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『絶対に、家へ帰る。』── 帰れないと言われたので、帰ることにした。  作者: M006
異世界の中へ

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9/9

家族とやわらかな光の庭

――温かい。


まぶたの向こうに、やわらかな光がある。

どこか懐かしい匂い。


「とおるー。ご飯よー」


「…………」


有馬透は、ゆっくりと目を開けた。

自分の部屋。見慣れた机。棚。幼い頃から使っていたものが、当たり前のようにそこにある。


(…………)


なにか、とても恐ろしい夢を見ていた気がする。その残滓ざんしを振り払うようにひたいにそっと手をかざし、深く息を吐き出し――ゆっくりと体を起こす。


理由のない焦燥感を胸に抱えたまま部屋を出て、階段を降りた。


「透。おはよう」


……父さん。


「……おはようございます」


家族みんながいる。なぜか俺は、確かめるように周囲を見回してしまう。廊下には二匹もいるようだ。

肩の力を抜き、洗面所で顔を洗って歯を磨いていると、妹がダーッと駆け寄ってきた。


「にー! この前のゲームの続きやるよ!」


「ちょ、待てって」


まだ口もすすいでないのに、小さな両手がぎゅっとまとわりついて引っ張ってくる。


「まったく……朝から騒がしいんだから。透、ここ髪立ってるよ」


姉さんが俺のはねた髪を指でちょんとつまみニッと笑う。


「ほら、二人とも座って。冷めないうちに食べてね」


母さんが、いつものように優しく微笑んでいる。


「…………母さん」


「なあに?」


胸の奥が、きゅっと締め付けられた。

理由は分からない。だが――全身の力が抜け、強い安堵が押し寄せてくる。


「……よかった」


それだけが、自然に口からこぼれた。


母さんは不思議そうに、少し心配そうに俺を見る。


「透、どうしたの?」


「ううん……なんでもないよ。俺は大丈夫だよ」


うまく答えられなかった。

食卓を見つめる。ふんわりとしたいつもの玉子焼き。


父さんがいる。姉さんがいる。妹がいる。母さんがいる。

痛いくらいに安心した。


――その瞬間だった。

頭の片隅で【精神保護固定】と通知され、静かに作動した。


父さんの顔が、ふっとぼやけた。


「…………?」


輪郭がさらに揺らぐ。目の前にいるはずの父さんが、認識が出来ない別の何かへと変わっていく。声までもが変わる。


「透くん」


その『声』を聞いた瞬間――ゾクリとした。


「すまない」


父さんの姿を借りていた何者かが、静かに続ける。


「“場の安定化”には、必要なプロセスだった」


俺は言葉を失っていた。


「あまり考えられる領域ではないだろうから、どうか、そのままで話を聞いて欲しい」


「まず……私は名前を名乗ることができない」


その声には、焦りにも似た色が混ざっていた。


「この“意識帯”を使用しているのも、念のためだ。君に接続している高次元生命体への警戒……いや、正確には『用心』と思ってくれていい」


父さんだった何かが、申し訳なさそうに苦笑した気配がした。


「さて……時間がない」


彼は左へ視線を向ける。


「紹介しよう」


そこに、小柄な若い女性が立っていた。


古風な着物。綺麗に切り揃えられた前髪。日本人を思わせる黒髪のストレートロング。

陽光に照らされた初雪のヴェールを纏ったような白い肌に、ほんのりと桃花色に染まった唇。


その人は俺の目を見つめ……そしてたおやかに一礼した。


「ネムリと申すものじゃ」


鈴を転がすような、柔らかな響きだった。


「少年よ。安心せよ」


(…………)


「畏くも尊き御方にございます」


『声』は深々と頭を下げた。


「少年……有馬透よ、夢の如きかの」


ネムリは可愛らしく首を傾げる。


「“泥舟”に乗ったつもりでおれよ?」


(…………)


「……何を言っておるのじゃ、という顔をしておるのう」


分かってるならやめてくれ。


「心構えの話をしておるのじゃぞ、有馬透よ」


ネムリという女性は、どこか楽しそうに笑った。


「もしも、わしが泥舟だった場合はどうするのじゃ?」


(………………)


ネムリは満足そうにコクコクと頷いた。


「よい。そういうことじゃ」


「これより先、おぬし自身で学び、考え、“真に”正しく選び、進まねばならぬ……ということじゃ」


その声が、少しだけ真面目なトーンに変わる。


「おぬしは、まだこの領域すら正しく認識できておらんよの……イシ、“意識”のことよ。ミテいるだけであろうがな」


「じゃからこそ、“ここ”からもしっかり励むのじゃぞ」


(……帰りたい)


(家族に……また会いたい)


ネムリはほんの少しだけ目を細め、そっと閉じた。


「うむ」


短く、けれど心強い返事だった。


「その“意志イシ”ゆめゆめ忘れるでないぞ」


「ネムリ様……そろそろお時間かと……」


『声』が恐縮したように頭を下げながら告げる。


「有馬透よ。この領域に来られるよう、まずは怠りなく勤しむがよい。大事の儀は、このにわ限りのこと――」


袖より手を差しでて、しとやかに手を振った。


「透くん……万全のサポートとはいえないが、家族の元に帰れるよう我々も動いている。だが、いないものと考えて動いて欲しい。無論、“心構え”ということだ」


――そして、やわらかな光の波が境目を撫でていき、俺はミルのを止めた。







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