届きし想い
目の前の宮殿は、とても神聖な建物の様に僕の目には映る。
壁面は真っ白で、例えるならヴェルサイユ宮殿の様で。
上手く言えないけど、穢れなき聖域と言った感じだ。
まぁ、神の世界だからそう感じてしまうのは当たり前なのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いて行くと宮殿の入口に辿り着いた。
「凄いな!こんな大きな扉見た事ないよ。ところでこの扉の先に進むにはどうしたらいいんだ?呼び鈴もなにもないみたいだけど、入っちゃっていいのかな?」
軽くノックしてしばらく待ってみたが、内側から開けてくれるような気配もない。
「困ったな・・・。」
取り敢えず扉を引いてみると、見た目とは裏腹にすんなりと開いた。
「さて、どうしよう?」
少々戸惑ったが、ここにいても埒が明かない。思い切って宮殿の中に入ってみる事にした。
「おじゃまします。」
小さな声だが、そう一言かけて先に進む。
天上はとても高く、廊下には多くの装飾品が飾られれている。沢山の大きな窓ガラスからは、眩いばかりの日の光が差し込んでいる。
まさに芸術。
多分色々と計算されて作られてんだろうけど、僕にはさっぱり。
生憎と僕はそっち方面に明るくないので上手く表現できないが、これ程素晴らしい芸術を目にした事がない。そう言った事に然程興味もなかった僕の目さえ惹く。ここはそういう場所だ。
長い長い廊下をただひたすらに歩いて行く。
静かすぎる廊下には僕の靴音だけが響く。何処まで続くんだろうか?そう感じさせられる程の長い廊下の終わりに二つ目の扉が現れた。手をかけ開いてみるととても広い空間が現れた。
ダンスホール?
そう感じてしまう程に広い空間が広がっていた。
辺りを見渡すと、そこでようやく人の姿を確認した。
いや、この場合神の姿と言うべきか?それと同時にここがダンスホールではない事も判る。
大広間の真ん中に机のようなもの。
神功皇后様が言っていた事を思い出す。”人の世界で言う所の裁判所”
・・・確かにその通りだ。
ダンスホールだなんて軽い事言ったが、これは認識を改めないといけない。それと同時に、気を引き締めなければならない。
僕がここに来た理由。
それをもう一度頭の中で反芻すると、中心部に向かって歩き出す。
こちらに気が付いたのか?いや、初めから気が付いていたのだろう。近づいてくる僕の姿を認識したその人物が僕に向かって声を掛けてくる。
「ようこそ。・・・ここに来たのは偶然か?それとも必然か?」
僕が想像する神様の姿からは随分とかけ離れた初老の紳士が、そう尋ねて来た。
「勝手に建物の中に入ってしまった事、お許しください。僕は葛城三十郎。ここへは姫、いや、市杵島 姫命様に会う為に来ました。ここがどのような場所かは分かっているつもりです、不躾なお願い事で大変申し訳ありませんが、彼女に合わせては頂く事は出来ませんでしょうか?」
そう言いって僕は初老の紳士に頭を下げる。
「・・・私は天之御中主大神”あめのみなかぬしのおおかみ”。この世の神々を統率するもの。人の子よ、先程ここが何処か分かっていると申したが、分かった上でそれを望むのか?]
天之御中主大神。
確か天地開闢に関わった五柱の別天津神の一柱で、最高神。
”天”は宇宙を表し、”主”はつかさどる者の事。つまりは、宇宙を支配する神という事になる。
僕は今、神様の中でも一番位の高い最高神の前にいる。
人間、あまりにもあり得ない状況に陥ると、意外と冷静になれるものなのかもしれない。いや、冷静と言うのとは少し違うかもしれない。どう言い表したらいいのかわからないけど、諦めと言うか覚悟的な?
それらを踏まえたうえでここまで来ている訳で、今更ビビる事じゃない。
姫にもう一度会うまでは帰るつもりもないし、正直帰り方すらわからない。
「・・・遠足気分でここまで来た訳ではありません。それなりの覚悟でここまで来たつもりです。今一度お願い申し上げます。姫に会わせてください。」
天之御中主大神は瞬き一つせずこちらを見ている。
「会ったところでどうする事も出来ないかもしれないぞ?それでもそれを望むか?」
先程とは明らかに違う、威厳のある低い声。
無言で頷く。
「いいでしょう。」
そう言うと、天之御中主大神の後方にある扉が開き、そこから姫が入って来た。
「・・・三十郎、何故ここまで来た!?」
何という愚問。ある意味、天之御中主大神様登場より驚いたかもしれない。
「凄い事言うよね姫。ここまで来といて今更改めていう事でもないけど、姫に会いに来たに決まってるでしょ!」
そう言い放った僕に対し、若干呆れ顔でこちらを見る姫。
「そういう事じゃなくて!私が言いたいのは、無事に帰れる保証もないのに何故神界まで来てしまったかって事!わかっているの?ここに来たって事は、人間界で言う所の死後の世界って事よ!?その辺も理解したうえでここまで来たんでしょうね!?」
死後の世界?
