47《23》聖女にもループは止められない
「レスター様はできるはずです。花子さんにしたことと同じようなことを、リヴェラさんとアレンさんにもできるはずです! レスター様だって、本当は心が欲しいんでしょう? それなら、当たって砕けてください」
「当たって砕けるって……失恋じゃないか」
レスターがとても冷静に突っ込んだ。
あ、確かに。とエレンは思った。
「まあ……今まで心を得る為の努力をしてこなかったんですから、やむなし」
「やむなして」
でも、会話を続けるにつれて、レスターから漂っていた暗く冷たい雰囲気は消えていった。今目の前にいるレスターは、昨日みたいな、ちょっと3枚目風なレスターだ。
エレンはお茶目に微笑んだ。
「いっそ、一回くらい失恋したほうがスッキリしますよ? それに、女性の為に恥をかく男性のほうがモテますよ」
たぶんである。エレン的にはそういう人が好き。
レスターはすっかり毒気が抜けて、苦笑した。
「……そうだな。これまで何年もの猶予があったのに、リヴェラに愛される努力をしてこなかった。フラれてもやむなしだ」
そうして、レスターは、リヴェラに問う。
「リヴェラ……すまなかった。先ほどの発言は取り消そう。君を傷つけることも二度としない。そして、お詫びと言ってはなんだが……君の意志で婚約破棄をしてもいい。君は、どうしたい?」
この状況を見てることしかできなかったリヴェラは、レスターの言葉に目を見開き、悩んで……そして微笑んで告げた。
「レスター、ごめんなさい。好きな人ができちゃって。婚約破棄して欲しい」
「だよな! うああ、言うんじゃなかった!」
レスターは頭を抱えて膝から崩れ落ち、本気で後悔した様子で『オーマイガ!』と言いそうな感じのボディランゲージをしたが……ずっとレスターに対して他人行儀だったリヴェラが、固かった表情を崩して、笑った。
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よかったー。めでたしめでたし。
レスターとリヴェラの様子に、ほっとしたエレンはにこにこと2人を見守っていたが……新たな暗く冷たい気配を感じてぞわりとした。
レスターから消えたはずの暗くて冷たい気配が……会場内の別の場所から、急激に膨れ上がる。
『なんだ……それ』
『断罪が見たかったのに……』
『ふざけるな……処刑しろよ』
そんな小さな声が、悪態が。さわさわと囁かれ始める。さわさわはざわざわになり、誰が言っているかはっきりしないのに、存在ばかり膨れ上がる。
「なんだ? どうした? なにが起きている?」
エレンと同じく、会場内の異変に気づいたレスターがそう言った。エレンとリヴェラも周りを見渡す。
会場中が、いつの間にか、照明を落としたように少し薄暗くなっている。そう錯覚するほどに……暗い気配が、空間を支配し始めていた。
『これは、悪意だ』とエレンは思った。
他人の不幸を面白がり、もっと堕ちろ、もっと自分達を楽しませろと望む小さな悪意の集合体。
それらは、1つ1つは小さくて……本来ならここまで力をつけることはなかった。しかし、このいびつで特殊な環境が、悪意に特別な力をもたらす。
この国は同じ3日間を3年間繰り返していた。3日目だけで1年間。この空間には、既に1年分累積した『断罪を望む悪意』が満ちあふれていた。
もはや、起点2人の意思だけでは、運命を進めることができないほどに。悪意が存在を主張して、不幸に堕ちろと責め立てる。
空間を満たす悪意は、呪いのようにドロドロと蠢いて、リヴェラに狙いを定めた。
「きゃああああ!」
「リヴェラさん!」
「リヴェラ!」
実態のないドロドロした暗闇が、リヴェラの足や腕に絡み付き、リヴェラの体をズブズブと沈めていった。レスターが闇の中に手を入れて、リヴェラを掴んで引き出そうとするけれど、リヴェラは闇に囚われて動けない。
リヴェラは悲鳴を上げて、涙を流した。そして絶望に顔を歪ませながら、声を上げる。
「どうして? まだダメなの? まだ、足りないの? 私は……幸せを望んではいけないの……?」
「そんなわけない! こんなの認めない! リヴェラさん!」
エレンは必死に叫んだ。そして、リヴェラに向けた手のひらから無意識に魔力が流れ出て……バチンと、闇の一部を弾いた。
エレンが驚き目を見開いた時、レスターもその小さな異変に気づいてエレンに叫ぶ。
「エレンちゃん! 今のやつだ! もっと弾いてくれ!」
「はい!」
エレンは必死に光の魔力で闇を弾く。バチンバチンとした反動に自分も弾かれ傷つきながら、リヴェラを救いたい一心で。衝撃で気を失わないように片腕で頭を守りながら、弾き飛ばされまいと歯を食いしばりながら、魔力を出し続けて必死にリヴェラに近づく。
反動で体中が痛い。すごく痛い。でも、リヴェラが少しずつ見えてきた。もう少し……あとちょっと……痛い……痛い……でも、負けない!
リヴェラはエレンにとって、とても優しいお姉さんだった。初めて会った日は、河原で寒そうにしてるエレンに、温かいフルーツジュースを買って来てくれた。
出会ったばかりの頃からとても気さくに話し掛けてくれて、ホテル暮らしなエレン達に、家においでと誘ってくれた。
アレン達に不味いジュースを飲ませて笑ったり、エレンを信じてずっと心に秘めていた打ち明け話をしてくれたんだ。
そんな人が、幸せを望めない未来なんて、絶対に認めない!
エレンは気力を振り絞り必死に魔力を使う。そうしてリヴェラからあらかた闇を取り除くと、レスターがリヴェラを闇から引きずり出した。消耗して倒れそうなリヴェラを抱き止める。
「リヴェラ!」
「レスター……エレンちゃん……」
助け出されたリヴェラが、ぐったりとしながら、エレンの方を向く。そして叫んだ。
「エレンちゃん!」
弾かれた闇はまだ存在していた。闇はただ、リヴェラを諦めただけだった。悪意の矛先を傷ついたエレンに向けて、エレンを絡め取り、闇に沈める。
エレンにはもう、抵抗する気力がなかった。痛みと闇の重みで意識が遠のく。
そうして今一度、時が巻き戻る。
起点をリヴェラからエレンに変えて。




