補に挙げられているらしい。
最古の六天魔と言われる〝霞王ネラー〟は、領土を持たない唯一の六天魔と言われ、最も王位存在に近い魔族とも呼ばれていた。まるで霞のようにどこにいるかもわからず実力も未知数で、彼の本当の姿を見た者はいないと噂されていたのだが……その正体は転生者の元四葉幸運だった。