意味が分からない。
「人間がここに来るにはね、一つしか方法がないの。それは人間の世界を旅立った者だけ。つまり三十郎は人間界で死んだって事なのよ。」
今知った衝撃の事実!!
「・・・マジで?」
そう問うと、姫は真顔で頷いた。
「いやさ、ここに来るのにはそれなりの覚悟で来た訳だけどさ、ちょっとビックリしたよ!まぁ、でも帰れないかもしれないって覚悟もあった訳だし、それはそれで仕方ない事かもしれないね。」
なんだろう?ちょっと笑いすら込み上げてくるのは何故だろうか?
「そんな軽い言葉で片づけられる様な事か!?三十郎、お前は馬鹿か?もう少し真面目に考えてくれ!」
こんな真面目で必死な顔の姫を見たのは初めてかもしれない。しかし、今の言葉は少しばかり心外だ。
「いやいやいやいや、僕は至って真面目だよ。そりゃ~少しばかりビックリはしたけどさ。でも、あのまま姫と別れたままだったら、こうやって二度と会う事は出来なかった訳でしょ?まぁ、馬鹿なりに考えた結果だよ。それにさ、簡単に諦めてしまえるような恋じゃないんだよ。」
そう、僕らの恋はまだ始まってないんだ。
お互いにお互いの気持ちの確認をし合えただけ。両想いだって事が分かっただけで、スタートラインに着いただけなんだ。そこから先にコマを進めてすらいない。恋人にすらなっていない。それなのに終わりだなんて、あまりにも悲しすぎるじゃないか。
「僕の住む世界に姫がいないのなら、そこに何の意味もない。馬鹿な事?何と思われても構わない。これが僕の偽らざる想いだから!改めて言う、僕は姫が好きだ。君のいない世界には何の意味もない。人の世界じゃなくても構わない、それが例え地獄の底だって構わない!どうかこれからも僕の側に居てくれないだろうか?」
この状況下で凄い事を言ったもんだ。
僕自身も驚いている。でも、これが本当の気持ちなんだ。後悔なんてものは後ですればいい事。でもそれはやる事をやった上での事だ。何もしないでただただ悔やむよりも遥かにいいし、何より自分らしい。
僕はありったけの胸の想いを、出来る限りの笑顔で彼女に伝える。
「・・・私だって!私だってそうしたいし、三十郎の事が大好きだ!でもどうする事も出来ない事だってあるのよ!神でありながら破ってはいけない決まりに背いてしまった。私は人を導く立場でありながら、自分の気持ちを優先させてしまった。今もこうして三十郎の人生を狂わせてしまった!そんな罪深き私には、このまま神であり続ける事は許されない!罰を受けなければならない!」
これが彼女の、姫の想いなんだろう。
彼女の叫びは、この大広間に響き渡った。
「これこれ、私の存在をすっかり忘れて二人だけの世界にどっぷり入っていないか?互いの言い分はわかった。なぁ、市杵島 姫命よ。神様の願いは一体誰が叶えてくれるんだろうな?以前、お前はそんな事を口にした事があったな。神にだって人と同じ様に望みだってあれば、希望だってある。いや、あっていいはずなんだよ。どうも神界における神々は聞き分けの良い者ばかりで、自分を犠牲にしてでも人の願いを聞き届けようとするものが多い。まぁ、それこそ人々が崇める神の真の姿なのかもしれないが、私はそうとばかりは思わんよ。さっき神であり続ける事は許されないと言ったな?罰を受けなければとも。ならばその罰私が聞き入れよう。」
天之御中主大神の存在をすっかり忘れていたが、僕らに向かってそう呟いた。
審判の時が来たのかもしれない。
姫は静かにその瞬間を待つ。
何とかしたいが、人である僕には術がない。僕もまたその瞬間を待つしかなかった。
「市杵島 姫命よ、お前は今をもって神の位を剝奪する。神としての任を解かれたのだ、お前はこのままこの世界に留まる事は許されない。よってこの神界から追放とする。」
神の任を解く?そして追放?
