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9話

 

 「小学生らしさ?」

 「うん。ハチコぐらいにしか相談できないと思って」


 怪訝な顔で、席に座るハチコはシンタロウを見上げてくる。

 給食を済ませた昼休み、シンタロウはアドバイスを貰うべくハチコのクラスを訪ねた。

 クラスの半分ほどは遊びに行きまばらな教室の中で友人達と談笑していた彼女を呼び寄せると、友人達は興味津々といった表情でこちらを見つめてきたがシンタロウは大人の余裕ある笑みを返した。

 もちろん、ハチコは呆れていたが。


 「あと1年以上もある小学生生活に多少は馴染んでおこうかと」

 「なにそれ。コロコロ読んどきゃいいんでしょコロコロ」


 ぶすっとした様子で、頬杖をつくハチコ。

 ひとまず窓際角の彼女の机でアドバイスを求めたが、あまり芳しくない反応だった。

 

 「レンジにも相談しようとは思ってるけど、より具体的でいいアドバイスが貰えるのはハチコしかいないんだ。できればそうへそを曲げずに――」

 「曲げてないから。怒ってないから」

 「あ、そうなんだ?」

 「はあー。やりづら……」


 なにを期待したのかわからないが、一先ず話を聞いてくれたようなのでシンタロウは安堵した。

 未だに小学生に対等に話しかけるのはなかなかに抵抗がある。


 「ちょっと前までは毎日レンジと走ったりドッジやってたじゃん」

 「ここだけの話、ずっと子供たちに混じって遊ぶのは結構しんどいんだよ」

 「その割には随分楽しそうに遊んでたけど?」

 「息抜きもたまには必要さ」


 しれっと返されてぐぬぬと歯噛みする。大人びているとは言え、所詮小学5年生である。シンタロウをからかうには経験値が足りなかった。


 「それに、姉さんのお陰で勉強も軌道に乗ってきたからさ。時間も空いてきたんだよ」

 「つまり暇ってわけ」「そう」


 ハチコはふむんと前髪を指先でいじりながら少し考える。

 なんのかんの言いつつ、親身になってくれる。いい友人だとシンタロウは改めて実感した。

 

 「ゲームでもやってみれば?」


 ゲーム。確かに小学生なら定番アイテムである。

 なるほどと頷いて、なぜ今の今まで思いつかなかったのか少しショックだった。

 長いこと向こうの世界にいた事による乖離は当分埋められそうにない。

 

 「今どんなのが流行ってるの?」

 「……分かってるつもりだけどアンタのそのオッサンみたいなズレ、慣れないね」

 「お、オッサン……」


 世界観の乖離より、早急に直さなければならないところがあるらしい。

 

  

 放課後、ハチコを自宅まで連れてゲームのセッティングをしてもらうことになった。

 遊び方や設定はサッパリだったのでとてもありがたい。

 レンジもついて行きたがったが、友人との先約があるらしく断念した。義理堅い彼らしい。

 道中やけに饒舌にゲームについて語るハチコの話に耳を傾けながら、シンタロウはなんだか期待でワクワクしているのを感じていた。


 「おかえりなさいませ、シン様――とハチコさんも、いらっしゃいませ」

 「イザナギさん、お邪魔します」


 本田家に着いて、玄関を開けるとパタパタとイザナギが玄関まで出迎える。

 彼女の姿を見てハチコはペコリと頭を下げた。


 「今日はレンジさんは一緒じゃないんですの?」

 「あーアイツは助っ人です、サッカーの。あと、別にいつも一緒ってわけじゃ……」

 「ふふっ。そうですか」

 「もー、別にそんなんじゃないですから!」


 (シンタロウが目覚めてから)初めて訪問からも何度か遊びに来ていたハチコも、イザナギもお互い慣れたようで、今では自然に会話する程度にはなっていた。

 出会った直後は殺気を飛ばすイザナギも、相手に夫への恋慕がないと分かれば人とすぐ打ち解けられるのである。

 

