49《25》聖女は唯一の嘘を、暴いた
国外に出られるかを確かめる為に、エレンがイアンと出掛けようとすると、リヴェラが不思議そうな顔をした。
「あれ? 普通に歩いて行くんだね。屋根を飛んで直線で行くかと思ってた」
そういえば、この前のアレンとリヴェラはその作戦でシュッと確認してたなあと思い出したエレンである。屋根の上を行く選択肢は全然なかった。
エレンがイアンを見上げると、イアンが代わりにリヴェラに答える。
「えっと、エレンさんは高い所が苦手なので。そういうのは緊急時だけにしようと思って」
「あ、そうなんだね」
どうやらイアンは、エレンが以前、木から降りる時にぼろ泣きしてたのを覚えてたようだ。
もしかして、負担かけてるのかな、と、エレンは少し申し訳なく思った。
「イアン様? 私たぶん、ちょっとくらいなら、大丈夫ですよ?」
たぶん。イアン様にしがみついて、目をつぶってたらたぶん。……あ、言いながら後悔してきたお。
高所恐怖症のエレンは、処刑塔を下から見上げるのも怖いくらい、高いところも、高いものも怖いのだ。
ちなみに、ベランダみたいな柵がしっかりしてて絶対落ちないと思える所だと平気である。
そして塔は、下から見上げると柵もなにもない空に落ちそうな気分になるので、その辺の高い所よりも最恐に怖い。この感覚……お分かりいただけるだろうか……ブルブル。
するとイアンが微笑んで言った。
「気にしないでください。まだ午前中だし、ゆっくり行きましょう?」
そんな風に言ってくれるから、エレンは心が軽くなって笑顔で「はい」と答えた。
外に出ると久々に、イアンと2人きりで手を繋ぎながら歩く。イアンが言った。
「さっきの話ですけど……怖いという感覚は、悪いことじゃないですよ。危険なものから自分を守ろうとする、防衛本能だから。だから、その恐怖は、きっとエレンさんを守ってくれるはずです」
「ふふ、ありがとうございます。ちなみに、イアン様はどんなものが怖いんですか?」
「うーん……エレンさんに嫌われること、とか?」
「えー? それ、防衛本能じゃない!」
「あれ? そうですか?」
そんな話をして笑いながら、門にたどり着いて確認すると、まあそうだろうなと思っていたけれど、エレンもイアンもやっぱり外には出られなかった。
遮るものはなにもないのに、なぜかどうしても進めないのだ。
エレンが「荷馬車はどうか試してみましょうか?」とふと思いついて、卸業者のおっちゃんのところに行って荷馬車にも乗せてもらったけれど、そうすると馬が動いてくれなかった。
「へー、不思議。こんな風になるんですねえ」
「うん、実際に自分事になると不思議な感覚です」
そんなエレンとイアンの会話に、おっちゃんが不思議がって質問した。
「今、エレンちゃんとイアン様はなにをしてるんだい?」
「うーん、隣国の時を進める方法模索中です」
「あはは、そうしてくれたら嬉しいなあ」
エレンの言葉におっちゃんが笑う。そしてイアンがおっちゃんに言った。
「おじさん、すみません、また、手紙をお願いできませんか?」
「うん、いいよ。誰に渡す?」
「ありがとうございます。では、ルカくんに」
そんな風に言うから、エレンはきょとんとした。
イアンがおっちゃんに渡した封筒にはウィリアムの名前が書かれていたのだ。
おっちゃんと別れて、リヴェラの屋敷に戻る道すがらで聞いてみる。
「なんでウィリアム様宛の封筒をルカに渡すんですか?」
「うんと……実はルカくんには、いざという時の連絡手段を渡してるんですよ。私とウィリアム様の。だから渡してもらおうと思って」
「え! そうなんですか?」
「はい、そうなんです」
エレンの知らない新事実である。
でもそういえば、エレンが風邪で寝込んだ時、普段家に来ないのに、お見舞いに来てくれたから不思議だった。
ちょっとかなりむくれて、イアンに文句を言う。
「イアン様って秘密主義ですよね。私、最近知ったことたくさんあるんですけど……」
「あとはもうそんなにないですよ?」
「むぅ……まだまだあるってことですね?」
そう言ってエレンがむくれているのに、イアンはとても優しい目をしている。
中心街を抜けて、お屋敷が立ち並ぶような街並みに変わると人通りはめっきりなくなって、人とすれ違わなくなる。そんなタイミングで、イアンが話を変えた。
「今回、3日目が改変されて……よかったことがあって。リヴェラさんと兄さんが断罪対象から外れたみたいです」
「そっか、私が婚約者なんですもんね?」
「うん。なので、レスター王子の生誕パーティー自体、もう参加しなくて大丈夫そうですよ」
「え! どうしてですか?」
「処刑対象が兄さんじゃないから。私は風魔法で逃げられますし……明日もし4日目が来なくて隣国から出られなければ……ウィリアム様がなにか考えてくれるはずです。今の状況を書いたので」
イアンの言うことは、一応筋が通っていた。
でも、エレンは素直に頷けなかった。
言いようのない不安感があった。あの悪意はそんなに簡単なものなのだろうか?
そして、イアン様はなんで今……そんなことを、言うの?
エレンは不安の心当たりに気がついて、イアンにキスするフリをすると……イアンの首元のボタンを外した。
「……イアン様の、嘘つき」
エレンの目から涙がこぼれた。イアンの首には『反逆防止の首輪』がついていた。