はてなマークが僕の頭の中を埋め尽くす。
「あの~天之御中主大神様、一つお聞きしたいのですが、神の任を解かれて神界を追放された場合、姫はどうなっちゃうんですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ん?まぁ、この世界を追放されたら行く場所は一つだな。お前さんがいた人間界しかなかろう。」
神様の任を解いて人間界に追放って事は、人間になるって事!?
「姫!聞いた!?姫は神様の任を解かれたんだよ!つまりこれからは人間として生きて行くって事!人間になれるんだよ!」
僕は呆然と立ち尽くす姫の肩に手を置き、ガクガクと揺さぶる。
「天之御中主大神様、一つ確認したい事があります。三十郎はどうなるんですか!?」
すっかり忘れていたが、そうだった!僕はどうやら人間界で言う所の死後の世界にいる訳で、いくら姫を追ってここまで来たとは言え、それとこれとは話が違うのだ。
「まぁ、お前さんを追ってここまで来た覚悟を汲んで、一緒に人間界に返してやるさ。ただし!一つ条件がある。それを飲むのならこれ以上は何も言わない。どうだ二人とも、その条件をのむ覚悟はあるか?」
僕らは黙って頷いた。
「これから人間としてやっていく為に、お前たち二人の記憶を消させてもらう。まぁ、誰かに話したところで誰も信じたりしないだろうが、神界やここでの出来事を、外の世界に漏らす訳にはいかんのだよ。記憶を消すという事は、お前たち二人が好きあっていた事実をも消えてなくなるという事になるのだが、それでもよいか?」
記憶を消す!?
ここでの出来事が消えるのは全然構わない。でも漸く互いの気持ちを確認できたばかりなのに、その記憶までも消されてしまっては僕らはどうなってしまうんだろうか!?
そんな事を考えていると、姫が僕に声を掛けてくる。
「三十郎、私は今凄く嬉しい。これからお前と同じ人として人間界で生きて行けるのだから。天之御中主大神様が言う様に、この世界の事や、ここであった出来事は人間界に持って行って良い記憶ではない。三十郎を好きな気持ち、三十郎が私を好きと言ってくれた言葉、それらの記憶を消されてしまうのは、胸が張り裂けそうな程に辛い。でもな、これだけ強く互いを想い合う事が出来た私達だ、例え記憶を消されようとも、また必ず出会う事が出来る筈だ。そうしてまた互いを好きになる事が出来る筈だと、私は信じる!」
姫の言う通りだな。
僕は今更何を臆しているんだ。僕は姫の言葉に笑顔で大きく頷いた。
「天之御中主大神様、僕らはその条件を飲みます。愚かな二人の為に寛大なお心、ありがとうございます。」
互いに気持ちが通じ合っていれば、僕らは大丈夫。
あり得ない様な恋をした僕らだから、きっとまた巡り合える。巡り合ってまた恋をする。
その時は恋人としてこの恋の続きをしよう。
「二人の想いが本物なら、巡り合い、必ずまた互いを好きになるであろう。私は神でありながら、恋と言うものがよくわからない。二人の行く末をここから見届けさせてもらうので、私に恋というものを教えてくれないか?」
天之御中主大神様は笑顔で僕たちに呟いた。
「ではこれより二人を人間界へ帰す。ここでの記憶は消える訳だが、最後に互いに言っておく事はないか?」
僕はその言葉に反応する。
「えーと、言っておきたい事は特にありませんが、伝えておきたい事があります。いいでしょうか?」
天之御中主大神様は黙って頷いた。
僕は姫に近づくと、その両手を握り締める。
「必ず君を見つけてみせる。その誓いとして・・・。」
そう言って僕は姫の唇にキスをした。
それはほんの数秒の、唇と唇が触れただけのものだったが、我ながら少しばかりキザだっただろうか?
「似合わない事を・・・。でもその約束、必ず守れよ。」
そう言うと、真っ赤になった姫が僕の唇にキスを返してくれる。
僕らは目を閉じた。
それを合図に僕たち二人は白い光に包まれていく。
優しくて、暖かな・・・。
薄れてゆく意識の中、僕は彼女の名前を呟き続けていた。
・
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・
・
「もし。もし!」
誰かが僕の身体を揺すぶっている。
それに気が付くと、僕はゆっくりと目を開けた。
「あれ?ここは・・・どこ?」
そう言って目を覚ますと、狩衣を纏った神主が声を掛けてくる。
「大丈夫ですか?ここは江の島神社です。7月の初めとは言えこの暑さですからね。どうやら軽い日射病になったみたいですね。倒れた拍子に賽銭箱に頭をぶつけたみたいですが、大丈夫ですか?あのままにしておけなかったので、木陰に運んできたのですが、しばらくここでおやすみになった方がいい。私は仕事があるのでこれで失礼しますが、どうぞごゆっくりして行ってください。」
そいつは随分と迷惑を掛けてしまったみたいだ。
神主にお礼を言い頭を下げると、笑顔でこの場を後にして行った。
はて、自分はいったいこんな所で何をしていたのだろうか?
