醜い世界に
外で地面を打つ雨の音が響いている。
ふいに、ベンは言った。
「俺は見たんだ。光線が世界を焼くとき、世界を光で包んだ。そのあと、光の柱が何本も降りた。その後、虹がいくつも空に架かった。アンドロイドたちはみんなそれをみて泣いていた」
「それで?何が言いたいの?」
オリビアはいかにも聞いていたというように返したが、心はここになかった。
ベンは自身たっぷりの様子で答えた。
「まるで聖書に出てくるソドムとゴモラみたいじゃない?罪に塗れた街が焼かれてさ。その最中、逃げていたロトの妻が振り返ってはいけないのに、振り返って塩の柱になった。ソドムとゴモラは、この醜い世界。街を焼いた火と硫黄はクレル光線。振り返ってしまって塩の柱になったのは、虹を見てしまった壊れたアンドロイドたち」
「……」
オリビアは黙っている。
今まで、世界が醜いとはあまり思わなかった。ずっと大好きな博士の隣で大好きな殺人をしていたから。光線のせいで、その記憶はあやふやになってしまったけども。
「あたしは夢を叶えられないのね」
ぽつりとオリビアが呟いた。
「え?」
「ベンを殺してもあたしは死なないから。覚えている限りだと、半年何も食べなくても死ななかったし、この体はどうやら骨と肉だけでできているのではないみたいだし」
ベンが青い手帳をめくった。
「うん。君は内部の硬い物質で奥の動力を守っているみたいだ。これは燃料を使い回し、理論上では永久に止まることはない…だってさ。でも、君は人間じゃないから俺を殺したら、人類は滅亡なんじゃないかな?」
「それもそうね。でもあたしは永久に生き続けるの?生きるのに飽きてしまいそう」
ベンは何か思いついたように体をびくつかせたが、暗い表情になった。そして重々しく言った。
「俺は知ってるよ。君が死ぬ方法。教えないけど」
「なんで?教えてよ」
「感情の薄い君には不可能だろうから」
「あっ、もしかして」
オリビアは青い手帳をベンからひったくると、一番最後のページを開いた。
『オリビアの全ての機能が停止。死を実行する方法』
「あったわ。なになに?」
『私を思って涙を流す』
「おいおい、見つけるなよ」
ベンは諦めたような顔でぼそぼそ呟いた。
「いいじゃない。うん。あたしにはできそうにないわ。博士のことは好きだけど今更涙をながすシチュエーションなんて…」
ベンの言う通り、と言ってオリビアはふっきれた顔をした。孤独の中で生きていく決意をしたのだろう。
オリビアは青い手帳を読んだ。そのスピードは目をみはるもので、ページをめくったかと思えば、また次のページをめくるのだった。
オリビアが青い手帳をぱたんと閉じた時、ベンがオリビアに話しかけた。
「オリビア」
「何?」
「俺、死のうか?」
「は?」
「俺は君に出会えて良かった。もう過去も打ち明けたし、死んでもいいと思う。君の願いを叶えなよ」
オリビアは顔を輝かせた。しかし一瞬若翳りがよぎったのをベンは見逃さなかった。
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、そうする」
オリビアは、ベンに銃口を向けた。




