70《13》聖女は学園に向かった
ウィリアムと会う日は、たいてい周りに誰かいるから、普段2人きりになることはほとんどない。
だから、こんなに長い時間を2人で過ごして、今もエレンの隣にウィリアムがいるのは、なんだか不思議な気分だった。
でも、ずっと友達だったから、気まずくなったりすることはなく、のんびりと学園までの道を歩く。
ウィリアムは、普段はしないような、小さな打ち明け話をした。
「出会ったばかりの頃のさ、みんなで初めて過ごした夜のことなんだけどね……」
「うん、アパートの外で、みんなでバーベキューした日ですよね。おいしかったなあ」
「そうそう。エレンさんお手製のにんじん茶で乾杯したね」
エレンはあの楽しかった夜を思い出した。
あんなにおいしいお肉とウインナーの味を、エレンは忘れることができない。どこにおいくらくらいで売ってるやつなのかしらん……ぶるぶる。
エレンが半年前に食べたお肉の味に思いを馳せていると、ウィリアムも懐かしそうに言った。
「あの日はね、ぼくの中で転換期だったんだ」
「転換期?」
「うん。自分の魔法を、少しだけ好きになれた日」
エレンは隣を歩く、ウィリアムを見上げた。
「それまでは、好きじゃなかったんですか?」
「うん。今もあんまり好きじゃないよ」
「どうして?」
「……ぼくの火魔法は、人を守れないから。
他の魔法と違って、人に触れられないんだ。
普段使いするにも、色々と工夫して、神経を使わないといけない……自分や周りを傷つけないように」
ウィリアムの硬い靴が、足元の小石に触れて、シャリッと音を立てた。「でもさ」とウィリアムが続ける。
「バーベキューしたあの夜。ぼくが火魔法を使って、みんなが歓声を上げたあの夜。
あの日からぼくは、自分の魔力とそこそこ前向きに向き合うようになった。楽しい使い道を探すようになった。だから、感謝してるんだ。
……ありがとう、エレンさん」
このタイミングでウィリアムは、エレンがこっそり必殺技認定している魅了系スキル《王子スマイル 儚い系》を発動した。
すっかりお友達と思っていてノーガードだったエレンは、不覚にも心臓がトキメキで跳ね上がった。
ドッキーン!!
わわわわわ、だだだダメよエレン!
私にはイアン様がいて、ウィリアム様にはマーリン様が……! って、これは本当にやっべえ!
エレンは内心激しく動揺しながらも、芋づる式に発生するかもしれない友情の危機に恐れおののき、仮面《おお心の友よ》をかぶった。そして、素数を数えながら「どういたしまして」と応える。
ウィリアムは気づかなかったようだ。エレンはほっとした。これからは急な笑顔に備えよう。
「そういえば、魔力を魔力のまま使うっていう発想も、昨日の夢で初めて思いついたよ。ああいう使い方だと、安全だし、便利でいいね」
「あ! そういえばウィリアム様の魔力、ぬくぬくして温かかったです。寒い時に、周りを温かくできていいかもですよ」
「そうなの? ……あ、本当だ。なるほど。こういう使い方もいいですね」
「ふふ、温かいですね」
そんな話をしているうちに、学園に着いた。
校門前に、王子と聖女がいるという光景に、学生達はぎょっとしながらも、挨拶したり話し掛けてきたりして、それに対してウィリアムが、やんわりと返している。
最近、訓練場でよく会うようになった面子も何人かいて、エレンも世間話をした。イアンのまねをして最近通うようになったらしい。『イアン先輩』と呼んで瞳をきらめかせる男子達を見てエレンは内心、激しく動揺していた。
嘘でしょ……まさか、年下だったなんて!
そうして、マーリンとイアンが連れ立って歩いて来るのが見えたから、エレンは笑顔で手を振った。
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「ウィリアム様、エレン様、こんにちは」
「こんにちは、マーリン様にイアン様」
「エレンさんと無事に会えたんですね」
「うん、探すのすっごく大変だったけどね」
どうやら、ウィリアムが学園をサボってエレンを探してたことは知っていたご様子。でもまあそうか、とエレンは勝手に納得した。
もしウィリアム様が2人になにも言わずに学園を休んでたら、病気か仮病かわからないし、今日の約束もどうなるんだろうって心配になるもんね!
なのでエレンは、さっそく自分の目的を果たすことにした。
「マーリン様もイアン様も寝不足で疲れてますよね? 手、貸してください。元気あげます」
そうして2人にもおまじないの魔法をかけた。
「ありがとうございます。今日は本当に、とても疲れていて……途中からイアン様と交代で保健室に行ってたんです」
「交代で?」
「ええ、そうしたら互いに授業のフォローができるので」
「あ、なるほど」
エレンの疑問にイアンが補足してくれた。
マーリンもウィリアムと話している。
「これ、ウィリアム様の分です」
「ぼくの分のノート、別で用意してくれたの?」
「はい、あの……時間もあったしついでですわ」
「ふーん、疲れてたのに? ありがとう。嬉しい」
「うう……!」
マーリンのツンデレには、だいたい突っ込むウィリアムである。でもまあ、今のはエレンもついつい、同じ感じで突っ込みたくなった。
マーリンは頭がいいくせに、なぜかとっさの言い訳が下手すぎてぽんこつ可愛いのだ。
「どこで話しましょうか……街に出ます?」
イアンがそんな感じに口火を切って、ウィリアムが言った。
「それなんだけどさ、みんなで今から、城に来てもらえる? 今回の夢の話について、父上も話したいことがあるらしいんだ」




