85《28》【3章完結】聖女は魔獣に乗った
「ううーん、重いー」
高級なお布団は重たいのかしらん。
謎の圧迫感にエレンがうなっていると、顔にぺちぺちとした刺激もあって、ううう、と声を上げながら目を開けた。
可愛い男の子が、エレンの上に掛かっているふとんに乗っかって、エレンをのぞきこんでいる。
昨日出会った悪魔だけれど、なんだかちょっと不憫可愛いかったから、エレンの中で、この子の印象は悪くない。
だからエレンは、そんな小さな来訪者を見て、まどろみながら微笑んだ。
「なーなー、起きた?」
「うん、起きたよ。おはよう」
「ああ」
エレンが挨拶をすると、悪魔はこくりとうなずいた。どうやら挨拶する習慣がないようだ。今後の為に、エレンはちゃんと教えることにした。
「こっちの世界にはね、挨拶があって、お互いに言い合うものなんだよ」
「ふーん……おはよう?」
「おはよー。すごいね、飲み込みが早い!」
「ふふん、まあな!」
がさつな口調なのに実に素直だ。そんなギャップが可愛くて、エレンは起き上がると、悪魔の頭をなでなでした。
「あれ? そういえば、よく入れたね? 表には護衛がいたはずだし、部屋には鍵もかかってたはずだけど……」
エレンがそんな疑問を口にすると、悪魔はどや顔で言った。
「そんなの簡単だ。お前の姿に変身してから、部屋の場所を聞いたらここに連れてこられたし、『ドアが開かない』って言ったら開けてもらえた」
「……なるほど」
エレンはこくりとうなずいた。
変身スキルやばし。更なる問題案件勃発。
どうしたものかと少し悩んだエレンは「人の部屋に入りたい時は、ノックをして、中にいる人が応えてから入ってね」と言ってみる。
「なんで?」
「えーと、急に入られるとびっくりするからだよ」
「返事がない時は?」
「そうだねえ……鍵が開いてたら入っていいよ」
「閉まっていたら?」
「うーんと……」
なんでなんでと改めて聞かれると、普段そういうものだと思って生きてるエレンは『はてなんでかしら』と引きずられてよくわからなくなってきた。
だが、エレンにはこういう時の秘策があるのだ。
「わからないことは、ウィリアム様に聞くべし!」
「わかった!」
《秘技! 人任せ》エレンはウィリアムに丸投げした。
「そういえば《アーク》になった。オレの呼び名」
「ほほー、そうなんだ」
「呼んでみろ」
「アーク」
言われるままに呼んでみたら、悪魔……もとい、アークが顔をそらした。どうやら照れているようだ。エレンが面白がって「アーク、アーク」と連続して呼びながらアークの顔をのぞきこむと、アークは両手で顔を隠してしまった。耳まで真っ赤だ。
「もういい、満足した」
「えー? こっち向いて、アーク。あ、抱っこしようか、アーク?」
「あのな、オレのいた世界では名前を呼ぶのは、心を渡す、くらいの意味があって……真名は契約の時しか使わないし、呼び名も、オレはあんまり呼ばれたことない」
「ふうん?」
でっていう。エレンは首をかしげた。
呼んでいいのか悪いのか、どっちの意味でそんなこと言うのかしらん。
でもたぶん、決まった呼び名を早く呼んでほしくて、朝っぱらから、わざわざ起こしにきたはず。
「これからは、沢山の人がアークって呼ぶよ」
「そうかもな」
「ね、私のことも名前で呼んでね? 私の名前は」
「エレン」
エレンが名前を告げる前に、名前を呼ばれて、しかも呼び捨てで、エレンは小さく驚いた。
「あ、知ってたんだ」
「みんながお前をそう呼んでた」
「そっか。よろしくね、アーク」
「ああ。よろしく、エレン」
アークと名前を呼び合いながら、エレンも、新鮮な気分になる。エレンを呼び捨てにするのは、これまでは家族くらいだったし。まあ、好きに呼んでくれていいのだけれど。
「エレン……お前達はオレよりずっと早く歳をとる。お前自身が長く生きたと思っていても、オレから見たらとても短い年数で、たぶん死ぬ」
エレンのひざに座っているアークが、エレンを見上げている。幼い外見に大人びた真剣な表情がちぐはぐとしている。
