風の旅立ち
手紙から姿を変えた光るカエデの葉たちは、大空高くへと解き放たれ、夕焼け空の中へ吸い込まれるように消えていった。
まるで街全体を優しく包み込む、目に見えない祝福の星屑となって。
やがて風が静まり、静寂が丘を包み込むと、ザクッ、ザクッと雪を踏みしめる足音が近づいてきた。
振り返ると、そこには使い古された濃紺の制服を纏った局長が立っていた。
彼の眼差しは、今まで見せたどんな表情よりも深く、温かい父親のような情愛に満ちていた。
「見事だったよ、アリス。君はついに、この夕焼け郵便局の本当の役割と、手紙というものの真実を見届けたのだね」
「局長さん……私、やっとわかりました。手紙は、誰かの傷ついた心を温めるために、この街の優しさそのものが紡ぎ出していたんですね」
「そうだ。だがね、アリス」
局長は歩み寄り、アリスの小さな肩にその分厚く温かい手を置いた。
「どれほど人々の想いが手紙の形を成そうとも、それを拾い上げ、不安や寂しさに震える人の手元まで、自分の足で走り、手渡してくれる『優しい郵便屋』がいなければ、想いは届かずに途中で消えてしまう。君の真っ直ぐな瞳と、傷つくことを恐れない温かな手が、あの手紙たちに命を吹き込んでいたのだよ」
局長は胸元に手を伸ばすと、長年自身の制服の襟元で輝いていた、真鍮製の小さな「鳩の紋章のブローチ」を外した。
そして、アリスの制服の胸元へと、慈しみを感じさせる手つきでそっと留めた。
それは、見習いを卒業し、一人前の郵便屋として認められた者だけに授けられる、夕焼け郵便局の伝統の証だった。
「おめでとう、アリス。今日から君は、見習いではない。この夕焼け郵便局を背負って立つ、世界で一番誇り高い本物の郵便屋だ」
「局長さん……! 私……私……!」
アリスの瞳から大きな涙の粒がポロポロと零れ落ち、胸元の真鍮のブローチの上に落ちて、夕光を受けて眩しく弾けた。
擦り切れた革鞄を固く固く抱きしめ、アリスは眼下に広がる街並みを見下ろした。
初雪に包まれた街のあちこちで、家の窓にポツポツと温かな橙色の明かりが灯り始めている。
あの明かりの向こうには、今夜も誰かを想う愛おしい心が確かに息づいているのだ。
明日もまた、新しい朝がやってくる。
そして風が吹けば、アリスは革鞄を肩にかけ、あの雪の坂道を元気に駆け出していくのだろう。
人々の「言えなかったありがとう」を繋ぎ、街の孤独を優しく溶かし続ける、世界で一番優しい郵便屋として。
山頂の夕焼け郵便局の煙突から立ち上る真っ白な煙は、初雪の混じる夕空へやさしく溶け込み、また巡り来る「ありがとう」を静かに待ち続けていた。




