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62《5》聖女は観劇した

「はい、エレンさん。あとひざ掛けも使います?」

「うん、欲しいです。ありがとうございます、イアン様」


 劇場内に入って、エレンが良い場所を取ってる間にイアンがドリンクを買ってきた。イアンの席に置いてた荷物をどけて、ドリンクとひざ掛けを受け取る。


「今日観るのはなんていう演劇でしたっけ?」


 エレンはそう質問して首をかしげた。

 なんか長くて特徴もないやつだった。オペラ座の怪人みたいに、短くてわかりやすいタイトルにしたらいいのにー、と思うのだけれども、なんかそういうのが流行ってるのかしらん?


 イアンも首をひねる。


「なんでしたっけ……穏やかで楽しく過ごす……伯爵がなんたら、みたいな」

「えー? イアン様のおすすめなのにー」


 するとイアンが笑って、ごまかすようにエレンの首をくすぐった。「ひゃ! もー、イアン様っ」と言いながらエレンが指をつかもうとするけれど、イアンの瞬発力のほうが速いのだ。

 エレンの両手をかいくぐり、首を狙うイアンの片手によるくすぐり攻撃は全部ヒットする。


「あ……や、やっ、だめ、イアン様」

「……そんな誤解される声を出すから、周りに見られてますよ?」

「イアン様のせいでしょ!」

「あはは」


 イアンの手が止まったので、また動き出す前につかんだ。


 確かにエレンがくすぐられている間、何人かが通路を通りながらこちらをちらちらと見てきては、一様にがっかりした顔をした。なにをしていると思ったんだチミ達……!?


 エレンはあらぬ誤解に顔が熱くなった。

 むくれて文句を言う。


「急にくすぐるの止めてください」

「そうですね……人前では止めようと思いました」

「え……? なんで人前限定?」

「他の人に見せたくないけど……翻弄されるエレンさんを見るのはすごく楽しいと知ってしまって」

「こらこら」

「止められない」

「おいおい」


 知るなし。


「え? 急にくすぐらなければいいんですよね?」

「……一方的に負けるのは悔しいので、私に有利なルールとかなら考えますよ」

「えー」


 まあでも手を繋いでたら軽く無効化できそうなので、エレンは基本的に手を繋いでおこうと思った。


「この演劇は、王子と知らずに恋に落ちる女の子の話みたいですよ」

「へー、そうなんですね。面白そう!」

「うん、クラスの女子達がおすすめしてました。王子様との恋物語はやっぱり人気が高いですね」


 どうやら、エレンの為に女子が好きそうなやつにしてくれたご様子。エレンの男爵令嬢時代の記憶的には、たしかイアンは姉妹もお母さんもいなかったはずだけど……ひざ掛けを持ってきてくれたり、女性が好ましいと思うことをナチュラルにできるのはなぜかしらん。騎士道?


「たぶんウィリアム様やマーリン様が過ごしやすいように考慮されたクラスになってるんです、今」


 エレンがなにかを考えている様子を見て、イアンは、エレンがクラスの女子について気にしていると思ったようだ。

 2年生になってからのクラスの人達とは男女に限らず良好な付き合いだと話した。「1年生の時は?」とエレンが聞くと、イアンは遠い目をした。なにやら人知れぬ苦労があったご様子。


「ふふ、なんだか今日のイアン様は、学園の話を色々教えてくれますね」

「今日はエレンさんがいつもより興味を持ってそうでしたからね。他になにか知りたいことがあったら応えますよ」

「えー、今すぐは思い浮かばないですよ」

「もちろん、いつでもいいですよ」


 そうこうしているうちに上映時間が近づいてきた。

 ひじ置きの上で手を繋ぎ、2人で1枚のひざ掛けを仲良く使って、エレン達は真っ暗になった会場の舞台を見つめた。


****


「はー、クライマックスのほうびっくりしました! 婚約発表の時に国賊に襲われるところ! 迫力ありましたねえ」

「エレンさん、ものすごくひやひやしてましたね」


「……なんかちょくちょく視線を感じると思ったら……ちゃんと舞台を観て!?」

「舞台も観てましたよ?」

「ほほー? じゃあ問題出しますよ?」

「はい、望むところです」


 そうしてイアンと演劇の話で盛り上がった。


 命の危機的状況で逃げ場も失った2人は、国民達が悲鳴をあげる中で熱いキスをするのだ。でも悲劇と思ったら喜劇だった。まさかあの時のあれが伏線だったなんて……!


