ウィザー
部屋を出て、走る。ひまわりに手を引かれ。目的地もわからないままに。一度案内しかされていない道を辿り、扉を開け、初めて通る階段を下り、下り、下り……扉を、開ける。
その中は、これまで見た部屋とはまったく違うものだった。
とにかく、広い。言うなら、オペレータールーム、といったところだろうか。何人もの人が、何台ものパソコンの前に座っている。
「おう、来たか」
その中で、俺達に声をかけてくる人物がいた。初対面からふてぶてしい印象を受けた、それは……
「斑目……さん」
「ははっ、その目はまだ俺を信頼できないって目だな。結構結構」
俺の心を見透かしたように、豪快に笑う。ぶっちゃけ、当たり前だ。
俺をここへ拉致して、無理やり働かせるようにしたのだ。しかも、あんな何もない部屋に彼女達を閉じ込めている……おそらく、こいつがそうしているのだろう。
どうやら、彼がここの責任者らしいからな。
「マダラメ、ウィザーは?」
睨む俺に構わず、ヘリコニアが一歩前に。斑目は、それを受けてから口にくわえていたタバコを抜き、煙を吐く。
煙臭い。
「……こいつがそうだ。今までの個体よりでかいが、その分スピードが遅い。冷静に対処できるもんだ。ヘリコニアが指示を出し、ひまわりとガーベラが撹乱、そのまま仕留めろ」
「了解」
「了解!」
その部屋の、大きなモニターに映像が映し出される。そこには、『化け物』がいた。そう表現する以外に、あれをなんて呼べばいいのかわからない。
四足歩行の、生き物。のはずだ、多分。だがその背中からは二本の腕らしきものが生えており、顔があると思われる場所には目がない。大きく裂けた口しか見当たらない。
「な、な……」
あれは、俺が夢で……いや、現実に見た化け物とはまた別の形をしていた。ウィザーってのは、こういう異形の形をしているのか?
アレを見ても驚きで動けない俺と違い、ひまわりたちは毅然とした態度だ。きっと、何度も同じような経験をしているからなのだろう。
「いつも通りだ。"こっちの世界"に干渉してくる前に終わらせろ」
「わかってるってー。ブンキは心配性だなー」
「いいから早く行け」
「ほーい」
「わっ?」
あんな化け物を相手に、この子たちが……俺よりも小さな、こんな女の子が戦っている?
その事実を呑み込むより前に、手を引かれる。ガーベラが、「行くよ」と引っ張っていたのだ。俺は、抵抗する暇もない。
俺はガーベラに手を引かれ、ひまわり、ヘリコニア、ボタンに続いて、オペレータールームから外に続くある扉をくぐる。先ほどここに来たのとは、別の扉だ。
……そこにある光景に、俺はまた驚愕した。
「こ、これ……は……?」
そこには、樹が生えていた。こんな施設の中に、太陽の光も届かないのに、しっかりと大樹が生えているのだ。
しかも、一本や二本ではない。何本も、何十本も並んでいる。
「これ……ひま、わり……?」
その樹の中の一つに……ひまわりの花が、咲いていた。大樹が、花を咲かせている。大きなひまわりの花を。
ひまわりだけではない。一本の樹に一つ、花が咲いている。しかも一本一本、その花は違う種類だ。あさがお、チューリップ、ガーベラ、スイレン、ボタン……いろいろな、花が。
……花が、咲いていた。
「…………」
ようやく、理解した。斑目が言っていたことの意味を。
大樹に花が咲いている……その理由はわからない。だが、この樹一本一本が、ここにいる少女達を産んだのだと。ひまわりはひまわりを咲かせる樹から。ヘリコニアはヘリコニアを咲かせる樹から。
もちろん、信じられない。が、理解はできる。
「ほら、ぼーっとしないで。"行くよ"」
「え、行くってどこへ……」
話しかけてくるひまわりの言葉に、うまく頭が働かない。現れたウィザーという化け物、施設にある大樹、彼女達を産んだ樹……
その上、またも異常現象が起こる。何一つ理解できていない中で、新たな事象が景色を変えていく。
薄暗い、無機質な空間……今確かに、そこにいたはずだ。なのに、辺りが光に包まれたかと思いきや、光が開けると……そこは、砂漠のような辺り一面砂に覆われた場所だった。
夢でも、見ているのか?
「ギシャアアア!!」
「ぃっ!?」
とたんに、轟く声。それは声というより、もはや音だ。耳障りな、音。動物の鳴き声でなく、激しい機械音というべきだ。耳の中どころか、頭の中へと響いてくる。
耳を押さえ、なんとか顔を動かす。……音の正体は、少し離れたところにいた。白い巨体を揺らし、大きく裂けた口から雄叫びをあげる存在が。
さっきモニター画面で見た、化け物……ウィザーがそこにいた。モニター越しじゃわからなかったが……で、でかい。確かにでかいとは言っていたが、小さい山くらいはあるじゃないか。
「あれが……ウィザー?」
「はい。あ、あれがあなたたちの世界に干渉したら……せ、世界が、滅びます」
その迫力に圧されていると、いつの間にか俺の隣にいた、アホ毛のある薄い桃色の髪の少女が俺の言葉に応えてくれる。彼女は、寒くもないのにネックウォーマーのようなものを着用しており、口元を隠している。
あまり自信がなさげなしゃべり方。恥ずかしがり屋、なのだろうか?
「世界がって……マジかよ」
あれは、世界を滅ぼす化け物。その認識で間違いはないらしい。
つまりこれは、世界存亡を賭けた戦いってことか……? もう、訳がわからないんだが。