覚醒編・21『ベスト4』
「賢者ミレニア様、ならびに【王の未来】の皆様御一行でよろしかったでしょうか?」
王座戦、二日目。
今日も今日とて観光気分で闘技場を訪れた俺たちは、受付で白髭の猫人族の男性に呼び止められた。
「そうですけど、なにか御用ですか?」
「僭越ながら、本日はこちらで席をご用意しております。ご案内差し上げてもよろしいでしょうか」
「へ? ボックス席は自分たちで買ってますよ」
いきなり始まった特別扱いに、さすがに困惑する俺たち。
係員は丁寧にお辞儀をしてから説明した。
「女王陛下が皆様のために招待席を用意したのです」
「えっ、女王がですか?」
「ええ」
なぜ?
猫耳の白髭ナイスミドルはミレニアに渋い微笑みを向けた。
「賢者様のご来訪に際し、我が国はできる限りのもてなしをさせて頂くつもりです。本来であれば陛下自ら挨拶に伺うのが礼儀ですが、王座戦の期間中は表で出てはならない規則がございますので、代わりに執事の私が参じた次第なのです」
「なるほど。妾の来訪が女王の耳にも入ったということじゃの」
「左様でございます。そしてご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私は女王陛下の執事を務めておりますゼクトロードでございます。本日から賢者様、竜姫様をはじめとする皆様方の案内役を務めさせていただきたく存じます。以後お見知りおきを」
ぴったり九十度に腰を曲げて綺麗に挨拶するゼクトロードさん。
デキる執事の雰囲気がビンビンだった。
「だってさミレニア。どうする?」
「国賓扱いということなら無下にはできぬ。ゼクトロードとやら、案内を頼む」
「はっ」
というわけで、俺たちはゼクトロードに連れられて観覧席の最上階へ移動した。
見晴らしが良く、屋根までついたボックス席だった。
ソファもふかふかで広々していて、専属の給仕も三人ほど待機している。しかもみんなイケメンの男性だ。
「わ~。すごい優雅な席ね」
「最前席もらうです!」
「ん、わたしも」
さっそく一番前に座って手すりから闘技場を見下ろすナギとエルニだった。
思い思いの場所に座ると、ゼクトロードが胸に手を立てて優雅に言う。
「食事やお飲み物のご希望がございましたら、近くの給仕にお申しつけください。それ以外のご要望は私が承ります」
「うむ、用があれば呼ぶのじゃ」
「は。ごゆるりとお過ごしください」
スッと視界から外れてボックス席の外で直立するゼクトロード。
なんだか要人警護されてるみたいでソワソワしてしまうけど、当のミレニアが慣れた様子なので対応は任せておこう。
とはいえ居心地の悪さも、ソファに座った瞬間忘れてしまった。ソファは座面がふわふわな上にじんわり温かかった。よく視たら暖房の魔術器がソファの下に設置されており、寒さをかなり軽減してくれている。
プニスケソファの廉価版みたいだな。
「こりゃいいや。プニスケも気持ちいだろ?」
『きもちいいなの~』
「そこの給仕の人、何か酒とつまみを用意するです」
「かしこまりました」
さっそく酒を注文するナギだった。
他のメンツは各々果実水など頼んでいた。
飲み物を片手に闘技場を見下ろす。
そろそろ二日目の初戦が始まるところだった。
「今日の初戦は……あ、シードの人とクリムゾンさんね。シードの人は四番人気だって」
「去年は決勝まで残った人です? けっこう強そうな傭兵です」
「でもさすがにクリムゾンさん相手に腰が引けてるわね」
「当然です。火神の使徒に普通の人間が勝てるはずもないです」
ナギの言葉通り、初戦はクリムゾンが圧倒して勝っていた。
火神の使徒。
昨日彼女の戦いを見た俺たちは、クリムゾンの力をそう確信していた。呪文も魔力も使わず火を操り、そして火そのものとなる力。
火神の権能以外に考えられないだろう。
そりゃあ強いわけだ。
「使徒に会ったのって、スカラマギと教皇以外に続いて三人目だっけ?」
「そうね。聖樹、秩序、火……どれも強力よね。そういえばミレニアさんが敵対していた【悪逆者】って人たちも使徒なんでしょ?」
「そうじゃな。妾が以前戦ったのは〝毒〟と〝鏡〟の権能を持っておった。どちらも厄介な相手じゃったわい」
「うわぁ……毒神の使徒って、イスカンナさんの上位版みたいな?」
「うむ。じゃがどちらも倒しておるから安心せい」
「よかった~。でもまだ他にもいるのよね?」
「そうじゃ。特に何百年もずっと裏でコソコソ動いとる厄介なやつがのう。この前のエークス卿やガトリンを利用しておったのも、おそらくその【悪逆者】じゃろう。妾が賢者として旅をしていた時からの因縁の相手なんじゃが……いまだに姿を見たことはない」