 ところでエレンは前世を含めても、これまで演劇やミュージカルを生で観たことがなかった。空気が震えるほどの音や迫力に興奮が冷めやらない。


 このあとはご飯を食べに行く予定だったけれど、その時間を少し遅らせて他の演劇のチラシがまとまってるフロアに立ち寄った。次回の候補として、気になったチラシを色々持ち帰ることにする。


「へー、本当、王子様との恋物語が多いですねえ。あ、でも、結構悲劇も多いんですね……意外」


 そう言いながらエレンは、チラシを見た。


『全国民が泣いた! 恋愛劇の金字塔』などと、でかでかと書いてあるけれどエレンは泣いてない。全国民とは一体……。死に別れ系っぽいのとか、身分差で引き裂かれる系とか……多少の困難があっても、ハッピーエンドがいいんだけどなあ。あ、でも結構、断罪系もある。


 断罪系は、無実の罪で立場を追われてかーらーの、怒涛のラッキーにより、もっと成り上がるやつですね!


「エレンさんはどんなジャンルが好きですか?」

「んー……やっぱりハッピーエンドですかね?」

「じゃあ、こういうのは?」

「どれどれ? あ、面白そう」


 そんな感じで、エレンは丸1日をイアンと2人きりで楽しく過ごした……とはならなかった。


 劇場を出て歩き出すと、繋いでる手にチョップされた。エレンはびっくりして振り返る。


 こ、このデジャブは……!?


「こっちのデートを邪魔したその足で、自分達は仲良くデートとは……いーいご身分だね?」


 エレンが振り返ると、いつも通り完璧な王子様ウィリアムが、陰鬱に微笑んでいる。

 エレンはひええとなった。


「ひええ、ウィリアム様!?」

「わ、どうしてここに?」


 イアンの疑問にウィリアムががっくりと応える。


「マーリンを送って来たんだよ……魔力不足で疲れてそうだったから。お陰で今日もマーリンのお母様とお茶する時間のほうが長かった……ぼくの婚約者はいったいどっちなんだ」


「あー……すみません」

「すいやせんっした」

「本当だよ! 切に反省して、本気で、頼むから」


 そうして「嫌がらせ返し」と言ってウィリアムが合流。その後は3人で遊んだ。


「そういえばイアン、休日空いてるんだよね?」

「はい、しばらくは。そういえばウィリアム様、隣国入りを強硬した件、大丈夫だったんですよね」

「あ、そうなんですね。よかった!」


 ずっと気になっていたけれど、なんやかんやで聞くのをすっかり忘れていたエレンである。


「うん、お土産のお陰で褒められたよ。

まあぼくは、たいしたことをしてないけどね」

「えー、そんなことないですよ? 乗り合い馬車も出るようになって、マダム達が隣国に行きやすくなったって喜んでましたもん」


 ちなみにエレンも新旧家族に怒られてない。

 あざのこととか、イアンとホテルに泊まったこととか、怒られそうな話はしてないからだけど。

 ウィリアムにイアンの手紙を送ったルカだけは、隣国で危険だったことも知ってるみたいだけど、エレンと口裏を合わせてくれた。


「エレンさんも、次の休日空いてます?」

「はい、なんもないですよ」


「じゃあ、次の休日、マーリンも含めた3人で王宮に遊びに来ませんか? メイン料理も合格がもらえたから、ランチに招待したくて」


「わー、すごい! ウィリアム様、もう合格もらえたんですね」

「合格? なんの話ですか?」

「あ、そっかイアン様この前いなかったから」

「今料理にはまってるんだよね。ようやく人前に出せるレベルになったから、食べて欲しくて」


 エレンとイアンは「喜んで」と返事した。

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