表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

鉄の挽歌(ばんか)

 私は、その地方都市の無機質な風景の中にいた。

 

視界を埋め尽くすのは、作り捨てられた鉄の山だ。数年ごとに繰り返される「再開発」の果てに、誰もいない高層ビルと、稼働しないプラントが、巨大な墓標のように立ち並んでいる。


 不意に、地平線の彼方から地鳴りが響いてきた。それは、数千、数万という人間の喉が同時に震える音――巨大な合唱団の行進だった。


 彼らは、極彩色の布を纏い、鉄の廃墟の間を縫うように進んでくる。

日本の「ちんどん屋」を巨大化させたような、異様な、けれど圧倒的な生命力の奔流。


 彼らが、私の目の前にある巨大なモニュメントを包囲した瞬間、指揮者が杖を振り上げた。

空気が凍り、一瞬の静寂のあと、世界が「唸り」始めた。

「アーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 それは歌ではなかった。数万人の肺から絞り出された、ただ一つの巨大な母音。

 空気が目に見えるほどに歪み、重厚なハーモニーとなって、鉄骨を、コンクリートを、直接揺さぶる。


「Kwenzakalani lapha!(ここで何が起きているのか!)」


 唸りの中に、鋭い言葉が突き刺さる。

「Izinsimbi ezifileyo, nibulala ikusasa!(死んだ鉄ども、お前たちが未来を殺している!)」


「Narsii... Sizothatha umhlaba wethu!(我らは我らの大地を取り戻す!)」


 その宣言とともに、合唱はさらなる深淵へと潜っていく。

「オーーーーー、ウーーーーー……。」という地を這うバスの唸りが、コンクリートの基礎を内側から爆破するように震わせた。


 信じがたい光景だった。


 声の「共鳴」によって、真新しいはずの鉄の塊が、チリチリと音を立てて崩れ始めたのだ。ぴかぴかだったステンレスは赤錆に覆われ、最新のビルは数十年放置された廃墟のように一瞬で色あせ、崩落していく。


 大合唱団が通り過ぎるたび、現代の「嘘」が剥がれ落ち、景色がセピア色の過去へと強制的に変換されていった。


 私は、最後尾を行く、深い闇を宿した瞳の少女を呼び止めた。


「君たちは、何を壊しているんだ?」


 少女は合唱の波に身を委ね、喉を震わせたまま無機質に答えた。


「Lokhu akukho.(これは、存在していないのよ。鉄を積み上げれば未来が買えると信じる、あなたたちの病。私たちはそれを、本来の『無』へと還しているだけ)」


 彼女が再び口を開き、魂の底から「ア……」と呻きを漏らした瞬間、私の足元のアスファルトは砂へと還った。


 大合唱団は、街を一つ、まるごと「色あせた過去」に変えて、次の獲物へと向かっていく。


遠ざかる彼らの背中を見送りながら、私は自分の手を見た。指先もまた、あの暴力的なハーモニーにさらされ、ひび割れたセピア色へと変質し始めていた。


「現代とは、滑稽な時代だ。これほどの大合唱に、自分たちが作ったものが耐えられないなんて」


 私の声は、地平線を揺らす「アーーーーーー」という巨大な、魂の唸りにかき消された。


 あとに残ったのは、文明という名の鉄がすべて塵となった、静かな、あまりにも静かな荒野だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