「そんなお前が、あの人を救ってくれた。あの人を生き返らせて、あの人を大切な人達の中に戻してくれた。だから、オレはお前の味方になることにした。この先、お前にどんな困難が降りかかろうと、それがどんな理由によるものだろうと……オレは、必ずお前に味方する」
「……私にとってはね、あの魔法はとても簡単なんだよ」
アークの決意は、エレンのしたことに対してあまりにも大きくて、不釣り合いだと感じた。だから、エレンはそう言って断ろうとした。
「別に、関係ねーよ」
「ええ? でもさ、私が好きにやっただけなわけだし、別に気にしなくていいよ」
「じゃあ、オレも勝手にやる」
「ううん、そう? わかった」
まあ、無茶苦茶なお願いをしなければいいか。
そんな風にエレンがあっさり気持ちを入れ替えて了承すると、アークは満足した様子でベッドから飛び降りた。
「ウィリアムが、みんなで朝ご飯食べようって言ってたぜ。だから、オレが今1人ずつ起こしに行くところなんだ」
「あ、そうなんだね。じゃあちょっとだけ待ってて。一緒に行こ」
「わかった」
そうしてアークに待ってもらい身支度を整えたエレンは、イアン達と合流してみんなで朝食を食べた。ウィリアムとマーリンにも無事に会えて、元気そうで安心した。
王妃が王宮に戻ってきたことは、近々公表するらしくて、たぶん、国を上げてのお祭りになりそう。
でも、今日は平日だから、イアンもマーリンも一度家に帰ってから学園に向かうらしい。慌ただしくいつもの日常に戻っていく。
「マーリン様、このあと風魔法で送りましょうか? 家に多少早くお送りできると思いますが」
「ありがとうございます。とても助かりますわ。
ぜひお願いします、イアン様」
朝食の席で、イアンとマーリンがそんな話をしていると、アークがウィリアムに質問する。
「なんで早く帰りたいんだ?」
「今日みたいな平日は、ぼく達は学園に通っているんだよ。マーリン達は着替えたり授業の準備をしに、一旦家に帰らないといけないんだ」
エレンが答える時には、なんでなんで攻撃が止まらなかったアークだけれど、ウィリアムの答えにはなぜか1回で満足している。エレンはちょっと悔しかったけれど『まあでもウィリアム様に任せた私グッジョブ』と思って、うむうむとうなずいた。
アークはみんなを見渡して『ふうん』という顔をすると、まるで他愛ないことかのように、こんな提案をした。
「じゃあオレがお前達を送ってやろうか?」
****
そうしてみんなで外に出ると、アークは大きな爬虫類に変身した。最初はドラゴンになったけれど、エレンが『空飛ぶの怖い』と言ったから『じゃあこれは?』と陸地型の魔物に変身したのだ。
「わー、すごーい!」
物語の絵に出てくるような大きな魔物にエレンが感嘆の声を上げると、エレンをアークに乗せてくれたイアンが、エレンよりもわくわくしている。きらきらとアークを見て、声も弾んでいる気がする。
「皮膚が硬いし、こんな大きくてかっこいいの初めて見た。アークの国にいる魔物?」
「ああ、オレの住んでた国では、移動手段でよく使う」
「へー行ってみたいな」
「意外と奇特なやつだな、お前」
「そう? 男なら憧れるだろ」
そう言ってイアンは笑うと、簡単にアークに飛び乗ってエレンの後ろについた。片手をエレンの腰に回して落ちないように支えつつ、もう片手はゴツゴツした魔物の皮膚を興味深く触っている。
「イアン様は魔物が好きなんですか?」
「はい、魔獣とか、魔鳥とか……特に、でかいのが好きです」
「ゴツゴツしたのとかも?」
「うん、いいですね。硬い皮膚とか鱗とか爪とか……いつかドラゴンにも乗りたいな……」
「じゃあ次の機会に乗せてやるよ」
「次? いつ?」
「知らん、ウィリアムに聞け」
「わかった、ありがとう」
そんな話をしていると、ウィリアムに持ち上げられてアークに乗ったマーリンが、アークを気遣う。
「こんなに大勢で乗っても、大丈夫?」
「ああ、余裕。乗りやすい魔物だけど、落ちないように気をつけろよ」
「ええ、わかりましたわ」
「じゃあ、学園に行く組が優先ってことで、マーリン、イアン、エレンさんの順に送ってもらおうかな」
そう言ってなぜかウィリアムもアークに乗った。
「なんでお前も乗るんだよ」
