54《30》聖女だけが持つ光の魔法
「レー様! なんで婚約破棄したのに、仲良くお話してるんですかあ!? 婚約者様は、私をいじめてたんですよ? これが証拠ですう!」
レスターとエレンが話していると、花子が書類をばらまいた。そして、レスターの腕を取って、エレンとの間に割り込んだ。
ぽかーんとしていた出席者達も『そうだそうだ』『断罪はどうした』と野次を飛ばし、再びざわめき始める。
しかし、レスターが片手を上げると、ざわめきが収まって、レスターがなにを言うのか皆が注目した。レスターは厳かに話す。
「……この証拠は全て捏造だ。彼女は無実だ」
しかし、つい先ほどエレンに婚約破棄を宣言したのはレスター自身だ。急な態度の変化に、周りの野次とざわめきが大きくなる。
レスターは叫んだ。
「今、重要なのはそこではない! 今、我らの国は危機に瀕している!」
そうしてレスターは花子をひょいと持ち上げて脇に追いやると、エレンに再び話しかけた。
「とりあえず……イアン、だったか……すまない、すぐに処刑を取り止めさせる」
「はい、お願いします!」
エレンがそう応えた時、会場内から悲鳴が上がった。悲鳴は伝染するように、またたく間に会場中に広がって、耳が痛いほどの不協和音を奏で始める。
しかし、不協和音への不快感以上に大きな恐怖がエレン達の目の前にあった。悲鳴の理由をエレン達もすぐに体感した。
視界の隅から、闇が押し寄せて来ていた。
今回は、特定の誰かを狙ったものではなく……この国が壊れていく……そんなイメージのほうが近い。
黒い斑点がボタボタと視界を埋めていく。
黒くなったところは、生き物の気配も音も消える。
ループそのものが限界だったのか、それとも、人々の累積した悪意が許容量を超えてしまったのか……いずれにしろ、これがたぶん最後のループだった。
もう3日前に戻れないほど擦りきれていたループは、今日1日を終わるまで持ちこたえることもできない。
……この国はもう、限界だったのだ……。
人々が恐怖で色んなことを泣き叫んでいる。
そして、そんな叫び声すらも、徐々に聞こえなくなっていく。
世界が、ボタボタと暗闇に染まっていく。
そうして、闇の中で……もうすぐ一人ぼっちになってしまう。自分以外の存在が認識できなくなっていく。
「……イアン……様……」
エレンは急速に終わっていく世界の中で……
その頬に優しい風を感じた気がした。
そして走馬灯のように、幸せな時を思い出す。
****
『エレンさん、髪の毛濡らしたままだと、また風邪引きますよ。乾かしましょうか?』
久しぶりに会えて、一緒に泊まることになった。
そうしたら、濡れっぱなしのままの髪の毛を見て、また風邪を引くんじゃないかって心配してる。
『風魔法で?』
『はい、風魔法で』
『わあい、お願いしますー』
また彼の新しいところを発見した。
髪の毛、いつも、風魔法で乾かしてるんだ。
ふふ……なんか、ドライヤーみたい。
そうして2人でソファーに座ると、髪の毛に心地よい風が吹きかかる。
彼は手ぐしで髪の毛の乾き具合を確かめながら、向かい合う私の顔を優しく見つめてくるから、内心すごく恥ずかしくて……やっぱりもう大丈夫です、って何度か言いそうになった。
でも、もう少しの間、このままでいたいとも思う複雑怪奇な乙女心。だって会うの、久しぶりだし。
そして、風魔法って便利でいいなあと思った。
だってもしかしたら……四元素魔法の中で一番使い勝手いいんじゃないかしらん。攻撃、防御、飛行もできて、日常生活にも使えるんでしょ?
いいなあいいなあ、ず、る、い!
こちとら治癒魔法しか使えないのに!
あ、でもその時に、そういえば閃いたんだった。
自分の魔法が、光魔法と言われる……その可能性について……気づいて、試した。
そして、こう思ったんだ。
光魔法は、暗闇を照らせる。
****
エレンは自分の体中を巡る温かい魔力を感じた。
そして、直感が告げている。
使うのは今だと。
そして、曖昧なまま魔力を費やした昨日とは違い……今は、強く明確なイメージがある。
エレンは、体中を熱く巡る全ての魔力を使い、閉じていく黒い闇の世界で叫んだ。
「この国の全ての闇を打ち消せ──光よ!!」




