神の世界
一瞬の出来事に、僕はその場に立ち尽していた。
ようやく自分の気持ちに気が付いて、やっと姫を見つけたのに。
互いの気落ちを確かめ合う事が出来たのは不幸中の幸いかもしれない。
でもさ、それでもさ、「こんな終わり方ないだろ!」
人間と神様の恋は、やっぱり叶わないのだろうか?
僕らを隔てる壁は、とても高い事位わかってる。わかってるけど、このままじゃ終われない。
僕はポケットに入っているお守りを握りしめ、それを通して神功皇后様に語り掛ける。
すると僕の目の前に青白い光が広がり、その光はやがて人の形となり、神功皇后様の姿となった。
「皇后様、姫が、姫が消えてしまって!もう彼女に会う事は出来ないんですか!?」
そんな慌てふためく僕を、優しく窘めてくれる皇后様。
「落ち着きなさい。大体の状況はわかっています。彼女は消えてしまったんですね?」
僕はその言葉に黙って頷く。
「彼女からも聞いたと思いますが、私達神は人を好きになる事を禁じられています。理由は諸説色々ありますが、簡単に言うと誰か一人の為に存在する神であってはならないからです。恋は盲目なんてよく言ったもので、互いに互いしか見えなくなってしまったら、神として人々を導いて行く事なんて出来ないでしょ。そうなってしまった場合、私達は人の世に留まる事が出来ず、姿形をを消されてしまうのです。つまり彼女はもう人の世には存在していないという事になります。」
優しい口調で話してくれたが、その内容は易しい口調とは裏腹なものだった。
しかし話を続ける皇后さまの言葉に、ひと筋の光を見つけることが出来た。
「三十郎さん、これであなたが当初彼女に願った、恋がしたいという望みは叶った形となりますが、ここでこの恋は終わりにしますか?もしもここで終わらせるのであれば、それはそれで甘く切ない恋だったと記憶に残る事でしょう。でも三十郎さんが諦めずにその先を望むのでしたら、その願い、私が聞き届けましょう。」
どういうことだ?
姫はもう人の世には存在していないと言っていた。でも皇后様はその先を望むなら聞き届けてくれると言った。そんなことが出来るのか?
「先程私の言った事覚えていますか?彼女は今、ここには存在していませんし、存在できません。しかし
それは人の世での話です。つまり神の世、神界とでも申しましょうか?私達が本来いるべき世界には存在しているのです。三十郎さんがもう一度姫さんとの再会を望むのでしたら、私はそこへあなたを導いてあげましょう。ですがそれなりの覚悟も必要です。もしかしたら二度と人の世に帰ってくる事が出来ないかもしれません。この恋の行方が必ずしもハッピーエンドで終わると言う保証もありません。神界の神々の怒りを買って、その魂は無となる事だって考えられます。それでも三十郎さんはこの先を望みますか?」
あまりにもリスキーな内容だったが、僕の答えは決まっていた。
「ここで終わりに出来る程、僕の恋は薄っぺらじゃありません。覚悟なら出来てます。神功皇后様、どうかもう一度、姫に会わせてください!お願いします。」
僕の願いに今一度問う神功皇后様。
「よいのですね?」
その言葉にもう一度無言で頷く僕。
「わかりました。ではこれより三十郎さんを神の世界に導きます。目を瞑り、彼女の事を強く想ってください。」
言われた通りに瞳を閉じた。
やがて身体が暖かなものに包まれる。
「もう目を開けて構いませんよ。」
その言葉に従って目を開けてみると、そこには白い光に包まれた宮殿のような建物が建っていた。
「ここが神様の世界ですか?」
そう尋ねると皇后様は頷いて答えてくれる。
「そう、ここが私達神の世界。そして目の前の建物は、人の世で言うところの裁判所みたいな場所です。今彼女は間違いなくここにいるでしょう。三十郎さん、私が出来るのはここまでです。ここから先私が干渉する事は出来ません。どのような結末を迎えるかは全て三十郎さんの行動にかかっています。どうかご武運を。」
元は人間であった皇后様と知り合えたのは幸運だったかもしれない。
人であったが為、人の気持ちが分かる。
皇后様には感謝してもしきれない。
「ありがとうございました。どの様な結末になるかわかりませんが、決して後悔だけはないようにしたいと思います。」
感謝の気持ちを込めて、僕は皇后様に頭を下げた。
「さぁ行きなさい。正面の扉を開き真っすぐに進めば彼女に会えるでしょう。しかしそこには神の世界で一番位の高い神様もいる筈です。寛大な方ですが、決して粗相のない様心しておいてください。」
皇后さまの忠告に今一度頭を下げると、僕は目の前にある宮殿の様な建物の入口に向かって歩き出した。




