幕間② ネレイアの困りごと ※産卵表現あり
大海原を旅するアレグ海賊団の船にて。ネレイアはミレーユの袖をちょん、とつまんだ。
「……ミレーユ」
「どうかしたんだい?」
「……ちょっと、相談が」
「なんだい?」
ネレイアは視線を落とし、おずおずと口を開く。
「……体のこと、だから」
ミレーユは一瞬だけ表情を和らげ、小さく頷いた。
「……船室に行こうか」
「……うん」
ミレーユは船室の扉を開ける。ネレイアをベッドに座らせ「で、何があった?」と口を開いた。
「……卵、産まないといけなくて」
「……卵?」
ミレーユは動きを止める。
「……え、レオとの子かい? いつの間に?」
「ち、ちがう! 無精卵!」
「……なるほど。……悪かったね」
ミレーユは苦笑いを浮かべる。
「……それで、その……」
「うん」
「……海に入りたいから、しばらく、船を停めてほしくて……」
「……船の上だと、産めないのかい?」
「……海の中じゃないと、無理で。……すごく無防備になるから、隠れやすいところじゃないと」
「港より、入り江みたいな場所のほうがいいかい?」
「うん。サメやシャチが来ないところだと、助かるんだけど……」
ミレーユはくすりと笑いをこぼした。
「注文が増えたねぇ。……でも、分かった。アレグと、レオもだね。相談するよ」
「……レオにも?」
「海や入り江のことは、航海士が一番詳しいさ」
「……ちょっと、恥ずかしいけど……。分かった」
「……という、わけなんだけど……」
ネレイアは改めてレオとアレグに相談する。レオは顎に手を当てて考え込んだ。
「……難しいな」
「……難しい、の?」
「うん。このあたりの港だと、身を隠せそうな場所がなくて。一、二週間後だったらどうにかなるけど……」
「……それじゃ……困るかも」
「どうしてだい?」
「……お腹、痛くて。……卵詰まり、起こしそうで」
「卵詰まり?」
「……卵が出なくなっちゃって、その……。体の中で、腐っちゃったりとか」
一瞬、船室が静まり返った。
「……それ、早く言って!」
レオは急いで海図を広げて目を走らせる。アレグはネレイアを見た。
「……要するに、身を隠せて、海に降りられればいいんだな?」
「……うん」
「なら、船を横付けしよう」
「この島ならいける。海流も穏やかだし、無人島だから」
レオが近くの島を指さす。
「風の歌で飛ばせば、今日の夜には着けるよ」
ネレイアはほっと息を吐いた。
「……ありがとう」
「ガルドとノエルに伝えてくる!」
レオはそう言って船室を飛び出した。
◇
レオの歌う風の歌で勢いづいた船は、日が沈む頃に無人島の静かな入り江へとたどり着いた。
「ネレイア、ここなら産めそう?」
「……うん」
ネレイアはそう言って、船縁から静かに海へ身を滑らせた。
「……ごめん、縄ばしご、おろしてくれる? 産むあいだ、つかまっていたくて」
「分かった」
「サメとかが来ないよう、見張ってるっす!」
「……ありがとう」
ガルドは無言で入り江に降り、周囲を警戒した。
「……ん……ふぅ……」
ネレイアは肩に力を入れて、卵を少しずつ産み落とす。突然、彼女の表情がわずかに曇った。
「……ん……。……あれ……。ん……?」
ネレイアは船を見上げる。近くの手すりから身を乗り出し、海面や空を何度も確認するレオの姿が目に入った。
震える声で「……レオ」と呼ぶ。
「ネレイア?」
「……ごめん、ちょっと助けて」
「すぐに行くよ」
レオは縄ばしごを滑るように降りた。
「大丈夫?」
「……その」
「うん」
「……卵、詰まったかも」
「え?」
「産むの、手伝ってほしい」
ネレイアは視線をそらしながらそうお願いする。レオは「分かった。どうすればいい?」と頷いた。
ネレイアは尾びれを浜へと持ち上げて、尾びれの付け根あたりを指さす。
「ここからここまで……上から下に、押すように擦ってほしいの」
「いいよ」
「……ちょっと、力強めで」
「分かった」
レオは教えられた通り、尾びれの付け根を上から下へ押すように擦る。
「……熱くない?」
「……大丈夫」
しばらくそうしていると、ネレイアの肩から力が抜けた。彼女は頬を染めて視線をそらす。
「これ、どうすればいい?」
「海に流しとけば、魚が食べてくれる」
「分かった。桶を取ってくるね」
レオは笑ってはしごを登り、桶を手に戻ってくる。海水で卵を洗い流していると、ネレイアがもたれかかってきた。
「……大丈夫?」
「……疲れた」
「船に上がる?」
「……うん」
「荷揚げ用の網で引き上げるね。……ごめん、ガルド、手伝って!」
レオの声を聞いたガルドは、すぐに甲板に戻る。
ガルドとレオは荷揚げ用の網を引き上げ、ぐったりしたネレイアをそっと甲板へ戻した。ネレイアは尾びれを足に戻さずにぺたりと横たわる。
「樽に海水を入れてくる。そこで休もう」
「……そうする」
ネレイアは樽にもたれ、目を閉じる。レオは「お疲れさま」と笑って、その頭をそっと撫でた。
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第二章は10月より連載開始します。




