壊れたアンドロイドは最後に虹を見る
ベンは目を閉じた。
そして、過去を思い起こした。
父が起こした事件のこと、おじのこと。
────クロエ、今から君に会いに行くよ…
「やっぱりやめた」
銃を下げてオリビアは言った。
目を開けたベンが見たのは。
オリビアの涙。
「あたしの夢なんてプログラムにしかすぎない。政府の言いなりになるなんてまっぴらよ」
「オリビア…なんで泣いてるんだ?」
「さあ、分からない。勝手に流れてきたのよ。もしかしたら壊れ始めているのかもしれない。光線に耐えられなかったのかも。もう一つ、こうとも考えられるわ。70億は0に還元される時がきたのよ。殺しが存在意義であるあたしは必要なくなるってわけ。存在意義を保つにはあなたが必要よ。生きて、あたしのターゲットになってちょうだい。あたしが壊れないように」
「それは無理だよ。俺は人類滅亡を目的に今まで生きてきたんだから。今すぐにでも死ななきゃ」
オリビアは少し腹がたって、強い口調で言う。
「あなたの夢じゃないでしょ。それはクロエの夢」
オリビアは目を見据えた。
「あなたには夢はないの?」
俺は…俺の、夢は…
「クロエと…いろんな話をすること」
「なんだ。ちゃんとあるじゃない。とてもいいじゃない。それ」
「それと」
ベンは一呼吸おいて言った。
「君のターゲットになること」
オリビアの目が大きく開かれた。
ベンはにっこり微笑みかける。
「本気で言ってるの?」
「もちろん」
ベンはオリビアの青い瞳を目に焼き付けながら告げた。
「これから俺は何年生きるか分からない。五十年生きるかもしれないし、ひょっとすると一週間後に死ぬかもしれない。でもその間、いろんなことを経験するんだ。人はもういないし、文明も崩れ去ったけど、なんとかして話のタネを作る。頑張って生きる」
「クロエに話すのね」
「うん。俺はクロエのいるだろう天国にいけない。だけど、必ず地獄を卒業して会いにいく。その前に、君に殺してもらう。だからそれまで待っていて」
「ええ、待つわ。必ず殺しに行く」
オリビアの涙は止まった。
「それじゃ、そうしよう」
二人は殺す時の武器のことや、どうやって生きていくかを話し合った。
案外早くまとまったが、時間でいえば、長くたったといえる。そして、やがて雨は。
「あ、オリビア、雨が上がってる」
「本当ね。外へ出てみない?」
「いいけど。なんで?」
「博士が雨上がりによく外へ出たことは話したわよね。本当に、雨が上がる度に外へ出てた。いつしか博士がいない時もあたしも出てみるようになった。でも、これだけはなぜそうするのか分からないの」
二人は研究所を出た。ふと、空を見上げたベンが言う。
「オリビア、泣いちゃだめだよ」
「なによ、急に」
「見てごらんよ。空を」
オリビアは空へ顔を上げた。
そこには真っ青な空と少し灰色の翳りがある雲。そして。
大きな虹。
「あ…」
「博士はこれが見たくて雨上がりに外に出たんだ。かつて人類に希望を与えた、神との契約の印。博士は君にも見せたかったんだ」
「ああ、やだ。なんか…泣きそう」
「ほら、言ったじゃないか。泣くなよ。俺を殺すまで、死なないで」
「うん」
なんとかして、オリビアは涙をこらえた。
そして、別れの時が来た。
「じゃあ、俺は行くよ。必ず殺しに来てね」
オリビアは泣きそうな笑顔で応えた。
「ええ。必ず。あたしは研究所でプログラムに組み込まれてなかった、まだ知らないことを勉強するわ。幸い、大学の教科書の内容くらいはインストールされてるみたいだから、研究所のレベルも高すぎはしないでしょう」
「うわ、羨ましい」
「もしベン、死にたい時はこれを」
「これは…?」
「この赤いボタンを押すとこの研究所に繋がるわ。太陽光の通信実験に使われたものよ。押したら、大急ぎで駆けつける」
「そうなんだ。頼むよ。これは会話もできる?」
「もちろん。なんのために合言葉なんか決めたのよ」
「そうだね。アンドロイドは合理的だもんね」
「ガイノイドと呼んでもらいたいところだけど」
「博士はオリビアを男でもなく、女でもないように作った、だろ?」
「ふふ、当たり」
オリビアは少し寂しそうに笑った。しかし壊滅した世界では十分すぎるほど鮮やかに輝いていた。
「では、次会うときは本当の別れの時」
「ええ、《虹の下で》」
「《虹の下で》」
そしてオリビアは研究所へ。ベンは、どこかへ。
どれだけ時間がたって、ベンは死んだのだろうか。
オリビアはベンを殺すことができただろうか。
ベンがいなくなった世界で、オリビアは壊れてしまったか?
もしも神がこの世界を覗いていたら、知っているかもしれない。
本編は終わりですが番外編が続きます。そちらもよろしくお願いします。
もしアニメだったらnikiさんの曲でOPはジッタードール、EDはClose to youのイメージ。(曲からイメージして書いたものではありません)




