表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/42

第16話 差し込む光

 魔獣襲来の後始末がひと段落したその日、レオンはサラと街の中心にある行政府で働いていた。

 相変わらず行政府とは名ばかりの簡素な屋敷の一室で、帳面の記録を確認していたレオンは、何度かうなずくとサラに声をかけた。


「そろそろ、南の街道の整備に着手しましょう」


 南の街道は、領都と関所、そしてその先の臨領をつなぐ重要な道だ。


 言葉に反応したサラが報告書から顔を上げる。

 黒に近い濃紺の髪がさらりと揺れ、驚いたように見開かれた琥珀色の瞳がレオンを見つめ、続きを促した。


「サラさん、なぜこのタイミングで街道整備をするかわかりますか?」

 レオンにしては珍しく、目元にからかうような笑みが浮かぶ。


「そうですね。二つ理由があると思います」

 サラは、何を当たり前のことをと言わんばかりに、少し早口で自信ありげに話し始めた。


「まずは、効果の視点ですね」


 一応簡素ではあるものの、二人がいる執務室は行政府の一画だけあって、窓にはガラスがはめられている。

 曇ったガラス越しの陽光を受けて、サラの琥珀色の瞳がいっそう輝いた。


「レオンさんがこの領に来て最初の二週間で取り組まれたように、物流の改善は人間でいう血流の改善に等しいです。領地の活気を取り戻すためには、街道整備は最重要課題です」


「効果としては、既存の物流改善による領民や行政の作業効率化、旅費や旅程の削減によって行商人が定期的に訪れる可能性の上昇。そして何より、物流が回れば人と物とお金が動き、経済が回り出します」


「今は、それができていないのが歯がゆいのですが……」

 そう言って、サラは唇の端を無意識に噛みしめた。


「次に、費用の視点です」

 乾いた喉を、手元の水差しに入ったぬるい水で潤しながら続ける。

 

「先日の魔獣討伐で、純度の高い魔素石や毛皮、牙・爪などの素材を手に入れました。これらを他領へ持ち込んで販売すれば、貨幣や食料と交換できます。この臨時収入を前提に予算を組み替えれば、街道整備の費用をなんとか捻出できます」


 話し終えたサラは、当然と言わんばかりの表情に、少し誇らしげな笑みを浮かべた。

 

 この国では、貴族身分でもない辺境出身の若い女性で、ここまで論理的に経済を理解し説明できる人材は貴重だ。

 この女性を要職に抜擢したエリザベートは、客観的に見ても人を見る目がある。

 “できる人間を出自・性別・年齢を問わず起用し、孤立させず周囲を納得させる”──その難しさは、今も昔も変わらない。


(このフォルスワーグ領は、危険で、貧しくて、人も少ない。けれど──

 魔素石を生む魔獣や鉱山という資源。

 ガレス、サラ、オスカー、シエルといった優秀な人材。

 実直な統治の継続による民と兵士からの信頼。

 そして、変化を受け止める度量を持つ領主がいる)


 レオンは、久しく感じていなかった胸の高鳴りに、自分でも驚いていた。

 ここには、自分ができることがある。

 自分を正しく使ってくれる上司がいる。

 そして、頼れる仲間がいる。


「レオンさん、そんなに笑って……もしかして間違っていましたか」

 少し不機嫌に細められた琥珀色の瞳は、先日戦った狼に似た魔獣の姿と少し重なった。


「笑っていましたか……すみません、嬉しくなってしまって」

 レオンにしては珍しく、取り繕わない言葉が慌ててこぼれ落ちる。


 それを隠すように、次の言葉を紡いだ。

「もちろん、その二つで正解です。さすがサラさんですね」


 狼のような気配が、ふっと和らいだ。


「付け加えるとすれば、三つ目として“損失がなかったこと”です」

 レオンは続ける。


「今回の魔獣討伐は、けが人こそ出ましたが、幸い死者が出なかったため弔慰金の支払いが不要です。砦内への侵入も防げたので物的損失も軽微。そして“茨の聖域”のメンバーが加わったことで、言い換えれば『使える人材の拡充』という大きな加算要素がある。領全体で見れば、損失どころか大きな利益が出ています」