「全員送り届けてたら遅刻しますよ?」
「大丈夫、大丈夫。まあ多少ぎりぎりになるけれど、こんな魅力的な魔物に乗れるなんて体験、なかなかできないし。すごいな、アーク」
「あーもう、行くぞ」
みんなから褒められて喜ばれて照れたアークが、ついに、ぷいっと明後日のほうを向いた。
アークは王宮に住むそうだ。
長い因縁のあった2人だけど、ウィリアムとアークは、結構上手くやっていきそうな感じに見える。
「だね。じゃあ、アーク、まずは向こうに見える、あの大きな青い屋根の家を目指して」
「わかった。全員つかまれよ」
それを出発の合図として、ぐんっと大きく動いたから、エレン達は慌ててアークの背中をつかんだ。町並みがすごい勢いで通り過ぎていく。
魔物の体に大きな凸凹があって、くぼみに収まることができるから、振り落とされる心配は意外とないけれど、この速さの乗り物なんて、この世界でエレンは見たことがない。
「わわわ、すごいすご……早ーーっ」
「きゃーー」
あっという間にマーリン、イアンの順に家に送り届けていく。
「ありがとうございます、アーク君。ではみなさんとは、また学園で」
「ありがとう、とっても楽しかったよアーク。ウィリアム様とはまた後ほど。エレンさん、また連絡しますね」
そうしてエレンの家に来たから、エレンもここでお別れだ。
「送ってくれてありがとうアーク」
「お前達はこのあとも学園で会うんだろ。いいな」
大きな魔物姿のアークはどことなく寂しそうに言った。
エレンは別に通っていないのだけど、アークが聞きたい言葉は、これから聞くウィリアムの言葉のほうだろう。
このあとの言葉で、アークはとても嬉しそうにしっぽをブンブンと振る。
「来週からのつもりだったけど……じゃあ今日から行く? アーク」
「どこに?」
「学園。一緒にさ。編入手続きはもうしてるんだ。ぼく達くらいの年齢の姿には、変身できる?」
「できる!」
「じゃあ今日はぼくの制服の1着を貸すよ。君の分はもう少し待ってて」
「え、え? アークはでも、文字とか計算とか大丈夫? いきなり学園でいいんですか?」
エレンがそんな心配をしたけれど、全く問題ないらしい。
「そんなの20年くらい前に覚えた」
「20年、前……!?」
アークのセリフの中の年月が壮大で、エレンは恐れおののいた。そして、そんなエレンを見て、ウィリアムが苦笑している。
「エレンさん見た目で絶対騙されているよね?
アークは10年で1歳年をとるらしいよ」
「へー、そうなんですか」
じゃあ40年くらい生きてるのかしらん。
「学園に通っても学習レベル的には問題なさそうだし、通うならぼく達がいる時期がいいだろうから」
「ふうん」
そうなると、今度はエレンが1人ぼっちっちで寂しい感じである。口を尖らせるエレンを見て、寂しさを察知したウィリアムが笑いながら声をかけた。
「エレンさんも、来たらいいのに」
「ううう……ですよねえ」
「あれ? 今回は断らないんですね」
エレンの反応が予想外だったようで、ウィリアムが少し驚いたような顔をしている。
「はい……私はなぜに自分が、こんなに頑なになっているのか、だんだんわからなくなってきました」
「なんだ、お前は行ってないのか。来たら?」
「うう、考える」
「でもまだ考えるなんですね」
「ええ、まあ、ぼちぼち……では、また」
「うん、またね、エレンさん」
「またな、エレン」
そうして今日も結論を先伸ばしにしたエレンは、お城に帰る2人を見送った。
まだ早朝で人の少ない時間帯だけれど、ぽつぽつと歩いている人はいて、みんなびっくりしている。
なんかでも、こんな非日常は、これから日常に溶け込んでいきそうだ。
ウィリアムはたぶん、アークを隠すのではなくて、積極的に国の人達に見せて、溶け込ませようとしている気がする。
エレンは「んー!」と伸びをして、自宅のドアをガチャリと開けた。
「ただいまー!」
ここ数日の間に心配をたくさんかけたから、新旧家族が出迎えてくれたら真っ先に謝って、そのあとでお礼を言って、そうして一段落したら、今回の色んな大冒険の話をしよう。
第3章【自国】夢幻迷宮と失われた王妃 ~Fin~