表情を曇らせるミレニア。
ミレニアはサーヤたちには何も言わなかったが、俺はひょっとしてと思い当たることがあった。
ミレニアの記憶の中で見た、あのカーリナが死んだ森の隠れ家襲撃事件。あのとき隠れ家を破壊して消えたのも【悪逆者】だったのかもしれない。
つまり、ミレニアにとっては親友の仇なのだ。
単純に世界を守るため以外にも、ミレニアには戦う理由があった。それが個人的な復讐でもあったから、ずっと俺を巻き込むことを避けようとしていたのかもしれない。
いまさらながら、ミレニアが意固地だった理由も理解できてきた。本当にいまさらだけど。
「にしても使徒の集団か~。権能を使える相手なんてめんどくさそうだな」
「厄介じゃが、やつらの相手は妾に任せるがよい。共に戦って欲しいとは思うても、命を賭けて欲しいとは思っておらぬからのう」
「何言ってんだよ」
確かに面倒で厄介な相手かもしれない。
けどミレニアはもう俺の大事な仲間だ。
「ミレニアの敵は俺の敵だ。俺の敵なら手を抜くつもりもない。そこは忘れないでくれよ」
「ルルク……すまぬ。ありがとう」
何とも言えなさそうな顔で俺を見るミレニア。
そんなミレニアと俺の頭を、サーヤが両手で後ろから撫でた。
「ねえ二人とも。私たちの敵、でしょ?」
「そうです。使徒だかなんだか知らんですが、ナギたちが倒すです」
「ん、よゆー」
「みなも……ありがとう」
ミレニアは気恥ずかしそうにしていた。
頬を赤らめる幼女は良いよね。父性が刺激される。
はやく元の体に戻ってワチャワチャ可愛がりたいもんだぜ。
そんな話をしている俺たちの後ろで、カルマーリキとリリスが話していた。
「使徒か……スカラマギ様と同格の相手となんて、うち戦えるかなぁ」
「カルマーリキさん、何も力比べだけが戦う方法ではありませんよ。情報や環境を提供するのもまた戦いです」
「環境……それならがんばれるかな」
「それに私から見れば、カルマーリキさんも十分お強いですよ?」
「そりゃリリスちゃんは戦闘要員じゃないから……せめてうちもメレスーロスくらい万能ならなぁ」
「お兄様が求めているのはバランスではなく突出した技術です。カルマーリキさんはカルマーリキさんなりの戦い方を見つければ良いのではないですか?」
「うちの戦い方かぁ……よし、がんばって見つけるぞ~」
何やら気合を入れているカルマーリキだった。
カルマーリキが悩んでいるように、使徒相手に戦うことの難しさはあるだろうが、俺たちは何も一人で戦うわけじゃないのだ。
「仲間と共に戦う……それが俺たちの強みだ! なあそうだよな、みんな!」
「いやルルクとミレニアだけでほぼ過剰戦力です」
「おいナギちゃん。ここは空気読もう? な?」
「それより観戦するです。次はハートハットの出番です」
ドライなナギが指さしたのは、闘技場の中心で犬人族の傭兵と向かい合うハートハット。
いや、確かに応援するべき場面だけどさ。
もうちょっとこう、結束感を出す場面だった気がするんだけど。
「ほんとだ! ハートハットさーん! がんばって~!」
「ん、かて」
「『がんばるなの~!』」
……ま、いっか。
俺もみんなと共にハートハットを応援するのだった。
こうして二日目も激闘は続いていく。
驚いたのは、二番人気だった象人族の傭兵が二回戦で負けたことだ。
勝ったのはネムネムという鼠人族の小柄な女性だった。賭けの順位は下から二番目という完全なダークホース。象人族の女性はクリムゾンと同じくレベルカンストの圧倒的強者で、レベル差が50近くあったにも関わらず、だ。
象のような巨体と優れた身体能力で振り回す巨大なハンマーは、小柄なネムネムに当たれば一発で即死しそうなほどの威力。
だがネムネムはさほど速いわけでもないのに、象人族の傭兵の攻撃をすべて避けて体の急所に攻撃を加え続け、ギブアップに持ち込んでいた。
「なあナギ、あれも武術?」
「違うです。初動が早すぎるです。熟達した読みでも到達できない確実性……おそらく予知系のスキルです」
「未来予知か」
なかなか珍しいスキル持ちのようだ。
そのネムネムは次も、その次も同じような戦い方で無傷で勝ち上がっていた。
結局ベスト4に残ったのは、
「クリムゾン、ハートハット、ヤヨイマーチにネムネム……エルニ、全的中だな」
「ん。とうぜん」
エルニの直感はバカにならないな。
クリムゾンは妥当だとしても、残り三人はほとんどの観衆の予想外だ。戦いを本業にしている傭兵がクリムゾン以外敗退しているのも驚きだろうな。