 「今日はどういった御用ですか?」

 「シンタローがゲームを遊びたいって。久しぶり?だろうし教えてあげようかなって」

 「ゲーム……シン様は戦傀センカイをよく遊んでいましたわね」

 「セン……?」

 「向こうの世界のボードゲームだよ。チェスみたいなやつ」

 「ふーん?」 


 シンタロウの補足になるほどと頷くハチコ。

 もう少しルールは複雑なのだが、分かりやすい例えでお茶を濁す。そこまで興味を惹かれないだろう。

 同僚と指した思い出を懐かしんでいると、ハチコがシンタロウの袖を引っ張る。

 

 「取り敢えずゲーム点けて」

 

 催促に頷いてテレビ横に設置されているゲーム機の電源を入れる。 

 家族共用で、一応コントローラーは2つあるのでなんとなくハチコに手渡した。

 イザナギも興味津々といった様子で隣に正座して画面を見ている。

 シンタロウにとっては実に10年以上ぶりに触るゲーム機だ。

 もともとあまり遊んでなかった気がするが、懐かしいさがこみ上げてくる。 

 

 「なんだっけ、フォート……」

 「本体に入ってないみたいだし、まずダウンロードしよっか」

 「ええと……?」

 

 教わりながら、慣れない手付きで操作するシンタロウ。

 昔は触っていたはずだが、どうも覚束ないもどかしさを感じて歯噛みする。

 ゲーム機にソフトをダウンロードし、早速遊んでみる。


 「やばい。シンタローめっちゃ下手」


 が、随分と散々な結果だった。

 ゲームが求めてくる速度に対応できず、もたつく。そうこうしている内に敵に倒されてしまう。

 おまけにハチコはゲームがすこぶる上手い。

 来る途中やたら饒舌で嬉しそうだったのは、自身がゲーム好きだったからなのかと今更気付いた。

 ケラケラと笑うハチコをじろりと見やり、シンタロウは何度か遊ぶ。


 「くう……勝てない!」

 「シン様! お気を確かに!」

 「一方的すぎてカワイソーになってくるねシンタロー?」

 

 結局、シンタロウは一度もハチコの鼻をあかす事ができず。しかし楽しい一時を過ごした。

 本田家から帰るハチコの背を見つめるシンタロウの目には、メラメラとした炎が燃えていたことにイザナギは気付かなかった。



 日付が変わる頃――深夜。

 イザナギはそっと起き上がり、横のベッドで眠るメグルの顔を見る。

 すやすやとした寝顔を確認し、音を立てないよう忍び足で部屋を出た。

 今度こそ、義母にも義姉にもバレないよう、最新の注意で挑む。

 目的は、シンタロウの部屋。

 ――抱いてくれなくてもいい。ただ肌を合わせて寝たいのだ。

 イザナギは生唾を飲んで、廊下を見回す。 

 1ヶ月ほど過ごして、メグルの隣の部屋までくらいなら目をつむっても移動できるほど慣れた。また、イザナギも暴走しないと信頼されてガードも緩んでいるだろう。


 ――しめしめ、ですわ。


 内心ほくそ笑みながら、イザナギは音を立てずにシンタロウの部屋に侵入した。

 これは夜這いにあらず。

 ただの夫婦のコミュニケーションだ。

 義母の言いつけは、嫁として守る。

 だから自分からは手を出さない。


 ――シン様♡


 圧倒的自分本位で理論武装したイザナギは、愛しの夫のベッドへ潜り込む。

 自分よりも随分幼くなってしまった背中に手を這わせ、誘惑する。


 「シン様、貴方の妻が来ましたわ♡」

  