「だから今なのです。早速ですが、エリザベート様に相談に行きましょう」


 曇りガラスから差し込む光が、ひときわ強くなった気がした。



 街道整備の許可がエリザベートから出るや否や、レオンとサラは毎日朝早くから街道へと通い詰めた。


 今日も、領都の南門から関所へと続く道には朝靄が低く垂れ込み、地面と空の境界を曖昧にしている。

 湿り気を含んだ空気は重く、呼吸のたびに肺の奥へと冷たさが沈み込んでいく。

 夜の間に降りた露が土へと沁み込み、街道はまだ乾ききらぬまま鈍く光を反射していた。


 その上で──

 臨領へ向かう荷馬車の車輪が、相変わらず沈んでいる。


 フォルスワーグ領には、魔素石を使った魔道具を作る職人も設備もない。

 鉱山から産出する特殊な鉱石を魔素石へ精錬する技術すらない。

 だから、魔獣から採取した純度の高い魔素石以外は、製品どころか魔素石にすら加工されない重い鉱石のまま、荷馬車に大量に積まれている。


 ぎしり、と軋む音。


 馬が鼻を鳴らし、蹄で地面を掻く。

 だが動きは空回りするばかりで、荷車は微動だにしない。


「……動かねぇ」

 御者席に座っていた中年の男が低く吐き捨てる。

 腕を組み、泥に飲まれた車輪を見下ろす顔には、苛立ちと諦めが入り混じっている。


「全員で押そう」

 誰かが言う。


 護衛の兵士たちが集まり、荷台に肩を当てる。

 “茨の聖域”にいた若者も混ざっている。


 力を込める。

 だが──沈む。

 ぐ、と音を立てて、さらに深く。

 

 ロープを馬にかけて補助することで、ようやく動き出した荷車が重い足取りで街道を進み出す。いつ止まってもおかしくない。


「助け合いだけじゃあ、どうにもならねえ」

 搾り出すような兵士の声。

 

 それは誰か一人に向けられたものではなく、この状況そのものへの苛立ちだった。



 頼りなく遠ざかっていく荷馬車を、レオンはサラと並んで見送っていた。


 その視線は動かない。

 だが、漆黒の瞳が見ている範囲は広い。


 車輪の沈み方。

 人の立ち位置。

 押す角度。


 そして──そこに至るまでの“流れ”。


 隣りに立つサラが帳面を開く。

 紙の上には、昨日までの記録が並んでいる。


「同じ場所での停滞は、これで四件目ですね」


 押し殺した声には、ため息が滲んでいた。

 数字は重い。偶然ではない。繰り返しだからだ。


「……理由は同じですか」


「はい」

 サラが短く答える。


 レオンはぬかるみに足を取られながら、車輪がはまっていた場所へ歩み寄る。

 しゃがみ込み、泥に触れる。


 指先にまとわりつく感触。

 粘り。

 重さ。

 そして──


(繰り返し重い荷を踏み続けたせいで、泥の下が固い岩盤のように締まり、水を吸い込まない。だから乾かない)


 その事実が、はっきりと伝わってきた。

 柔らかいのは表面だけで、その下は異様に硬い。


 そして、その硬い地面の上に、周囲より柔らかい砂と土が泥化している。

 それは自然な状態ではない。


 人為的な“集中”だ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


皆様からいただく【ブックマーク登録】や【評価の☆☆☆☆☆(星)】の一つひとつが、この物語を先へ進めるための何よりの糧となっております。

反応をいただけることが、作者にとっては非常に大きな励みです。


レオンとエリザベート、そして仲間たちの旅路を、今後とも共に見守っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