夢じゃない
俺、花崎 勇樹17歳! 仕事終わりの俺は、変な連中に拉致された。その先で、変なおっさんに絡まれてしまっていた。しかも仕事をなくしたのはこいつだと言う。何を言ってるか自分でもわからない。
加えて、なんだか変な話をされて頭が混乱している。そんな中で、彼女は現れた。
腰まで伸びた黄色く光る髪、すべてを見透かされてしまいそうな透明な瞳。日焼けもしたことないんじゃないかと思えるほどの白い肌。まるで作り物、芸術とさえ思える存在がそこにいた。
「き、キミは……夢の……」
彼女は俺の夢に出てきた、少女に間違いなかった。あの夢は、やけにリアルで少女の顔もしっかり覚えているのだ。その少女がなぜここにいるのか……そもそも、実在していたのか。
じゃあまさか、あの夢は夢じゃなくて……!?
「夢? 何を言ってるんだキミは」
タバコを吹かし、おっさんは言う。
「まさか……自分の身に起こったこと、覚えてないのか?」
「俺の、身に?」
「……ったく、仕方ない。ひまわり」
「うん」
おっさんはあきれたようにため息を吐き、哀れなものを見るように俺に視線を向ける。なんなんだ、いったい……?
ポン、と俺の肩に手が置かれた。振り向くと、そこには少女が……今、確か『ひまわり』と呼ばれた少女がいた。そういやさっき、俺がここに連れてこられたのは『ひまわりと遭遇したから』とか言ってたっけ? え、まさかこの子?
「ちょっと、我慢して」
「え、我慢って何を……んむっ!?」
我慢して……との言葉に、俺は身構えてしまう。我慢とはつまり、これから痛いことでもされるのだろうか。
答えは、すぐに訪れた。痛いどころではない、柔らかい感触が……唇に、押し付けられたのだ。目の前には、少女の整った顔。あ、まつげ長いな……
「んっ……!?」
って、そうじゃなくて! なんで俺は、この子にキスされてるんだ!? それも、会ったばかりの子に!?
「ん……ぷぁ。これで、いい?」
「あぁ、それで思い出すだろ」
口が離され、俺は思わず後ずさってしまう。い、今キスどころか、舌に何か触れたような……
しかもこいつら、何を話しているんだ。お、俺の初めてを奪っておいて、しかも少女の方は顔色一つ変えずに、のんきに何を……?
「……っつ!?」
直後、脳が揺れる。感覚がした。
そこへ、変化が。頭の中に映像が流れ込んでくる。思わず頭を押さえてしまうが、痛みはない。この映像は、なんだ。見覚えがあるような……
燃える町、破壊された建物、町を蹂躙するでかい化け物……そして、化け物を倒した少女。これは、もしかして俺の記憶なのか? 夢で見た光景が、鮮明に流れているようだ。
「どうやら当時のショックが強くて忘れてたようだが、これで思い出したろ。お前さんは先日、ウィザーの襲来に巻き込まれた。そこを、このひまわりが救い出した。ったく、なんだってあんなとこにいたんだかな」
「……ウィザー?」
やべー、このおっさんが何言ってるのか、本格的にわからなくなってきた。頭痛いし、少女もじっと俺を見るばかりだし、唇の感触も残ってるし……なんなんだいったい。
「なん、なんだよいったい。意味わかんねえよ!」
「ま、一般には伏せてるからな。聞くがお前さん、今の世の中は平和だと思うか?」
今度は、変なことを聞いてくる。平和か、だって? そんなの……
「そりゃ、平和かそうじゃないかって言ったら、平和なんじゃないの」
「そう、今の世の中は基本的には平和だ。表向きはな。だがその裏じゃ、世界存亡の危機と戦っている……こう言ったら、お前さん信じるか?」
……信じるか、って言われてもな。そもそもなんでここに連れてこられたのかわからないし、その上でこんな質問をしてくる意味がわからない。
俺が返答に渋っていると……
「お前さんが今見た記憶……それは間違いなくお前さんのものだ。それは、お前さん自身よくわかってるだろ?」
「……まあ、百歩譲ってあれが本当だとして、じゃあなんだ。あの化け物が、世界を破壊しようとしてるなんて言うつもりか?」
「ご名答、頭が回るじゃないか」
わざとらしく、拍手しているおっさんを睨み付ける。なんだ? 俺はこんな戯言を聞くために、拉致されたのか?
夢だと思っていた映像が、本当に起こっていたものだった。それが証明されたからって、なんだっていうんだ……いや、あれがもし本当なら放置していい問題でもないが。
「つまりこうだ。あの日、我々はウィザーを倒すためにひまわりを向かわせた。で、なぜかそこにいたお前さんにウィザーやひまわりの存在を見られてしまったから、そのことを下手に話されないうちにここに来てもらった」
「…………」
……このおっさん、嘘はついてないのだろう。俺なんかにそんな嘘をつく必要がないし、なにより真剣だ。これでも一応、たくさんの人を見てきたんだ。
つまるところ、我々の秘密を知られたから来てもらった(拉致)。ということだろう。
「だが、まさかホントに夢だと思ってたとは。下手なことはするもんじゃないなぁ」
「そんな、他人事みたいに……そうさ、俺だってあれが夢だと思って忘れてたのに……そ、そうだ! 忘れてたのを思い出させるのに、なんでこの子とキスする必要があったんだよ!?」
俺は、本来必要のない拉致をされたということだ。冗談ではない。訴えたら勝てるんじゃないか。しかも、き、キスまでされて……
あのキスこそ、意味がわからない……! そりゃ、嫌とかってんじゃないが。
「あぁ、それはな。こいつの養分は記憶を刺激する力がある。だから手っ取り早く、粘膜接種でお前さんの記憶媒体を刺激したってことだよ」
「へぇそう……よう、ぶん?」
「あぁ。こいつらは、人間じゃない。樹から産まれた、人間の姿をしているだけの、我々とは違った存在だ」
「……は?」
次から次へと、意味不明な話ばかり出てくる。中でも意味が一番わからないのは、これだ。
……俺はまだ、夢を見ているのかもしれない。