 キャッ♡とわざとらしい反応をしつつ、熱っぽい吐息を彼の耳元に吹き掛けようとして――


 「シン様――!?」


 夫は、掛ふとんに潜り込んでゲームをしていた。

 頭まで被っていたのは光が漏れないように配慮したのだろう。

 イヤホンまでした隠密っぷりでゲームで遊んでいた。

 イザナギが画面を見やると、昼間ハチコと遊んでいたものだった。リビングのテレビでしか遊べないと思っていたが、どうも取り外して携帯機としても使える機械らしい。


 ――まさか、夫は寝る間を惜しんでずっとゲームしていたのか。

 一瞬気圧されたものの、気を取り直して再度誘う。

 楽しみすぎてつい熱中しすぎるところは夫の悪いところでもあったが、同時にイザナギが好きな部分でもあった。

 なので、今度はもう少し刺激強めにいこう。意識をこちらに向けさせるのだ。

 身体を密着させようと寄せたところで、


 「ごめんイザナギ、後にしてくれるかな」

 「――ッ!??」

 

 やんわりと、若干鬱陶しそうに断られた。


 どんなに疲れていても優しく迎え入れてくれた夫が(実際は疲労困憊でも受け入れてくれたのは7割くらいである)。 

 常に自分の事だけを見てくれている愛情深い夫が(とは言いつつ出会う女の子には殺気を飛ばしまくる)。


 ショックで、出会ってからこれまでの事が走馬灯のようにイザナギの脳内に駆け巡り、打ちひしがれた。

 が、シンタロウは妻のことなどどこ吹く風と言った様子で変わらずゲームで遊んでいる。

 じわりとイザナギの瞳に涙が溢れる。

 これが夫婦に訪れる離婚の危機というやつなのか。

 倦怠期と言うものなのか。


 「――シン様のばかっ!」


 ポカッと背中を叩いて、イザナギはベッドから出た。

 それでもベッドから起き上がろうとせずシンタロウは遊んでいるので、イザナギはしぶしぶ諦めた。

 夫の温もりを得られず、すこぶる寂しい。

 イザナギは肩を落としてメグルの部屋へ戻ることにした。

 さて、この寂しさはどうやって埋めよう……



 朝、メグルが肩の重みに違和感を覚えて目覚めると、何故かイザナギが自分のベッドに潜り込んでいた。

 すやすやと寝息を立てて、それはもう安らかな寝顔である。


 「うぇえっ!?」


 驚いて、とっさに部屋を見回しシンタロウが居ないことを確認し安堵する。

 ――いや、そもそも寝取ったわけじゃないし。

 起きようとして、いや起こしてはまずいかと悶々としていると、彼女も目覚めた。


 「おはようございます、お義姉様」

 「おはよ、イザナギさん」


 ふにゃりと気の抜けた寝起きの顔に、メグルも釣られて微笑む。

 すぐに起き上がるかと思いきや、イザナギはメグルの肩に頭を載せたまま、甘えるようにぐりぐりと押し付ける。

 

 「ど、どうしたの?」

 「お義姉様、シン様が――」


 話を聞いてガクッと呆れそうになったが、涙目の彼女にとっては真剣なのだろう。

 というか。


 「お母さんにバレたら今度こそゲンコツが降るよ?」

 「愛の前には障害がつきものです」

 「うーん」

 「それに私も寂しいのです。ただ触れ合って眠りたい時もありますわ」

 「そうなんだ……」


 それでメグルの布団に潜り込んだというわけか。

 すこぶる図々しさにメグルは苦笑する。

 それだけ彼女も素を見せるようになったということなのだろう、そう思えば可愛らしいが。


 「しょーがないなあ。私がなんとかしてみるから」

 「お義姉様!」


 とても嬉しそうにメグルの胸に顔をうずめて抱きつくイザナギ。

 メグルがやれやれと溜息まじりに苦笑すると、彼女はクスリと笑う。

 なんだか距離の近さに恥ずかしくなってきたのでメグルは起き上がった。


 「イザナギさん、もう7時だけど」

 「あっ、お弁当作らなきゃいけませんわ!」


 