江の島神社?こんなところに来たのは今日が初めてで、自分の行動が理解できないでいる。
「うーん、何しにこんなとこまで来たんだ?ひょっとして僕は夢遊病か何かか!?」
一瞬そんな事を考えてしまったが、幾らなんでも白昼堂々、国府津から江の島まで夢うつつに来る訳ないだろう。
では何故だ?
記憶を辿ってみる。辿ってみるものの頭の中に白い靄みたいなのがかかり、思い出せない。
これはあれか、記憶喪失か?
そんな事を考えながら頭をそって撫でてみると、小さなこぶが出来ていた。
そう言えば神主さん曰く、日射病で倒れて賽銭箱に頭をぶつけたんだっけ?それで記憶に欠落が見えるのかな?
僕は自分について考えてみた。
僕の名前は? 葛城三十郎、18歳。高校三年生だ。
合っているよな?
では今日何故ここに来た?
・・・そうだ!ここの神社にはお願いをする為に来たんだ!
美人と評判な弁財天様に、恋のお願いをしに来たんだった!段々思い出して来たぞ。
でもそこから先の事は思い出せない。誰かにここ出会った気もしたが・・・夢だったのだろうか?
うーん・・・・。
考えても思い出せない。まぁ僕は頭を打ってたみたいだし。
これ以上は思い出す事は出来ないみたいだ。このままここにいても埒が明かない。帰ろう。
でもその前に。折角ここまで来たんだ、しっかりと弁天様にお願い事をしていこう。
僕は木陰で休めていた身体をゆっくり起こすと、小銭入れから15円取り出す。
賽銭箱にそれを投げ入れ、二礼二拍する。
「高校生活最後の夏。どうか素敵な出会いがあります様に。」
そう心でつぶやくき、最後に一礼した時だった。
僕の頭の中に映像が流れ込んでくる。
なんだこれ?
白い霧のような中に鮮明な映像。
目を瞑り、その映像に集中してみる。この映像は江の島で神社に続く急な上り坂。
そう、今僕が立って見下ろしている階段の映像だ。何でこんなものが僕の頭の中に流れ込んでくるんだ?
そんな事を考えていると、階段を登って来た一人の女性と目が合った。
これだけの人ごみの中で、何故か僕はその人から目が離せなくなる。
彼女の方も何故か驚いた顔でこちらを見ていた。そして僕の頭の中には不思議な映像が流れ込んでくる。
それは階段の下から僕を見ている映像。
何だこの映像は?混乱しそうな頭をひと振りしてみるが、その映像は消えない。
頭の中の映像は段々と近づいてきて、僕がいる階段の一段手前で止まった。
その距離約50センチ。
不思議な光景だ。頭の映像は僕を見ている。
気が付くとそこに彼女の顔があった。とても近い距離に、とても綺麗な顔が。
「さっきから私の頭の中にずっとこの神社の映像が見えてたの。何故こんな映像が私の頭の中に流れ込んできたのか?その謎を辿ってここまで来てみたけど、その謎が今解けた気がする。私はあなたに会う為にここに来た気がする。・・・こんな話、あなたは笑うかしら?」
そう言って目の前の女の子は優しく微笑む。
僕はこの顔をどこかで見た気がする。いや、僕は彼女を知っているんだ。
「いや。僕も、僕にも不思議な映像が見えていたよ。それは段々と僕に近づいてきて、今それが目の前にある。多分それはこれのおかげで、そしてこれは君がくれたもの。僕と君を繋ぐ永遠の絆。・・・僕は君を知っている。」
そう言って僕は小指にはめていたリングを彼女に見せた。
彼女はとても素敵な笑顔で僕に尋ねる。
「私は・・・誰?」
僕も笑顔で彼女に答える。
「・・・姫。」
50センチの距離は、いつの間にかゼロ距離に縮んでいた。
高校生活最後の夏。
僕らの素敵な恋は、こうして始まったんだ。