「実はそうとも限らぬぞルルク。いまの女王も傭兵ではなく元は花売りじゃ。そもそも妾が知る限り、傭兵が女王に就いている例はかなり珍しいからの」
「そうなのか。意外だな」
「傭兵は戦い慣れしとるから有利と思われがちじゃが、強い者ほど情報が出回ってしまっておる。手の内がほとんど知られているうえに、事前に対戦の組み合わせも発表されておるこの王座戦では、対策も容易なのじゃ」
「あ~なるほど。で、逆に傭兵以外はどんな魔術やスキルがあるか知られてないから意外と勝ち抜ける、と」
「そうじゃ。まあ、知られても意味のない者もおるがの」
ミレニアの視線の先は、闘技場の中央で表彰されている四人の姿――そのうちのクリムゾンだった。
確かに炎そのものが相手なら、対策のしようがないだろう。
「にしてもハートハットさん、さっそく幻影をうまく使いこなしてたわね」
「サーヤが昨日教えてた〝異呪文〟のやつか」
「そ。それに『ミラージュ』の使い方も一晩でかなり上達してたわ。光魔術の練度がすごいわね」
ハートハットがとった戦術はシンプルだが効果的だった。
攻撃魔術に見せかけた幻影を何度も撃って、その中に時折本物の攻撃魔術を混ぜていた。一度でも騙された相手は、次が幻影かどうかに関わらず迎撃しないといけなくなるから、魔力消費の少ない『ミラージュ』で相手に魔術を連打させ、疲労させてから仕留めるというなかなか玄人向けの戦い方だった。
無論、ハートハットが素早く回避能力が高かったからできた戦法だろう。
とはいえたった一晩で異呪文をひとつでも使いこなせるようになったのは、彼女の努力の成果だろう。
まあ、当のハートハットはベスト4まで残った自分に一番驚いているみたいだけど。
「あとはヤヨイマーチっていう兎人族のお姉さんも凄まじかったわね。特にあの蹴り……鉄も蹴り破れそうだったわね」
「兎人族には珍しい身体強化スキル持ちじゃったの」
「地面が割れたのは驚きです。女王の血縁です?」
「さあの。だが明日はクリムゾン相手じゃ……炎の化身相手に身体能力だけでどう戦うか」
「でもあの表情、まだ手の内を隠してるです」
「確かに余裕そうじゃのう。まあ、あの四人で緊張しとるのはハートハットだけじゃがの。猛者たちに一般人が紛れ込んでみたいで面白いのじゃ」
笑うミレニア。
確かに、観客の声援に手を振るクリムゾンとヤヨイマーチは堂々としており、ネムネムは眠そうにうつらうつらしている。
ハートハットだけが顔を青くして、ぎこちない笑みで手を振っていた。
「こりゃ今夜は眠れなさそうじゃの。あの状態では祝勝会というわけにもいかんじゃろう」
「そうね。今日はそっとしておいてあげましょ」
俺たちは同意して、ハートハットに声援だけ送っておいた。
ハートハットはお腹が痛いのを我慢しているような表情で、俺たちに手を振り返してくれた。
観客たちがバラバラと退場し始めると、俺たちのそばで一日中サポートしてくれていたゼクトロードがミレニアに話しかけていた。
「賢者様、本日の催しはお楽しみ頂けましたでしょうか」
「うむ。満足じゃ」
「明日もこちらでご観覧頂けますか?」
「そうじゃの。そうさせてもらうとするかのう」
「かしこまりました。ちなみに本日の夕飯などはいかがしましょう? 王城にご招待はできませんが、ご希望の場所がございましたら席をご用意いたします」
「……ルルク、どうするのじゃ?」
「どうしよっかな~」
今日は完全にノープランだ。
ハートハットはそっとしておくと決めたので、昨日のレストランに行くのもやめておいた方がいいだろう。元クラスメイトもおあずけだな。
ゼクトロードのおすすめのレストランでも聞こうかと考えていたら、
「お兄様、少しお耳を」
「ん、どうしたリリス」
「実は――」
リリスが俺に耳打ちする。
その内容は、俺が少し前からリリスに探してもらっていたある物が見つかったという情報だった。
それを聞いて、俺はすぐにみんなに提案した。
「今日は屋敷に戻ろう。みんな、それでいいか?」
「もちろん」
「よいのじゃ」
「かまわないです。でも、なぜです?」
まだまだ獣王国の酒を飲み足りないのか、少しだけ不満そうなナギ。
俺はナギだけに聞こえるように言った。
「ルニー商会の人が探してた古い文献を見つけてくれたんだよ」
「文献です?」
「ああ。『武具名鑑』って言って、ドワーフの国王が代々引き継いでいる神代の図鑑らしい。もちろん写本だけどな」
「図鑑? なぜそんなものを?」
首を傾げるナギ。
俺はその腰に提げている、いまだ文字化けしている武器をチラリと見て言った。
「載ってるらしいんだよ。『凶刀・神薙』についての情報もな」




