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80《23》聖女は黒い悪魔と相対した

「イアン、朝だよ」

「エレンさんも起きてください」


 いつの間にかベンチで仲良くうたた寝していたみたいだ。ウィリアムとマーリンによって、エレンとイアンが同じタイミングで起こされる。


「へ? 朝?」

「……そんなに、寝てました?」


「いえ、ウィリアム様のは言葉のあやですわ。

それほど、時間は経っていないかと思います」


 真面目なマーリンがあっさり訂正すると、ウィリアムも普通に話を続ける。


「うん。疲れてるみたいだし、もう少しくらい寝かせてあげたかったけど……時間猶予がそれほどあるわけでもないし、今後の計画を立てよう。

……一緒に攻略してくれるんだよね?」


「ええ」

「もちろん」


 イアンとエレンが2つ返事でそう応えて『じゃあ4人で座れる場所に移ろうか』という感じで話をしていると……いつの間にか中庭の木箱の前に、1人の女性がたたずんでいた。


 最初に気づいたエレンが、人差し指を木箱に向ける。


「みなさん……あそこ……」


 王宮に飾られていた肖像画そのままの美しい姿で、王妃がこちらを見ている。

 王妃はみんなの視線が集まると、口を開いた。


「お前達は、どこから来た。迷いこんだのか……それとも……出口があるのか?」



「母、上……?」


 ウィリアムがかすれた声でつぶやく。


「棺の中で……てっきり、もう、死んでいるのかと……」


 そんなウィリアムを見て、王妃が目を見開く。


「……そうか、お前、あの日の赤ん坊」

「……お前は誰だ?」


 王妃のつぶやきで一転、ウィリアムの声が警戒を帯びた冷たいものに変わる。


 ウィリアムは質問をしながら、右腕でマーリンを守り一歩前に出ると、左手を王妃に向けて掲げた。イアンも立ち上がりエレン達を隠すようにウィリアムの隣に並ぶと、剣の柄に手をかける。


「お前は……《黒い悪魔》か?」

「だったらなんだ」


 王妃らしからぬ話し方をしたその人の、左腕が黒くだらりと伸びて大きく変形した。

 ウィリアムの魔力も意志を持って発現する。


「だったら……倒すさ。お前はぼくの宿敵だ」


 ウィリアムがゴウッと火魔法を放った。

 しかし、王妃の姿をした悪魔がその黒い手を一振りすると、一瞬の熱風があったのち炎が全てかき消えた。


「やっぱり人間は大嫌いだ」


 王妃の姿を模した黒い悪魔が、そう吐き捨てた。そして、大きな左手で木箱をつかむと美しい顔を歪ませた。左手のみそのままに、全長2mくらいの黒い小さなドラゴンへと姿を変えて空に舞い上がった。


「待て! 母上になにをする!?」


 ウィリアムが叫ぶと、黒いドラゴンは思わぬセリフを吐いた。


「ふざけんな! 今、この人を壊そうとしたのはお前だ!」


 ウィリアムの動きが止まる。黒いドラゴンは風を切って飛んでいき、迷宮の上の階に消えた。


****


 先ほどの一連の会話を聞いていると、悪魔は王妃を大切に想っているように思える。エレンは思ったことを言ってみた。


「ウィリアム様、あの悪魔……もしや、いい悪魔だったりしませんか? さっきも、攻撃してこなかったし、木箱をかばってたみたいだし」


「……まさか。もしそうなら、そもそも人をさらいませんよ」

「でも、王妃様をさらったあとで心を入れ替えたのかもしれないですし」


 否定するウィリアムへ、エレンがさらに言葉を続けると、マーリンも追随(ついずい)した。


「先ほどウィリアム様は『棺の中には多くの花が敷き詰められていた』と、お話されていましたよね? この迷宮には悪魔以外の生き物の気配はありませんわ。だから……」


「だから、なに? 棺の中に花を入れていたのがあの悪魔だったら、母上をさらい迷宮に閉じ込めて死なせたけれど、許そうって?」


「そんな、わけでは、ありませんが……」


「いずれにしろ、母上の一生を台無しにしたことには変わりないよ……」


 そう言うくせに、ウィリアムは浮かない顔をしている。そこにイアンが声をかけた。


「どうします? 今から追いますか? どうやら上の階に逃げたようですが」


「うん、追いかけよう。ぼくは悪魔を倒して……母上を城に連れ帰りたい」


 そうして4人で上の階に向かった。

 でも、どことなく気まずい雰囲気が漂う。


 だって、あの悪魔は、まだなにも危害を加えてきていない。ウィリアムが部屋で寝ていた時も、エレンとイアンがベンチでうたた寝していた時も、隙だらけだったのになにもしてこなかった。


 悪魔がしたことといえば、ウィリアムの火魔法を打ち消したことと、木箱を持って逃げたこと。

 あと、エレン達が起きるのを待って、質問してきたくらいだ。


『出口があるのか?』って。


 たぶんこの16年間、悪魔にとって出口がなかったということだろう。

 だからあの明るい中庭で、王妃の亡骸に花をたむけながら、1人静かに迷宮で過ごしていた。


 しかし、エレン達が来たことによって、今は、迷宮から出る為の道筋ができてしまっている。


『人間が大嫌い』だと言う悪魔を、自国に入れるわけにはいかない以上、エレン達は、悪魔と相対しなければならない。

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