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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第一章 甦神ーよみがえる神々ー

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7/7

7 静恋


 かすかに届く雨の音が、

 にわかに美咲を現実に返らせる。


 そのわずかな反応に気づいた慎也が、

 名残惜しげに体を離した。


「どうかした? 美咲さん」


「――今何時なの?」


 腕時計を見つつ、


「六時半すぎ」


 慎也が答える。


「もう閉館時間すぎてるじゃない。

 戻らないと」


 驚くと同時に、

 慌てて慎也から身体を離す。


 仕事中になんてことを。


 美咲は顔から火が出そうだった。

 

 雰囲気に流されて人気のない書庫などで。


 もし誰かに見られでもしたら大問題ではないか。 


 慌てる美咲にも慎也は動じない。


 そんな落ち着いて動じない年下の慎也のほうが、

 なぜか美咲よりも年上にも思える。


 自分はこんなにもたやすく揺らいでしまうのに。


 その余裕を分けてほしい。


「ーー」 


 それでも、

 この気持ちを手放すことはもうできないだろう。


 好きだと、互いに言葉にしてしまったから。


 想うだけなら、

 口にしなければ、

 まだごまかせたかも知れない。


 どんなに態度が見え見えでも――そう、語らなければ。


 でも、自分は告げてしまった。


 もう戻れない。

 もう隠せない。


 いつかこのことを、後悔する日が来るのだろうか。


 慎也はまだ学生だ。


 広い世界を知れば、

 今とは違う慎也になるかもしれない。

 そうなったら、自分は――


「美咲さん?」


 慎也の呼びかけに我に返る。


 告白しただけで、もうそんなことまで考えてしまうとは。  


 胸の奥で、羞恥と幸福が静かに混ざり合う。


「大丈夫、山中先生なら先に帰ったから。

 美咲さん気づいてないけど、

 図書館ももう山中先生と閉めたよ。

 今館内にいるのは俺と美咲さんだけ」


 続く慎也の言葉に、美咲はさらに驚く。


「信じられない――山中先生に気づかれたらどうするのよ!」


「二人で残ってたぐらいで気づかれないよ。

 俺、先生のお気にだから、喜んで鍵預けて帰ってったよ。

 美咲さんのことも褒めてた。

 若いのに全然作業を嫌がらずにやってくれるから、

 仕事がはかどるって。

 万が一疑ってても見逃してくれるよ」


 余裕綽々で答える慎也に、美咲は困ってしまう。


 これでは本当に、

 どちらが年上なのかわからないではないか。


 ふりまわされっぱなしで、

 翻弄されるのはいつだって美咲のほうだ。


 慎也に出会ってから、慎也の前では、

 いつもおろおろしている気がする。


「――」


 溜息をついて、美咲は足に力を入れた。


 今度はちゃんと立ち上がれる。


 階段を下りて、

 散らばった本と台帳を拾おうとしたが、


「雨がまだ降ってたら、相合傘しようね」


 慎也の立ち上がりざまの呑気な台詞に、

 たまらず振り返る。


「今日も一緒に帰る気なの!?」


 慌てた美咲の問いに慎也はきょとんとする。


「当然でしょ?

 俺達、恋人同士になったんだから」


「なってません!!」


 むきになって否定する美咲に、

 慎也はいたずらっぽく笑った。


「なってないの?

 好きだって言ってくれたのに?」


 慎也が美咲の腕を掴んで引き寄せる。


「あんなに長いこと抱き合ってたのに、

 恋人じゃないの?」


 一気に距離が近づいた。


「ちょ――何するの」


「もう一回抱きしめようかなって――

 美咲さんが、早く恋人になってくれるように」


 慎也の顔が近づく。


 美咲は咄嗟に手を上げて慎也を止めた。


「――わ、わかったわよ。一緒に帰るから!」


「俺達、恋人同士になったんだよね?」


 慎也の念押しに、


「なったから! なったから、離れて!!」


 全力で美咲は肯定するしかなかった。


「じゃ、帰れるときはいつも一緒に帰ろうね。

 心配性の美咲さんのために

 人通りの少ないとこ通るから」


 にっこり笑って、慎也はぱっと手を放すと、

 何事もなかったかのように

 美咲が落とした本をさっさと拾い上げる。


 その表情は、声を出して笑いたいのを

 こらえているように見えた。


「――からかってるでしょ」


「わかった?」


「わかるわよ!」


 怒った美咲は慎也から本を奪い返すと、

 ずんずんと歩き出した。


「ごめんね、美咲さん。怒らないでよ」


 扉の前まで来ると、

 すぐ後ろにいた慎也が身を乗り出して

 引き戸を開けてくれる。


「でも、美咲さんがあんまり可愛いから」


 恥ずかしげもなく言う慎也に、

 美咲のほうが赤くなる。


「そういうことを、言わないで!」


 結局、

 傘を持っていても使おうとしない慎也のせいで、

 美咲は慎也と相合傘で帰る羽目になった。



 肩に触れる静かな雨粒より、

 慎也の気配のほうがどこまでも近かった。




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