 今日こそと、再び放課後にハチコを家に呼び勝負するもさっぱり勝てなかった。


 「まあ私に一朝一夕で勝てるわけないって」

 「昨日は手を抜いていたのか……」


 得意げに笑うハチコを見ながら、ガックリ肩を落とす。

 飽きずに付き合ってくれるのは有り難いが、こちらが上手くなった分だけ重りを外すかのごとくより上手く立ち回りボコボコに打ちのめす。

 どうやっても勝てそうにない。


 「でも昨日よりは上手くなってるし、シンタロー結構センスあるんじゃない?」

 「そうかな……」

 「うん。いっつもレンジ達と外で遊んでたからもっと下手くそだと思ってたし」

 

 ひとしきりゲームで遊んだ後、ハチコは自宅へ帰る。

 いつも来てもらって悪いし、明日はレンジと遊びに行くよと伝えると微妙な顔で分かったと頷いた。

 男二人を招くのが恥ずかしいのだろう。


 「ただいま。さっきハチコちゃんとすれ違ったけど」


 入れ替わるように、メグルが帰宅した。

 さっとイザナギが出迎えて、荷物を受け取っていた。彼女も随分姉に懐いている。喜ばしいことだ。


 「ああ、うん。ゲームを教えてもらってた」

 「ふーん。明日もやるの?」

 「そのつもりだけど……ああ、明日はレンジとも遊ぶよ」


 実に愉しげで晴れやかな顔で答えると、メグルは随分怪訝な顔をする。

 今日は幾分静かだったイザナギと、姉が顔を見合わせる。

 なにかおかしな事を行っただろうかと内心首を傾げていると、


 「シンタロウさ、そうしてるとマジで小学生じゃん」

 「―――」


 シンタロウは恥ずかしさに悶そうになったが、寸でのところで当初の目的を思い出しほくそ笑んだ。

 予想外の反応だったのだろう、メグルがジト目でシンタロウを見やる。

 イザナギも珍しく怪訝な様子だった。


 「小学生に見えたなら、成功だよ」

 「キモいしワケ聞きたくないんだけど」

 「私はお聞きしたいですわ!」


 姉の辛辣さに泣きそうになる。イザナギの素直さは救いだった。


 「……小学生生活に少しでも馴染むためにも、子供らしさを身に着けようと思って」

 「それでゲーム?」

 「昔は上手くできなくて苦手だったけど、改めて今やると結構面白いんだよ。無効にはTVゲームなかったから新鮮だしね」

 「――要するに?」

 「……楽しい」


 メグルが思いっきりため息を吐く。


 「ごめん、イザナギさん。男っていつまで経ってもガキなんだって思い知った。無理」

 「そんなぁ……お義姉様ぁ~」


 ヨヨヨ、とメグルにすがりつくイザナギ。

 どうも、昨日無下にしたことでメグルに相談したらしいことは分かった。

 身体は幼いとは言え自分は男だ、だからこそ我慢しているというのに。

 シンタロウはイザナギにそう理解してほしかったが、彼女にはまだ難しいらしい。

 ヤレヤレと苦笑しつつ、甘やかすことにする。

 あまり姉に迷惑かけられないことだし。

 ゲームで発散したとは言えシンタロウだって、我慢は辛いのだ。


 「分かった。今日はこっそり一緒に寝よう。けど、駄目、だからね」

 「シン様~♡」


 イザナギがとびきりのハートマークをいくつも飛ばしながら、膝をついてシンタロウに抱きつく。

 ヤレヤレと苦笑したいのはこっちだよと言わんばかりにジト目で見つめるメグルに、すまないと目で訴えた。穴埋めはできないけれど、いつか返せればいい。


 「――なにがこっそり、なのかな?」

 「と、とと父さん!?」

 「お義父様!??」


 いつの間にか帰ってきていた父にバレて、結局ご破算となった。

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